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書籍発売中【ESN奨励賞】異世界創作料理屋リューガ~飯炊き係は不要と追放された後、姉妹に頼まれ創作料理屋を始めました   作者: 神楽圭


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43.発売記念SS・三人寄れば三種の珍味④~キメラ鍋

 そうして出来上がった闇鍋――いやキメラ鍋は、赤黒い液体の中をベースにしていた。まかり間違ってもキムチ鍋ではない。世にも奇妙な赤黒い色だ。そこに、まるで普通の鍋ですとでもいうように玉ねぎやニンジンなどの野菜も入っている。そして、3種の肉が入っている。キメラの背から生えたヤギの角も、飾りのように突き刺さっていた。


 煮込んでいたせいで、ぶくぶくと不気味に泡が膨らんでは弾けていく。それが厨房からテーブル席に運ばれた。その鍋を囲みながら、ゴクリと喉が鳴る。


 にっこりと、メータとウルリケが笑う。


「さあリューガさん、どうぞ遠慮せず召し上がってください!」

「無理しないで、でもたくさん食べてね!」

「……ありがとう。い、いただき……ます……」


 まさかこんな早くに最後の晩餐を口にすることになるとは……。もう段々と熱で意識も朦朧としてきて、自分が何を食おうとしているのか分からなかった。そんな俺のおぼつかない手を見てか、ウルリケが手際よく小さい器に盛り直してくれた。なんとも器用なことにミニキメラ闇鍋が出来上がっている。


 これ、気絶しないで済むかな……。おそるおそる、息を止めながら口に運んで――。


「……う、うま、い……?」


 赤黒いスープは、ほのかな酸味の混ざったこってりとした味がした。肉自体から染み出た脂がいい出汁になったみたいだ。肉は……火を通し過ぎて少々固くなってしまっているが、蛇肉はもとの淡泊さにスープが絡みついて味わい深くなっている。ヤギ部分の肉はちょっと羊肉に近い。しかもマトンのほうだ。臭味はあるが、そのジビエの味にスープの酸味がスパイスとして機能しているのか、謎にマッチしている。意外とライオン部分の肉が蛇肉よりもあっさりしていて、まるでささみ肉のようだった。


 まさに、一度で三度おいしいキメラ鍋……!? 予想外の味に愕然としていると、メータがおかしそうに笑った。


「当然ですよリューガさん! だってただのお鍋なんて煮込み料理の定番です! これでも私達、そこそこ有名なパーティだったんですから。野営も慣れっこです」

「え、い、いや……それはそうかもしれないけど……だ、だってキメラの血を使って……?」

「ちょっと入れるとアクセントになるんです。あ、飲む方はこちらからどうぞ。イエロービスで割ってあります」


 ゴブレットが出てきたかと思ったら、赤い液体が入っていた。しかし鍋のようにグロい色ではない、どちらかというとトマトジュースのような色だった。


 闇鍋の味が思いのほかよかったこともあって、ゴブレットも無警戒に口に運んでしまう。――さっぱりしている。イエロービス由来の炭酸、そののど越しと甘味と酸味が絡み合って、飲める酢のジュースのような味わいだ。


