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7.簡単おやつ、ハナイチゴジャムとスコーン①

 アンネさんの助言を受け、デニスのおっさんがやっている鍛冶屋に顔を出した。寒い季節だってのに店の扉は開け放たれているが、理由は明白だ。近寄っただけで、むわっと熱気が顔を叩く。

 オレンジ色の炎に煌々と照らされた店内で、デニスのおっさんは入口に背を向け、カンカンカンと鋭い音を響かせながら座っていた。まだ朝早い時間だというのに、職人は仕事に取り掛かるのが早い。

 これ、邪魔しちゃいけないヤツだな。出直しているうちに次の刀を打ち始めてしまうかもしれないし、ちょっと店の前で待たせてもらおう。

 ――と考えたのがミスだった。デニスのおっさんの仕事はいつまで経っても終わらなかった。そして俺もいつまでも待ってしまった。なにせ一度出直そうかと思う度に微妙にやってることが変わるので「そろそろ終わるか?」と待ち直し、しかしまだ終わらず……を繰り返してしまったのだ。お陰で昼を過ぎ、運が悪いことに日も陰ってきた。

 腹が減ったし、いくら熱気がくるつったって曇れば寒い。さすがに出直そう、とくしゃみをすると。


「いつまでそこに突っ立っているつもりだ」

「うわっ気付いてた!」


 怖い怖い怖い! 俺が来てから一度も振り返ってないのに、なんで分かったんだ! 今だってぴくりとも首を動かさずに鍛刀場に向かってるのに、背中に目でもついてるのか?

 慌てて姿勢を正し「いや、すみません、取り乱してしまって」と頭を下げたが、デニスのおっさんはやっぱり背を向けて刀を打っているだけだ。

 これは、頼みごとをしてもいいのか……?


「よろしければ、その、剣を作っていただけないかと思いまして……」

「お前さん、パーティに属しとらんだろう」


 これは……拒否られてるのか……? 顔は見えないし、デニスのおっさんの声は低くて調子も読めないしで分からなかった。


「ええ……、その、一度ここにお邪魔したときはパーティでしたが、色々事情があって抜けることになりました」

「なんでアイツにリーダーをやらせた」


 何の話? もう本当に何の話をしているのか分からなかった。そのせいで怖い。頭の中にあのしかめっ面ばっかり浮かぶせいで余計怖い。刀鍛冶に料理包丁作ってほしいななんて思った俺が悪かった、もう帰りたい。


「パーティのリーダーがろくでもないと、その割を食うのはパーティメンバーだ。それなのになんでアイツにリーダーをさせた」


 なに? 話続けるの? 俺もう「ごめんなさい」っていうから帰っていいかな? で、それってユスケールの話? そんで、ユスケールはリーダーに向いてなかったみたいなこと言われてる? あとそれが俺の責任って? いまの俺は、完全にバジリスクに睨まれたポイズンフロッグ状態だった。ただ、ユスケールに関しては訂正しておこう。なにせ、ユスケールはRPGをやりこんだ玄人だったのだ。


「もし黒髪で背中に大剣を背負っていた若い男のことを言っているなら、それはデニスさんの勘違いですよ」

「勘違いではないな。あんな若輩者に乱暴に扱われ、黒鋼の大剣が泣いていた」


 ささやかな反論は一蹴されたし、ユスケールは若輩者扱いだ。でも確かに達人のデニスのおっさんの前でユスケールの話をするのは間違っていた。


「魔王を倒すだのなんだの、大言壮語するのは勝手だが、自己完結しないのは感心せん。もちろん武器も含めてだ」


 言葉数が少ないせいで分かりにくかったが、要はユスケールが実力に見合わない剣を持っていたと言いたいのだろうか。でもユスケールはなんかすごいスキルを持ってるって言ってたような気がするが……。はて、と首を傾げていると「で、お前は」と突然矢面に立たされてとびあがりそうになった。


「え、あ、僕ですか! 僕はただの飯炊き係やってたんで、はい!」


 実力がないのは重々承知だったんで刃がつくものは包丁以外持ってませんでした! ……いえ嘘をつきました、たまに剣も持っていました! でも大体飾りだったので許してください!

