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書籍発売中【ESN奨励賞】異世界創作料理屋リューガ~飯炊き係は不要と追放された後、姉妹に頼まれ創作料理屋を始めました   作者: 神楽圭


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42.発売記念SS・三人寄れば三種の珍味③~キメラ鍋

お待たせしました!

 これは、俺が行かなければ大変なことになってしまう。頭痛を堪えながらベッドから出ようとすると「こらこら、リュー!」とアンネさんの豪腕でベッドに叩きつけられた。


「ぐえっ」


 ちなみにシンバは素早く避けた。


「病人は休むのが鉄則だ! 無理して働かずにゆっくり寝ておけ」


 アンネさんの優しさが痛い(物理)。堅めのマットレスに思い切り後頭部をぶつけてしまったせいで少し目が回った。


 しかし、このまま寝てはいては永眠する危険さえある。渾身の精神力を振り絞って起き上がった。


「いえ、アンネさん……あの、アンネさんからいただいたこのサラダと、ウルリケ達が作るメシとを一緒に食べたほうがおいしいんじゃないかと思いまして……ぜひ、下に降りて一緒に……」

「まだできてないだろう」

「料理する匂いとか! かぐと元気になれるんで!」


 頼む、頼むから俺を厨房に行かせてくれ! もう一度肩を押さえようとしてくるアンネさんの手に手を添え、必死に頼み込んだ。アンネさんが少し困った顔で口をすぼめる。


「……まあ、本人が元気になるものが一番だからな」

「ありがとうございます! お陰で生き延びれそうです!」

「大袈裟だな、まったく」


 いやいや、冗談でもなんでもないですよ――なんて心の声を隠しながら下に降りると、厨房にはメータとウルリケが立っていた。メータの衛生意識が高いのか、なんと三角巾で長い髪もちゃんと隠している。


「あれ、リューガさん? 起きて大丈夫なの?」

「あ、ああ、その、料理中の匂いも元気が出るから……」

「なるほど確かに、疲労というのはなにも肉体だけの問題ではありませんからね」


 こくり、とメータが深く頷いた。その手の中には以前俺が使っていた小刀があった。よかった、シュタールドラゴンの包丁を使わないでいてくれて。怪我人が出るところだった。


 そのメータは、キリリッと妙に畏まった顔で俺を見る。


「では、私とウルリケちゃんの技でその不調も吹き飛ばして差し上げます! 見てていてください!」

「分かったから刃先を人に向けるな!!」


 途端にギラッと光る先端を向けられた。本当に大丈夫なのかこの子!


「し、失礼しました。ではリューガさん、ご覧ください」

「まずキメラの首でスープを作ってるよ。あ、背中についてるほうね」


 ウルリケが「ほらほら、どうぞ」とでも言いたげに両手を鍋のほうへ向けた。カウンター側から厨房を見るなんて新鮮だな……なんて気持ちは、それを見るとすぐに収まった。鍋の中の色が妙な具合に濁っていた。ついでに、中からぷかりとヤギっぽい骨が角と一緒に浮いていた。


