第21話 モレナと保育園
「嫌です」
レベッカの命令に、マリーは間髪入れずに断った。
その答えに、レベッカは驚いた。レトリー家で働けるということは、名誉も金も手に入る。庶民であれば喜んで受けると思っていた。
「もう一度、言うぞ。モレナのベビーシッターになれ、マリー」
「だから、嫌です」
「なぜだ?」
「それは、こっちのセリフです。なんで、私がベビーシッターをしなければならないんですか。私には保育士と言う、大事な仕事があるんです」
マリーはモレナを抱っこしたまま、レベッカに真正面から答えた。
もしもレベッカが、マリーが初めてこの屋敷に来たときに言ってくれたのならば、喜んで受け入れていただろう。しかし、今は多くの園児が通ってくれる。シンにもこれまで、多くの手助けをしてもらっている。それが、ここでやーめた、とは言えるはずもなかった。
しかし、そんなこのを知らないレベッカは、マリーの返答の意味がわからなかった。
「その、保育士と、ウチの可愛いモレナのベビーシッターとどちらが大事な仕事だと言うのだ」
「それは比較するものじゃないです。私にとって、園児たちも、モレナも大事です」
「何を言っている。モレナは唯一のモレナだぞ」
「それはレベッカさんにとってで、他のお母さんたちには自分の子が唯一なんですよ。それにモレナちゃんにはもう、ベビーシッターはいるのでしょう」
「それが……モレナはマリーが良いって言っているんだよ」
「そうなの?」
マリーは抱っこしているモレナに尋ねる。
「マリー大好き!」
「私も大好きよ……でも困ったわね」
「マリー、困るの?」
マリーはモレナのことが好きだ。可愛い、やわらかい、ぷにぷにな天使である。
しかし、保育園をほっぽり出すわけにはいかない。
悩むマリーに、何を悩むことあるのかとシンは不思議そうに言った。
「だったら、モレナが保育園に入ればいいんじゃないか?」
「それだ~ レベッカさん、モレナちゃんを保育園で預からせてください。ちょうど明日まで、保育園ではお試しキャンペーンを行っているんです」
「お試しキャンペーン? どういう意味?」
「お試しキャンペーン」
レベッカは、聞きなれないマリーの言葉に疑問を投げかける。
そして、その聞きなれない言葉に、モレナが楽しそうに繰り返す。
「保育園が何か分からないみんなに、明日まで無料で体験してもらっているのです。保育園がどんなものか実際に体験していただければ、モレナちゃんも通いたいと言うはずですよ」
「モレナも保育園に行く」
分かっているのか、いないのか、モレナはマリーの言葉を繰り返す。
マリーの言葉を聞いたレベッカは、少し考え始めた。
愛娘をよくわからない人間の女と、昔からトラブルメーカーの弟の二人に任せていいのだろうか? しかし、モレナはマリーに出会ってから、驚くほど明るくなった。たった一度しか会っていないのに。それは引っ込み思案なところがある娘にとって、良い変化だ。だからこそ、忙しい合間を縫って、今日、娘を連れてきたのだから。
悩むレベッカに、クロエが声をかけた。
「レベッカ様。申し訳ありませんが、明日の最終日は私も、保育園の手伝いに行く予定です。ですので、屋敷に来ていただいてもお相手をする者はおりませんので、心置きください」
「クロエが保育園に……わかったわ。モレナ、明日、その保育園とやらに行ってみるか?」
二人だけであれば心配であったが、クロエがいるのであれば安心と判断したレベッカはものは試しと、モレナに尋ねた。
いくらレベッカが言っても、モレナが乗り気でなければ行かせる気はない。
元々、モレナは変化を嫌がる傾向がある。無理やり行かせようとしても泣き叫んでどうしようもなくなる。
「モレナ、マリーと保育園に行く!」
レベッカの心配とは裏腹に、モレナはあっさりと答えた。マリーに抱っこされたまま、元気よく手を挙げて。
こうして、モレナが保育園に通うことになった。
~*~*~
同じ年の子とほとんど遊んだことのなかったモレナが、保育園になじめるかどうかマリーは不安だった。そのため、室内にいるモレナがマリーにべったりにならないように、シンが室内の園児を担当することにした。
宣言通り手伝いにやってきてくれたクロエは、シンのサポートをしてもらっている。それでも、不安はある。保育として身内びいきをしてはいけない。でも心配なものは心配である。
頭では分かっているが、どうしても我慢できなかったマリーは、少しだけ室内の様子を見た。
「モレナちゃん、大丈夫かな?」
心配するマリーの目に映ったのは、羊獣人のウルと楽しそうに遊ぶモレナの姿だった。
子供たちには子供たちのコミュニケーションの仕方がある。無理に大人の方法を押し付けるべきではない。明らかな間違いがなければ見守る。時には園児同士衝突もするだろう。どれも経験の一つ。ケガさえしなければ、それも止めない。物に当たって、自分の怒りを発散できるなら、するようにさせる。そうして、少しづつ、子供は大人になっていくのだから。
具体的にどうしたかは分からないが、モレナが自分自身で友達を得る術を身に付けたのだ。
ほんの少し目を離しただけでも、子供は大きく成長する。
だから子供は面白く、愛おしい。