「これ! おいしいな!」

「そうでしょう。高級品ですよ、体が疲れたときはもちろん、日頃から飲んでも予防にいいものです」


 ふふん、とメータが頷いた。なるほど、すっぽんの血のジュース割みたいなものか。


 だとして……、まさか……まさかメータがこんなに料理が上手いとは。さきほどの蛇肝ペーストの震えが、今度は衝撃の震えに変わってしまった。とんだ伏兵がいたものだ。


「これは……一体、どうやって作ったんだ……?」

「リューガさんの真似のようなものです。出汁をとって、味をみながらスープの味を好みに調整してあとは煮込んだだけですから」

「……いやでも調味料の種類とか」

「おいしくなりそうなものを入れるんです」


 いつまでも答えに辿り着かない……つまり”適当に”作っておいしい天才肌、だと……! 嫉妬の炎が仄かに燃えた。


「……メータが食事係だったのか?」

「そういうわけではないです。うちは持ち回りでしたから」

「お姉ちゃんは肉の串刺し、メーちゃんは鍋だったからねえ」


 うんうん、と頷きながら、ウルリケも懐かしそうに鍋を口に運んでいる。なおアンネさんは慎重に蛇肉を避けていたし、もちろんスープはなるべく落として器に入れていた。


「メニューは大体2パターンだったよね」

「何を言ってる、モンスターの種類の数だけメニューがあっただろう」

「肉の串刺しは全部同じだよう」

「聞き捨てなりませんね、ウルリケちゃん。鍋だってスープの味を変えていたじゃありませんか」

「お鍋はお鍋だよう。って、考えてみたらリューガさんのご飯食べたからそう思うようになったんだけどねえ」


 もきゅもきゅ、ウルリケは口いっぱいにライオンの肉を詰め込みながら頷いた。俺もいつの間にか器を空にしてしまっていて、ついつい蛇肉にスプーンを伸ばす。


「……うん。どれもおいしいけど、俺は尾の肉が一番好きだな」

「焼いてもおいしいですよ。キメラの尾は少し肉厚なので難しいですが。あとアンネちゃんは嫌がりますけど」

「そんなグロテスクなものを食べれるわけないだろう。なあシンバ」


 シンバは器に口を突っ込んでガツガツ食べている。なまじごちゃ混ぜになってるせいで、ねこまんまみたいだった。アンネさんが少しだけ分かり合えなさそうな顔をして「まあお前は何でも可愛いな」とよく分からないコメントをしながらその背中を撫でた。


 そうして無事に闇鍋を平らげ、ふうー、とメータが満足そうに額の汗をぬぐった。


「温かくなりました。やはりお鍋は良いですね」


 おじやの習慣はこの世界にない。だから誰もグライスのことを言い始めなかったけど、俺も具合が悪いせいで腹がいっぱいだった。せっかくのキメラ出汁を食べられないのは残念だが、厨房に立つ元気はないし、また今度挑戦してみよう。


「……おいしかった。ありがとうございます、二人も、アンネさんも」


 いや、それより、異世界で俺のために飯を作ってもらったのは久しぶりだ。最初の頃に立ち寄ったところで飯を出してもらったことはあるが……。


 何が起こるか不安通り越して死ぬんじゃないかと思ったけど、美味いメシ作ってもらっちゃったな……。しみじみとしていると、シンバがまるで当然のような面をして膝の上に戻ってきた。


「じゃ、リューガさん、ちゃんと休んで、早く元気になってね!」

「そうですよリューガさん、神は意味のないことはさせないものです。いま体調を崩されてしまったということは休むときだということ。無理は禁物ですよ」

「何か必要なものがあれば持ってきてやるからな。シンバに頼むといい」


 シンバは無言だったが、膝の上から顔だけこちらを向いた。無愛想だが、心配してくれているに違いない。


「……ありがとうございます」


 ついこの間出会ったばかりなのに、こんなに優しくしてもらえて、俺って幸せ者だな――なんて。


「あ、そういえばこちらは尾から採れる毒ですけれども」


 ほっこりと滲みかけていた笑顔が凍りつくのを感じた。メータはまるでデザートみたいなテンションで、冷蔵庫代わりのボックスから小さいゴブレットを取り出す。見た目だけはまるで無害そうな透明な液体が入っていた。


「ちょっと甘いので食後によいかと思いまして。大丈夫です、私はこれでも孤児院育ちですので食材を余すことなく使い切る技に長けております――何が言いたいかといいますと、ちゃんと無毒になるよう処理をしておりますので!」


 いや、でも、毒じゃん……? そう口に出したかったが、メータはすっかり気分のよくなった顔で同じものを3つ差し出す。


「……あ、あの、俺は腹いっぱいなんで……いいですよ、3人分しかないみたいですし」

「大丈夫だリューガ、遠慮するな。私は蛇の毒など飲まない」


 いや俺だって飲まないんですが。


「もう、アンネちゃん、体が丈夫だから言えることですよ。さあリューガさん、お口がさっぱりしますよ」


 これは……万事休す……いやでも闇鍋も美味かったし、毒抜きはしてあるみたいだし……。…………いやでも毒だし。いやでも、ジャイアントセファロータスも乾燥した粉には毒成分は含まれてないし……いや毒そのものと毒成分を含んでいない部位とは別だし……。


