第16話 シンとローラの関係
「ちょっと、待ってくれ。ダメ男ってなんだよ。人聞きの悪い」
二人の女性が、自分を取り合えって言い争いしていると思ったら、いつの間にか自分をダメ男にするかしないかの話になっていて驚いた当事者が口を挟んだ。
そんなシンに向かってマリーとローラは二人同時に叫ぶ。
「あなたはダメ男になりたいの! なりたくないの!?」
「お兄ちゃんは生粋のダメ男だよね!」
ローラのその言葉に、マリーは違和感を覚えた。
「お兄ちゃん? ローラさんってシンの妹なの?」
「違うわよ! ちょっと、昔の言い方が出ちゃっただけよ。あたしとシンは小さい時から結婚を約束した仲なの」
「つまり、幼馴染ってこと?」
「そうよ! 何か文句でもある? あたしとシンとの仲は、あなたなんかよりもずっと長いんだからね」
獣人の世界のことは良く知らないが、犬獣人のシンと鳥獣人のローラが兄妹ではないであろうことは、何となくマリーにもわかっていた。
そして、先ほどの会話から、シンとローラは幼馴染で、どうやらローラはシンに恋心を抱いているのだが、シンはその気がないらしい。だから、ローラがディーバになって、養ってくれるなら結婚しようと、無理な条件を出したに違いない。そう、理解したマリーは、シンを睨みつけ、シンの耳を引っ張った。
「あんた、あの子を騙すようなことを言ったんじゃないでしょうね」
「あんなの子どもの時の冗談じゃないか。ローラがあんまり『結婚して、結婚して』って言うから、『ディーバになって、俺が働かなくてすむようになったらな』って言ったんだよ。いくら、子供の時から歌がうまかったからって、まさか本当にディーバになるとは思わないだろう」
「馬鹿じゃないの、この子、その約束を原動力にしてあんな素敵なディーバになったんじゃない。それを冗談ですませる気?」
「ど、どうしたらいい?」
「私に言われてもわからないわよ」
シンは困ったようにマリーを見る。
しかし、シンにそう言われてもマリーは困ってしまう。普通であれば、シンがローラとの約束を守って、結婚するのが丸く収まるのだろう。それはつまり、シンがマリーと保育園を運営しないということになる。そうすると、せっかくの保育園の従業員がいなくなってしまう。
……それだけだろうか?
マリーはなんだか、もやもやとした気持ちのまま、シンの言葉を待った。
「よし、時間稼ぎをしよう!」
「時間稼ぎ?」
「ああ、時間稼ぎだ」
そう言うと、シンはローラの方を向いた。
その顔は真剣そのもので、『黙っていればイケメン』を地で行くシンに、ローラはぽーっと見惚れている。
そんなローラに、シンは心底残念そうな顔で言った。
「ローラ、聞いてくれ。俺が昔、ローラと約束したことは覚えているよ。ローラがディーバになって俺を養ってくれるってやつだよな」
「ええ、そうよ。だから、あたしは必死で練習して、ディーバになったのよ」
「ああ、ローラはすごいよ。夢をかなえたんだからな。でも、あの時の俺にはローラのような夢がなかった。いや、三食昼寝付きという夢はあったが……あ、痛!」
話が逸れそうになったと感じたマリーが、シンのお尻をつねった。
「あ、すまん。夢の話だったな。あの時の俺と、今の俺は違うんだ。今は、この国で最初の保育園を成功させるのが、俺の夢なんだ。だから、俺は保育園のことで頭がいっぱいなんだ。ローラならわかってくれるよな、俺のことを」
シンは甘い声と笑顔で、ローラに同意を求める。
前世にシンがいたら、絶対ホストになっているだろうなとマリーは前世の真理の記憶を思い出しながら話を聞いていた。
「そうね。シンのことをわかってあげられるのは、あたしだけだからね。じゃあ、あたし、シンの保育園が上手くいくまで待ってる。でも、あたしにできることがあれば、何でも言ってね」
「わ、わかった」
ローラはにっこりと笑って、シンの言葉を素直に信じた。
そんなローラを見て、マリーは少し心配になった。
あんな、シンの言葉をホイホイと信じてしまって、大丈夫だろうか? この先、悪い男に騙されないだろうか? これから、ローラはディーバとして有名になっていくだろう。そうなったとき、悪い人間も多く寄ってくるだろう。
そんな不安を抱えているマリーに、ローラがふんぞり返って言った。
「そこの使用人、シンの足を引っ張らないように、しっかりやるのよ!」
ローラを心配したのが馬鹿らしいくなるくらい、ローラは上から目線でマリーに言った。
それが、元々マウントの取り合いの貴族社会を生きていたマリーの心に火をつける。
マリーはすっと、シンの隣に移動すると、シンの腕を優しく取り、柔らかな自身の胸を押し付けるように抱きかかえると、流し目で見降ろすようにローラに言った。
「あら、残念ね。あなたの大好きなシンは、私の隣で働くのよ。朝も、昼も、もちろん、夜もね」
「よ、夜って、どういうことよ」
「あら、シンから聞いていないのね。私たち、一緒に住んでいるのよ。だから、朝一緒に保育園に行って、一緒に働いて、一緒に同じ家に帰るのよ。ねえ、シン」
マリーは、艶やかな瞳で、甘えるようにシンを見上げてウィンクをする。
シンは、慌てた顔でしどろもどろになった。
「ああ、そうだな……そう、そう、いつも一緒だな」
そんなシンを見てローラは、マリーを睨みつけて言った。
「じゃあ、あたしもその保育園とやらで働く!」