 慌てて背筋を伸ばせば、デニスのおっさんはやっと振り向き――しかしその太い眉を微妙に動かした。


「……お前さんは剣を持っていなかったのか」

「はい。まあ、あんまり戦いとか向いてないし……今と同じで、おいしいもの作ってみんなが喜んでくれればそれでいいかなって」

「…………」


 なんか言って? デニスのおっさんは無言で、しかし刀を打ち終わったのか、その手を止めた。


「何の用だ」

「え?」

「用があって来たんじゃないのか」

「あ、はい。……そうなんですが……」


 なんで急に話を聞いてくれる気になったんだ……? 分からないまま、しかしぜひとも包丁はいただきたいので、おそるおそる「実は……」と鉄鉱石を取り出した。材料は可もなく不可もなくだろうが、柄は木でできているとか持ちやすいとか、切れ味はできるだけよくとか、日本で使っていた包丁に近くて使いやすいものを作ってもらいたい。


「不躾な依頼で恐縮なんですが、よろしければ……料理用の包丁を作ってもらえないかと思いまして」

「金貨10枚だ」


 たっか! もちろん目玉が飛び出る金額ではないが、鉄鉱石の加工代金としては高すぎる。おそらく他の鍛冶屋で頼めば10分の1の金額でやってくれるだろう。

 しかし、アンネさんの紹介だし、デニスのおっさんの腕は良さそうだし、しかしまだ店も始めてないのにこんなところで金貨10枚……。

 ぐぬぬ、と悩んでいると「リューガさーん」とウルリケの声が聞こえた。顔を向けると、またどこかに木の実でも取りに行っていたのか、その手にはいくつも袋を持っていた。ちなみに今日は防寒装備ばっちりで、少し分厚いマントにオレンジ色のマフラーまで巻いている。


「どうしたウルリケ。拾い食いでもしてたのか?」

「お姉ちゃんと同じこと言う! 今日はハナイチゴが収穫できるっていうから採りに行ってたんだよ」


 開いてみせてくれた袋の中には、蕾のような形をした赤い実がたくさん入っていた。見たことのない実だったが、香りはイチゴだった。


「イチゴ好きなのか?」

「んー、あんまり。たまに酸っぱいのが混ざってるからちょっとヤダ」


 そうか、そこは日本で採れるイチゴと同じだな。ふむ、と少し考え込む。確か砂糖は十分にあったはずだ。


「ウルリケ、そのハナイチゴ、よかったら俺が使っていいか?」

「うん? いいけど、ご飯に使えるの?」


 イチゴを飯に使うのは聞いたことないけど、でもナシはサラダに、パイナップルは酢豚に入っていることがある。俺が知らないだけでイチゴも何かに使えるのかもしれない、もしかしたら異世界でも。


「いや、今日はもう昼過ぎだし、たまには飯じゃなくてお菓子にしよう。アヒージョはウルリケには早かったみたいだしな」

「だから子ども扱いしないで! でもお菓子って?」


 そうか、そういえばこの世界で菓子なんて見たことないな。無性に食いたくなったときは作っていたから考えもしなかったが。


「砂糖とバターをたっぷり使った甘いもの、って感じだな」

「それ作ってくれるの? やったーっじゃ早くお店戻ろ! あ、でもデニスのおじいちゃんに用事?」


 なんだ、ウルリケもデニスのおっさんのことはよく知ってるのか。が、ウルリケと一緒に顔を向けたとき、デニスのおっさんは別の剣を手に取ってる最中だった。仲良いのかただの顔見知りなのか、分かんねえな。

 それはさておき、包丁に金貨10枚をかける余裕は、いまの俺にはない。がっくりと肩を落とした。


「……デニスさん、すみません、包丁の件はいったんなかったことにしてもらって大丈夫です。また来ますね、お騒がせしました」

「またねー」


 ばいばーい、とウルリケが手を振っても、デニスのおっさんはやっぱり無視だった。

長くなってしまったので分割です。次回スコーンを焼きます。

お陰様でハイファン週間5位をいただきました。短編は相変わらず1位にいます。ありがとうございます。

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