 ぐるぐるぐると答えの出ない思考が巡った。まさか、目の前に「毒です」とゴブレットを差し出される日が来るとは思ってもみなかった。


 いや、しかし、でも――。あれこれ悩む俺の前で、ウルリケが「おいしかったねえ」とゴブレットを掴んで――飲んだ! ぐいっと一口で飲み干す。満足そうな顔でぺろっと舌で唇まで舐めて!


「あまい!」

「ええ、食後ですので、甘いものにしておきました」


 い、いける、か……! メータもしれっと飲むのを視界の隅で捉えながら――だって闇鍋も美味かったし!とゴブレットを勢いよく傾けて。


「あ、そういえばリューガさんってもしかしてお酒に弱かったり――」


 ――その後のことはあまり記憶がない。


 目を覚ましたときは夜中で、頭の奥から頭痛がしていた。なんかこれは……妙に覚えのある体調不良のような……と思っていると、メータが「物音がしたので」と様子を見に来た。鍋のときの自信満々な顔と異なり、ちょっと申し訳なさそうな顔に変わっていた。


「あの、すみません……リューガさんって、お酒に弱かったんですね。あの、あれはお酒ではないのですが……似ているといいますか、お酒に弱い方は昏倒してしまうこともあるみたいで……。ウルリケちゃん達で慣れているので、つい……」


 どうやらメータによれば、キメラの毒は特殊な処理を施して毒抜きをした後に、ルゥバ蜜で割っているのだという。そのルゥバ蜜への耐性は体質次第で……色々説明されたけど、要はアルコールに似た成分なので、体がアルコールと勘違いした反応をしてしまうらしかった。花粉アレルギーと果物アレルギーみたいなもんだろう。……いやアレルギーや酒だと大事なのだが。そして、アルコールのように酩酊するわけではないが、昏倒して意識を失うことがあるのだとか……。


「あ、あの、言い訳ではないのですが、体に悪影響があるものではないです。ちょっと……ちょっと、三日徹夜した後って気絶したように眠ってしまうじゃありませんか? そんな感じだと思ってもらえましたら」


 やっぱり毒だった……というのは結果論だが。……毒だった。俺はその場でひっくり返って気絶したらしい。

 ごめん、さすがにそれは気を付けて――とは、メータの顔を見ると言えなかった。まあ、一応体に害はないらしいし……。


「……メータも、ウルリケも……酒、強いんだな……」

「あ、はい。私達の中だとアンネちゃんが一番弱いですね。あの子は酔うこともありますから」


 なんかもう基準が違う。この子達怖い。


「あの、それで……リューガさん、具合が悪いところに私が止めをさしてしまったみたいで、ごめんなさい。アンネちゃんがワイバーンを買ってきましたから、明日は背肉でお鍋を作りますね。あ、毒爪はちゃんと処理すれば――」

「……メータ」


 ぐったりとベッドに寝転がったまま、目を輝かせるメータを止めた。


「……ありがとう。……あの、気持ちだけで充分だから……毒は。毒は、しばらく、遠慮させてくれ」

「そう……ですか。そうですね。ええ、では申し訳ありませんが、私達だけでいただきますね」


 こくりこくりと頷くのを最後に、ガクッと首から力が抜けるのを感じた。そのまままた気を失った。


 やはり、飯は自分で作ってなんぼだ。

発売から2ヶ月近く経ったが……?というタイミングまでかかって恐縮です。お読みくださった方、ありがとうございました! そして書籍お買い上げの皆さま、ありがとうございます!

またいつかお会いできますように。

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― 新着の感想 ―
出来たらもっと読みたい。 でもご都合と体調の範囲内でご無理はなさらずに。 そして毒使いメーちゃん野奇想天外飯?には笑いましたが、現場に居合わせたら私は逃げます……
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