第23話 マリーは犯人を捕まえる
次の日、朝早くマリーたちは警察に向かった。
園児たちを不安にさせないために、登園前に警察に現場を確認してもらった。
あらかじめ、警察へ挨拶に行っていたのが、こんなに早く役に立つとはマリーも思っていなかった。
とりあえず、見回りを強化してくれるという約束を取り付けた。
しかし、その日の夜、またガラスが割られていた。
「どうしよう。園児がいない時だから、まだいいけど、園児に石を投げられたりしたら大変よ。早く、この嫌がらせを辞めさせないと」
「そうだな、けが人が出る前に、どうにかしないとな」
マリーとシンは困っていた。保育園は大事な子供たちを安全に遊べる楽園であるべきである、それが今、脅かされようとしている。
子供の騒ぐ声がうるさいのかもしれない。
それならば、嫌がらせなどしないで、言いに来てくれれば良い。
それに、子供が大きな声を出すのは元気な証拠だ。何一つ恥じることはない。そもそも、そういう大人が子供の時どうだったか考えればよい。
そんなことを考えているとマリーは怒りが込み上げてきた。
「シン! 私、今夜、犯人捕まえる!」
「どうやって?」
「今晩、保育園に泊まって、犯人を捕まえる」
「犯人を見つけても、どうやって捕まえるんだ? 男だったら反撃されて、マリーがケガをするぞ」
「大丈夫よ。私、これでも元剣道部だったから」
そう言って、マリーは防犯用の木の棒を手に取って正眼に構えた。
前世である真理は、中高と剣道部だった。それほど強いわけだはないが、六年間真面目にやっていたため、心得のない人間に負ける気はしなかった。
「モトケンドウブが何か分からないが、マリーに危険なことはさせられない。俺が捕まえる」
「じゃあ、一緒に捕まえましょう。よし、今日は徹夜よ!」
それから、迎えの馬車に『今日は帰らな』とクロエに連絡をしてもらうと、クロエが夕飯を持って来てくれた。
「マリー様。お気持ちはわかりますが、こういうことは警察や警備員に任せてください。あなたやシン様に何かあっては、困ります」
「ごめんなさい、今日、何もなかったら警察にお願いするわ。だから、今晩だけわがままをさせて」
「……わかりました。その代わり、絶対に無理はしないでください。ただのイタズラならいいですが、強盗でしたら素直に逃げてください。ここにあるものなんて、シン様の家からしたら、ごく一部ですから。それよりもお二人の体の方が大事です」
そう言って、クロエは屋敷に戻って行った。
二人きりになったマリーとシンは、時々外の様子を見ながら、何か異変があればすぐに出られるように、玄関近くに移動させたソファーに座っていた。
「クロエはああ言っていたけど、俺は強盗の可能性は低いと思っている」
クロエの言葉に、マリーが不安になっているのを察したシンが、そう言った。
「どうして、そう思うの?」
「だって、強盗がこれから侵入しますって石を投げるか? 二回もガラスを割って侵入している形跡しもない」
「確かに、そうね。だったらただのイタズラ?」
「イタズラにしても、二日連続はちょっと度が過ぎている。だから、恨みや嫌がらせなんだろうな」
そうすると、クロエが言ったようにシンに対する恨みなのだろうか? しかし、このチャランポランであるが、人懐っこい男が人の恨みを買うとはマリーには思えなかった。
そうであれば、嫌がらせを受けているのはマリー自身の可能性が高い。人間の国ならば、マリーを陥れたアイリスを真っ先に疑うのだが、彼女がわざわざこの獣人の国に来るわけがない。その上、用意周到な彼女が、ただ石を投げ入れると言う、幼稚な嫌がらせをするはずもなかった。やるならば、本人が悲劇のヒロインのように立ち振る舞い、周りの人間にマリーを攻撃させ、マリーを陥れながら、自分の評価を上げる方法を取るだろう。
今回、投げ入れられた石は小さく、女性でも十分に投げられる大きさだった。マリーに恨みを持ち、直情的で幼稚な人物。
マリーはある女性を思い浮かべたが、願わくば彼女が犯人でないと思いたかった。シンのためにも。
そんなことを考えながら、外に出たとたん、夜の街にガラスが割れる音が響いた。
マリーは慌てて、暗闇の中に人影を探す。
いた。
マリーよりも少し背が低い、体つきからして女性のようだが、顔などは遠くて見えない。
そんな人影がマリーに気が付いたように、逃げ出した。
「逃がさないわよ」
マリーは木の棒を片手に持ったまま、駆け出した。
保育士を始めると決めた日から、マリーは体力作りのためランニングをしていた。か弱い伯爵令嬢の体では、肉体労働である保育士が務まらないからだと考えたからだ。剣道で鍛えた真理のころのようにはいかないが、それでも成果は出ている。
徐々に犯人との距離を縮めるマリー。
犯人は逃げられないと思ったのか、急に振り返り何かを投げた。
「あ!」
犯人は石を保育園に投げ込んだのだ。まだ、石を持っていてもおかしくない。
しまった。マリーは思わず目をつむり、頭を守ろうとするように手でかばった。
ゴン。
石が当たる音がしたのに、マリーには痛みはなかった。恐る恐る目を開けると、そこには見慣れた背中があった。
「シン」
「大丈夫か? マリー、先走りすぎだよ」
そう言って、笑ったシンの優し気な顔に血が流れていた。
シンはマリーをかばって、石を額に受けたのだった。
「シン、大丈夫?」
「これぐらい、平気だよ。それよりも、犯人を追うぞ」
「え、ええ」
マリーはシンの傷が心配だったが、ここで犯人を逃しては、もっと大きな被害が出るかもしれない。
シンに続いてマリーは犯人を追う。
「俺は先回りするから、無理するなよ」
シンはそう言って、脇道に消えた。
しばらく追いかけて、犯人はシンが消えたことに気が付いたようで、また振り向いて、何かを投げる格好をする。
また、石が来る。
普通の女性であれば、それだけで体がこわばり、動きが止まってしまうだろう。
しかし、マリーはその姿にシンを傷つけた相手に対する怒りがこみ上げ、一気に加速するとタックルした。
幸いなことに、犯人の女性は武器なんかは持っておらず、ただのハッタリだった。
馬乗りになったマリーは叫ぶ。
「シンのことで、文句があるなら、あんな陰険なことをせずに、文句を言いに来なさいよ! ローラ」
そう叫んだマリーの目に、月あかりに照らされた犯人の顔がはっきりと映った。




