9.手間が大事、ロック鳥ガラスープ①
次の日の俺は、デニスのオッサンに手土産を持ってもう一度会いに行くことにした。こんなハイカラなものをオッサンが好むとは思えないけど、今の俺が渡せるものはこれしかないので仕方がない。でもウルリケは「大丈夫だよ、このスコンすごくおいしかったから!」と太鼓判を押してくれた。ちなみに何度「スコーン」と言っても覚えてもらえなかった。
「でもなあ……昨日は取り付く島もなかったし」
「デニスのおじいちゃん、誰にでもあんな感じだから気にしないでいいんじゃないかな。それに、根っこは良い人なんだよ。お姉ちゃんの剣はいつも丁寧に直してくれるし」
「ちなみにそれっておいくら?」
「それがねー、格安なんだよねえ。デニスのおじいちゃんの腕があったら二倍はとっていいよってずっと言ってるんだけど」
やっぱりふっかけられていた……! しかし、パーティから抜ける直前、ユスケールが大剣を修理してもらったときの代金に特別安い印象はなかった。そこはアンネさんとデニスのオッサンの間に信頼関係があるからかもしれない。
「リューガさん、包丁作ってもらおうとしてたんだよね? なかったことにって話してたけど、断られちゃったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょっと俺には手を出せない金額で……」
まあそれを断られたっていうんだろうけど。
というかそうだよな、ユスケールは相場の代金で、アンネさんは格安で、俺は割高どころの話じゃない。嫌われるようなことをした覚えはないし、ということは刀鍛冶に包丁なんて図々しいお願いをしてしまったということだ。
しょげかえる俺を見てか、ウルリケは「あ、誤解しないであげてね!」と慌てて手を振った。
「デニスのおじいちゃん、剣士には厳しいんだよ。武器をちゃんと使ってくれるか、いつも気にしてるし」
「そりゃ、傍目に見ても分かる匠の技を持ってんだもんな。丹精込めて打った剣が乱暴に扱われちゃたまんないってのは分かるよ」
でもいまの俺、剣士じゃないんだけどな。デニスのおっさんは何か勘違いしてるみたいだけど、俺はパーティに見捨てられた無職だぞ。
「それもそうなんだけど、デニスのおじいちゃん、昔は戦士としてパーティ組んでたことがあるんだって」
「マジ──いや本当に?」
これは驚いた。いやしかし、納得だ。背中に目でもついてるのかってくらい的確に背後の気配を察知していたし、というか豚汁啜ってる立ち姿に隙がないってなんだよ。もしかしたらこの世界では界隈の有名人なのかもしれない。
「うん、ずっと昔の話らしいけど、当時はすごく強くて有名なパーティにいたみたいだよ。でも色々あって他のメンバーは全滅しちゃったんだって。噂だと、剣士がろくでもなかったとかなんとか」
「なるほど……」
そうか、もしかして人を寄せ付けないつっけんどんな態度はそのせいなのか? ウルリケのいう「剣士に厳しい」は、生半可な腕で仲間を率いて危険な目に遭わせるなど剣士の風上にも置けないと考えているのかもしれない。
「それからはずっとここで刀鍛冶してるみたい。もともと『隻眼』の人だから、目利きは確かなんだよ」
「デニスのおっさん、片方見えてないの?」
「そうじゃなくてスキルだよ、知らないの? リューガさんって物知りなのに変なところで抜けてるよね」
ウルリケ達にとっては異世界人だからかな。スキルの話だって、この世界じゃ常識だけど、俺はユスケールに言われなきゃ想像さえしなかった。
「『隻眼』は、物・人問わずその価値を見抜くっていうか……私もよくは知らないけど、人だったらスキルとかステータスを見ることができて、物なら質を見ることができるスキルかな。だから戦士を引退した後も有名なんだよ、最短で三大刀匠に登り詰めたくらいだし」
「そんなすごいオッサンだったのか……」
人は見かけのとおりというわけだ。感心しつつ、やはり肩を落とした。この世界の三大刀匠に「素人用の料理包丁作って」なんておこがましいお願いだった。これは既に幸先が悪い。
「ていうか、ウルリケってデニスのオッサンと仲良いよな」
「うん、デニスのおじいちゃん優しいからね。お姉ちゃんの剣もよく直してもらって、ついでに一緒にご飯食べることもあったんだよー」
そうか、あのイカついオッサンも女子供には優しいのか。そう考えると存外普通のおじいちゃんだな。
「ちなみに、デニスのおっさんってなにが好きなの?」
「んーとね、デニスのおじいちゃんの好みはちょっと変わってるんだよ」
うわ、マジか。高級食材なんて出されたらどうしよう。そう頬を引きつらせる俺の隣を歩きながら、ウルリケは「えーとねえ」と顎に人差し指を当てた。
「デニスのおじいちゃんはね、お米が好き!」
……お米……?
「そう、お米! デニスのおじいちゃん、おかずよりお米のほうたくさん食べるくらいお米が好きだよ」
「……ちなみにその米って、グライスだよな?」
「うん、あの白いお米」
まあそうか、そうだよな。異世界の米の名前が出てきて、俺は胸を撫で下ろした。
この世界には日本の白米がない。サイダーに似た飲み物がまったく別の名称で存在したので、もしかしたらあるのかもしれないが、少なくとも俺はまだ見つけていない。あるのは「グライス」という名称の米で、日本米より少し細長いし、花みたいにやたらいい香りもする変な米だ。悪くはないけど、和食とあわせて食うとなんか違う。俺が和食をあまり作らない理由のひとつだ。まあ、和食ってゴチャゴチャ品数あってなんぼだから、野営で食うもんじゃない(オークの野菜汁は例外)ってのが最大の理由なんだけど。
だから、いわゆる白米みたいな米が好きなんて言われると、そもそもどこで手に入るのか分からないし、手に入るとしても高い可能性もあるしで大変だっただろうけど、グライスが好きだっていうなら問題ない。
「あ、デニスのおじいちゃんにもご飯作ってあげるの? 包丁のお礼に?」
「お礼というか、言い方は悪いけど懐柔のためにっていうか……」
まさか俺も異世界転移してオッサンの胃袋掴みに行くことになるとは思ってなかったな。
「まあ、そんなことして靡いてくれるなら話は早いし、いくらでも作るんだけどなあ……」
ウルリケと共に訪ねた鍛冶屋では、相変わらずデニスのおっさんがこちらに背を向け、カン、カン、と静かに断続的に刀を打っていた。
体調を崩したので下書きを放出しまくり、そして枯渇してしまい日が空いてしまいました。お腹が空くというたくさんの感想ありがとうございます。