第10話 真の保護者説明会
ママたち保護者は、シンが聞き役となって、話を盛り上げていた。
旦那の不満、子供たちの不安、噂話などママたちの話題は尽きない。湧き出る話題と同じように、飲み物とお菓子が出てきて、ママたちは思わず時間を忘れていった。
そんな中、クロエがシンに目配せをする。
その合図で、シンは軽快に手を叩いて、注目を集めた。
「さあ、みなさん、楽しいお時間でしたが、今日、ここに集まっていただいた目的を忘れていませんよね。そう、保育園のことですよ。保育園。保育園って何なのか、聞いてもらうために集まってもらいましたが、マリーの話を聞いてもいまいちピンと来ませんでしたよね。でも、いま、みなさんの側にお子さんはいないですよね。じゃあ、どこにいるか? 安心してください。隣の部屋にいますよ。今、隣の部屋は保育園そのものです。じゃあ、保育園というのはどういうものか、実際その目で見ていただきましょう。ただし、みなさん、お子さんたちの邪魔をしないように静かにしてくださいね」
そう言って、シンは軽くウインクをして見せると、クロエに指示をする。
クロエはその指示に従って、御遊戯室のドアをそっと開いた。
そこには、幼児たちがマリーと仲良く遊んでいる。きゃっきゃ、きゃっきゃと楽し気な声を上げて笑いながら、遊ぶ幼児たち。普段は『ママたちに遊んで』と、まとわりつく幼児たちが、ママを見つけても、手を振るだけで、遊ぶのをやめなかった。
そんな幼児たちの様子を見て驚くママたちに、シンは優しく話しかける。
「このように、子供たちを預かり、遊びや運動、勉強などを教えながら、子供たちを育てる場が保育園です。子供たちを保育園に預けている間、あなたたちは家のことをしたり、仕事をする時間が取れます。もちろん、毎日保育園に来なくても、例えば刈り取りの時期など忙しい時期だけでも構いませんよ」
「でも、人間なんかに大事な子供を預けるなんて……それに、自分の子供を人に預けるなんて母親としてどう思われるか……」
「確かにマリーは人間ですが、我がレトリー家が保証させていただきます。その証拠に、ここはレトリー家の元迎賓館でしょう」
シンはそう言って、保育園に改造された部屋を指した。
そして、その話を聞いていたマリーが、幼児たちと一緒にママたちの所にやってくる。
「失礼ながら、お話が聞こえてきました。確かにお子さんを他に預けることは不安もあるでしょう。しかし、あなたたちは母親であると同時に、一人の人間です。子供たちを保育園に預けて余裕ができた気持ちで、帰ってきた子供たちに愛情を注いであげてはいかがですか?」
マリーがそう言うと、きらっきらふわふわの子供たちは自分たちのママのもとに行き、どんな遊びをして楽しかったか、少ない語彙で一生懸命話し始めた。中には、『もう帰るの? まだここにいたい』と言い出す子も少なからずいた。
そんな我が子を見て心揺れるママたちに、マリーは追い打ちをかける。
「最初の一週間は、お試し期間で無料でお預かりします。ただし、お預かりする前にお子さんのことをいろいろと教えていただきますが」
この世界の普通であれば、無償期間など考えられない。しかし、真理の記憶から、新しいことを始めるに当たって、お試し期間というのは心のハードルを下げ、そのままなし崩し的に継続するには有効な手段だと十分にわかっている。
そんな、心のくさびを打たれたママたちは、おいしいお菓子に満足しながらも、小さな悩みを抱えて帰っていった。
そして、クロエたちメイドたちとともに後片付けをしているマリーに、シンが話しかける。
「今日はどうだった? って聞くまでもないか?」
「え? どういうこと?」
「マリー、自分で気が付いていないのか? ずっとニヤニヤしてるぞ」
マリーはシンに指摘されて、自分の顔を触る。確かに、口角がだらしなく上がっている。
しかし、それは仕方がないことだった。
幼児が天使過ぎて保育士になった真理の記憶が蘇ってここまで、天使成分を補充できたのはシンの姪モレナを預かったときだけだから。その上、獣人の幼児たちは、個性的でいわば超天使たちである。今日、半日だけとはいえ、マリーは喜びに震えていた。
「仕方がないじゃない。それよりも、説明会は今日だけ?」
「一応、そのつもりだけど」
「そう、結構評判良かったと思ったから、何回か続ければ園児が増えるかなって思っただけよ」
「あ、ああ……でも、いきなり、そんなに子供を増やしても大丈夫か?」
現状、マリーとシンだけで保育園を運営する予定である。しかし、保育園のことも、保育のこともわからないシンには雑用をしかできることがないだろう。
そうすれば、基本的にマリー一人で子供たちの面倒を見ることになる。今回来た十数人の幼児たちが全員入園するとは思えない。しかし、それなりの人数が入園してもおかしくはないとも、マリーは考えていた。
せっかく、入園希望者がいたとしても断ってしまうようになっては、可哀想だ。初めは少し様子を見た方がいいかもしれない。
「そうね。まずは少人数でいいから、保育園って楽しい所だっていうことを知ってもらうのが先かもね。ありがとう、シン。私、少し焦りすぎてたのかもしれないかもね」
「まあ、焦りすぎて、マリーが潰れちゃ、意味ないからな」
シンはそう言うと、マリーの頭を優しくぽんぽんとする。
その手は大きく、シンの心のように暖かな気がした。
「ありがとうね。シン」