「……ウルリケ」

「リューガさん、ロック鳥でよく作ってるもんね! いい出汁がとれるんだって!」

「……血抜き、大変だったろ」

「大変だった! でも頑張ったよ。だってキメラの血ってすごく栄養価が高いんでしょ?」


 ウルリケの眉が得意げに吊り上がる。隣のメータも深く頷いた。


「リューガさんもご存知ですよね。キメラといえば、かつては食せば不老不死になるとさえ言われたほどに非常に優れた強壮剤です。まず、その肉体と尾から採れる血について」


 鍋の隣にはボウルがあって、気のせいでなければ赤黒い液体がこびりついていた。


「血行が良くなり、疲労回復も促進されます。ただ直接飲むことには抵抗のある方が多いです」

「まったくだ」


 アンネさんが俺の隣で深く頷く。シンバはその腕の中でカリカリと興味なさそうにカウンターをひっかき始めていた。


「ですので、スープとするのが良いのではないかと考案いたしました」


 なるほど理解しました。キメラのがら(・・)鍋には、血が混ざっているということですね。


 穏やかな笑みで誤魔化しながら「不味いものは混ぜればいいというわけではないので注意してください」なんて遺言が浮かんだ。


「ああ、そうですリューガさん。お食事はしばらくお待ちいただきますので、先にこちらをどうぞ」

「……これは」

「リューガさんがマンジョッサバの前菜を出していらっしゃるでしょう? そちらに習いました」


 俺の前に出されたのは、小さい器に入ったヘドロ――いやちょっとだけドロッとした黒っぽい緑色のペーストだった。


「尾から肝を取り出し、刻んで食べやすくしておきました。こちらで少しでも空腹を満たしてどうぞ」


 はい、つまり蛇の肝ですね。アンネさんが「くっ……」と苦し気に顔を歪めて俺の心を代弁している。


「体はすべての資本とはよく言ったものだ。体調を崩すとこんなものも食べなければならないとは……」


 いえ、多分大抵は食べずに済むと思います。さすがの俺も思わず真顔になった。まさかこんな密林の奥の特産品みたいなものを、俺の店で食う羽目になるとは……。


「さあリューガさん、どうぞご遠慮なく!」


 遠慮します、と言いたいところだが――俺が寝込んだのを聞きつけてあの無愛想なデニスさんが貴重なキメラをくれ、武器異様なアンネさんが野菜を木っ端みじんに混ぜて、メータとウルリケが慣れない厨房に立ってくれているのは事実! それを食えませんと言えるヤツがいるか。


 否。意を決して器とスプーンを掴んだ。


 キメラの尾――蛇の肝のペーストは、第一印象のとおり、やはりヘドロのようだ。ちょっと水分多めの柚子胡椒かと思いきや、スプーンから垂れると妙にねばついた尾を引く。しかし、そんな見た目ながら無臭というのはなんとも不気味だった。


「……い、いただき、ます……!?」


 だがしかし、口に運んだ瞬間、強烈な苦味――いや酸味かえぐみ? もう何がなんだかよく分からないものが口の中どころか鼻と脳天まで突き抜けた。


 不味い……! 表情に出さないように必死にスプーンを握りしめた。この味……なんだこの味……マッドマウスの胆汁に近い……気がするが、それよりももっと強烈だ。舌の奥にイガイガとしたえぐみがずっと残っている。喉と舌をまるごと取り出して洗い流しても取れなさそうな、強烈な……。


「……リューガ、そんなにおいしかったのか? お前が歓喜に震えるなんて初めて見たぞ」

「……アンネさん、アンネさんの……刻んでくださったサラダが、合いそうなので、いただいてもいいですか……」

「もちろんだ、たっぷり食うといい」


 そっと隣に差し出されたボウルの中にスプーンを突っ込む。手が震えていた。まさか……まさか、キメラの毒抜きを忘れられてたわけじゃないよな……まさかな……。


 さておき、今は玉ねぎのみじん切りという圧倒的素材の味がありがたかった。山盛りの玉ねぎのみじん切りを口に運ぶと、玉ねぎ特有の辛さが広がる。でも……でも、この素朴な味! 体に何の害もなさそうな、いやむしろ健康になれそうな、後を引かないこの味! よく知ってる、この舌に馴染みのある味!!


「おいしい……!」

「まったくお前は、さっきから大袈裟だな」


 ふ、ふふん、とアンネさんが隣で得意げに鼻を高くした。豪快なアンネさんがせめてもの救いだった。


「まあまあリューガさん、たったこれだけで感動するにはまだ早いですよ」


 メータは「じゃん!」と妙な効果音と一緒に大きめの浅い鍋の中身を見せてくれた。そこには蛇、ヤギ、ライオンそれぞれから切り出したと思しき肉が敷き詰められていた。もちろん生肉だが、隣には適当に野菜が放り込まれている。


 厚みの違う肉や野菜同士を同じタイミングで煮込もうとしてはいけません……。いや、なにより、生肉と生野菜をくっつけないでください……。……包丁は共有していませんよね、衛生管理担当のメータさん……?


「いま出汁をとっているスープで煮込みますので、味もばっちり、滋養たっぷり栄養たっぷりのお料理が出来上がります! あ、ご安心ください、しっかり火を通しますので!」

「安心してリューガさん、私なら自在に火力調整できるからね!」

「……ありがとう……ふたりとも……」


 そっか……二人とも、野営の経験はあるんだもんな……。最低限の料理は……できるんだよな……。


 ああ、もう、なるようになってくれ。がっくりと力なくカウンターに座って、モンスターが一体しか入っていないはずなのになぜか闇鍋と化したそれを待つ羽目になった。

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