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第19話 シンは褒められる

 予想外の園児の数に翻弄されながらも、午前中の保育は終わった。

 本来ならば、午後もあるのだが、無料お試し期間ということで、元々午前保育のみにしていたのが幸いだった。

 最後の園児を見届けて、シンはマリーに話しかける。


「思ったよりも多かったな」

「そうね。ありがたいことに。でも、この調子が続けば、人を雇うことを考えないといけないわね」

「そうだな。それで、マリーは何をしているんだ?」


 マリーは書き物をしながら、シンの話を聞いていた。

 そして、顔を上げることなく答える。


「ああ、これは園児の保育日誌よ。それぞれの子供たちのその日の様子を書いているの。日誌を書いていれば、子供の変化にも気が付きやすいし、人が増えた時に引き継ぎしやすいでしょう」

「そんなこともするのか? 大変だな、保育園って」

「何、他人事みたいに言ってるのよ。さあ、シンが見てた子の様子を聞かせて。そして、明日からは、シンが見ていた子供の分は自分で書くのよ」

「そうか、わかった。そうだな、まずは……」


 初日だったので、それほど期待していなかったのだが、意外とシンは良く子供たちを見ていた。そういえば街に出た時に、シンは良く声をかけられる。それだけ人と仲良くしているということは、相手のことをそれだけよく見て、覚えてるからだろう。

 子供のことをよく観察して、覚えるということは保育士として必須の能力である。それを自然に、細かく覚えていると言う優れた能力をシンは持っている。

 シンのことをひとつ知れたことに、なんだか嬉しくなり初日の保育を終えた。

 保育園の片づけを終え、屋敷に戻ってシンとともに遅めのお昼を食べていると、クロエがマリーに話しかけてきた。


「どうでしたか、保育園は? 人は集まりましたか?」

「聞いてよ、クロエ。それが予想以上に子供が集まって、大変だったのよ。でもシンが頑張ってくれて助かったわ」


 興奮気味のマリーの言葉に、シンはどや顔をクロエに見せる。

 そんなシンを冷静な瞳で見ながら、クロエはマリーと話を続けた。


「まあ、シン様は子供たちと同じ精神年齢ですから、子供たちと仲良くなれるでしょうね」

「そうそう、俺が子供に遊んでもらってたんだって、おい!」

「シン様、私は褒めているのですよ。普通は子供の目線に立てる大人はいません。それをシン様は自然体で行っているのです。そんな人はまれですよ。貴重ですよ。希少ですよ。奇特ですよ。ねえ、マリー様」

「そ、そうか? そんなに褒めなくてもいいだろう」


 照れているシンの側で、いつもの無表情なクロエの顔の瞳が怪しく光っているのを、マリーは見逃さなかった。そもそも奇特は褒める時に使わないだろう。なんて、シンはチョロいんだろうか。もしも、シンがラノベのヒロインならチョロイン扱いされるだろうと、真理の記憶がささやく。

 ともあれ、シンが上機嫌になり、やる気が出たのならいいことだ。

 マリーはクロエに同意することにする。


「そうね。シンは保育士が合っているかもしれないわね。これからもよろしくね。でも、このままフルタイムで保育するとなると、人が足りないわね。クロエ、本当に手伝ってくれない?」


 クロエの優秀さは、マリーがここに来てから十分に理解している。クロエの表情に乏しい所は、初め子供たちに敬遠されるかもしれないが、子供たちも馬鹿ではない。すぐにクロエの優しさに気が付くだろう。それは、クロエが子供のころから面倒を見ているシンの姿を見ていれば、わかる。


「申し訳ございません。私はこの屋敷での仕事がありますので、ご了承ください」


 クロエは、静かにそしてきっぱりと頭を下げた。

 これまでも何度か保育園に誘ったのだが、そのたびにきっぱりと断られてしまう。

 確かにクロエはこの屋敷のメイドである。しかし、メイドはクロエ一人と言うわけではない。おそらくクロエは数いるメイドの中で唯一、シン付きのメイドだろう。そうであれば、シンがいない間はそれほど多くの仕事はないのではないかと、マリーは思うのだが、クロエは全く手伝う気はないのだろう。


「ねえ、どうしても?」


 マリーの言葉に、クロエはマリーに分かるように一瞬、シンに視線を移してから、再度頭を下げた。

 シンは気が付いていないが、その行動に、クロエが断る理由にシンがかかわっていることが、マリーにもわかった。


「わかったわ、クロエ。ところで、着替えるのを手伝ってくれない?」

「承知いたしました」

「なんだ、マリー。着替えてどこか行くのか?」

「いいえ。今、仕事用の服じゃない。だから着替えたいだけよ」


 マリーはクロエと二人っきりで話をするために、シンの言葉を上手くかわし、自室へと移動する。

 クロエと二人部屋に入ると、シンが入ってこないようにカギをかけると、マリーは自分で服を脱ぎ始めた。


「これで、シンには聞かれないわよ。どうして手伝いを嫌がるの?」

「それは、シン様のためです」


 クロエは、新しい服をクローゼットから出しながら答えた。


「シンのために手伝わない? 普通は逆じゃないの」

「そうですね。本来であれば、使用人である私は、シン様の手伝いをするべきなのでしょう」


 主人のために働くのが使用人の務め。

 そういう意識があるが、クロエはあくまでシンのメイド。そのためマリーはお願いと言う形をとっている。

 それなのに、クロエは頑なに拒否する理由をマリーは気になった。


「それなら、なぜ、手伝ってくれないの?」

「私がいると、シン様のためになりません」

「もう少し、私にも分かるように説明してくれる」

「私がいると、シン様は私に頼ってしまいます。せっかく、シン様が自分の意志で、マリー様と一緒に保育園で働きたいと言いました。シン様が独り立ちするには、私はそこにいてはいけないんです」


 これまでも、クロエはシンのことをお世話していたのだろう。それが普通の関係。

 だからこそ、クロエがいるとシンは無意識に頼ってしまうのだろう。それはシンが一人の男として自立をするのを妨げてしまう。クロエはそう考えているのだろう。

 それは、シンの御世話役であるクロエのシンのことを一番に考えての、拒絶である。

 それを曲げてまで、クロエに手助けをお願いするわけにはいかない。


「クロエ、あなたの考えはよくわかったわ。私がシンが一人前の保育士にしてみせるから、家に帰ってきてからのサポートをお願いね」

「それはもちろんです……シン様をよろしくお願いいたします」


 クロエはそう言って、深々と頭を下げたのだった。


 そうして、無料期間は午前保育だけなので、何とかマリーとシンの二人で残り1日まで乗り切った。

 だんだんと保育士の仕事に慣れてきたシンを見て、マリーは頼もしく感じて始めていた。

 そんな日に、彼女は突然、やってきた。

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