第24話 犯人の正体
犯人はシンの幼馴染で歌姫であるローラだと思い込んでいたマリーは、犯人の顔を見て、驚きの声を上げた。
「あなたは……誰?」
マリーは今回の犯人を、シンの自称婚約者のローラの嫉妬による犯行と思い込んでいた。
しかし、道路に押さえつけられている女性は、マリーの知らない女性だった。
ローラは美しい羽を持つ鳥の獣人であるが、マリーが捕まえた女性は耳が特徴的なウサギの獣人である。
マリーの知らないウサギ獣人の女性が、保育園に嫌がらせをしている。つまりは、恨みの原因はやっぱりシンだったのだろうか?
犯人を押さえつけながらそんなことをマリーが考えていると、先回りしていたシンがやってきた。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、平気よ。それより、縛るものを頂戴」
「ああ、あれ? お前は」
シンは、マリーの下であきらめ顔になっている女性を見て驚きの声を上げた。
その様子を見て、マリーはやはりシン関係だったかと、がっかりする。短い間ではあるが、シンと過ごしてきて、良い人だと感じていた。いや、どんな良い人でも恨みを持つ人はいるのかもしれない。
そんなことを考えているマリーに気が付いていないかのように、シンは犯人の正体を明かした。
「トレーシーじゃないか? モレナのベビーシッターの」
「はぁい?」
マリーは思わぬ人物に変な声が出た。まさか、シンがモレナのベビーシッターに手を出していたなんて。いや、それはお互いの問題だから、マリーが口を出すことではない。しかし、シンがマリーと付き合っていると勘違いして嫌がらせをするなんて。
「間違いない、前に姉貴に金を借りに行った時に見かけたぞ」
「おぉう?」
シンの言葉にマリーがまた、変な声が出た。シンの言葉を信じるなら、この女性とシンはほぼ初対面と言うことになる。と言うことはこの女性の一目ぼれでこじらせたのだろうか?
「えっと、あなた、名前は?」
「……」
「確か、トレーシーって言ってた気がするな」
黙秘を続ける女性に代わって、シンが答えた。ちょっと会っただけの、姪っ子のベビーシッターの顔も名前も憶えているシンに、マリーは驚いた。
「えっと、トレーシーさん。なんでこんな嫌がらせをしたのですか? ちなみに、私とシンは恋人同士ではないですよ……今は」
「あなたたちの関係なんて聞きたくもないです! 何を言ってるんですか?」
「じゃあ、なんで、嫌がらせをするんですか?」
「あなたのせいよ!」
「私?」
今日初めて会った女性から恨みを買う覚えはない。大体、クロエが言っていたように、マリーがこの街に来てからそんなに経っていない。ローラになら恨まれていても仕方がないが。
「私が何をしたって言うのよ」
「何をしたか? ワタシの仕事を奪っておいて。必死で勉強して、やっとレトリー家のベビーシッターになれたのに、あなたのせいでクビなったのよ」
「私のせいで?」
「ええ、モレナ様が、あなたの所の保育園とやらに行くことになったから、ベビーシッターは不要だと言われたのよ。長年、モレナ様のために尽くしてきたワタシよりも、人間なんかのあなたが良いと言われて、クビになったワタシの気持ちなんて分からないでしょうよ!」
トレーシーの言葉で、なぜこんな嫌がらせをしたのかマリーは理解した。
保育園を、子供たちの楽園を作った。しかし、それはそれまでベビーシッターとして、生計を立てていた者の仕事を奪っていたのだ。
マリーには、トレーシーの気持ちが理解できた。ただクビになっただけならば、こんなことはしなかっただろう。元レトリー家のベビーシッターと言う肩書を上手く使って、別の家のベビーシッターになればよい。モレナが唯一懐いていたというのであれば、レベッカも紹介状の一つくらい快く書いたのではないだろうか? しかし、問題はそうではない。これまで長年、自分の子供のように大事に育てていたモレナを、ほんの数回会っただけの、それも人間に取られたのだ。そう、マリーがルイス王子をアイリスに取られたように。
しかし、そんなことはお構いなしに、シンはトレーシーに正論をぶつける。
「おいおい、それはマリーに関係ないんじゃないか? 文句ならあんたをクビにした姉貴に言いなよ」
「ワタシのような平民が、レベッカ様に文句を言えるはずがないじゃないですか」
トレーシーが、あのレベッカに正面切って文句を言えるとは、マリーには思えなかった。
だからこそ、その怒りのはけ口が、保育園に向いたのだろう。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「何よ」
「なんで、昼間ではなく、誰もいないであろう夜中に嫌がらせをしたの?」
「そんなの決まってるじゃない。万が一にも子供に怪我があったらどうするのよ」
「でも、シンは怪我したわよ」
そう言って、マリーは乾いた血で顔を汚したシンを指さした。
「ああ、シン様、申し訳ありません。脅すだけのつもりで、当てるつもりはなかったんです」
トレーシーは顔を真っ青にして、申し訳なさそうに謝った。
そんなトレーシーを見て、決してわざとではないことを感じ取った。
「わかったわ。わかったけど、私はあなたがやったことは許せない」
「わかってるわよ。だったら、警察にでもどこにでも突き出せばいいわ。ワタシはもう、なにがどうだっていいのよ」
トレーシーは自暴自棄になって、全てをあきらめたように言った。
そんなトレーシーの上から、マリーは降りた後、手を差しだした。
「私の提案に乗ってくれたら、今回の件は全部許してあげる」




