41.発売記念SS・三人寄れば三種の珍味②~生野菜サラダ
「おいリューガ、生きてるか?」
この声は……アンネさんか? 目を開けると、いるのは確かにアンネさんで、しかしいつも凛々しく吊り上がった眉が今日は八の字になっている。
「あ、どうも……今日の食材ですか、分かりました確認します」
「何言ってるんだ、今日は休みにするんだろう。シンバに言われて様子を見に来たんだ」
「様子……」
はっ、と我に返る。といっても頭はぼんやりしているのだが、そうか、なんか疲れてるなと思ってるうちに二度寝したのか。どうりで外もずいぶん明るい。
アンネさんは、脇にシンバを抱えていた。まるでぬいぐるみのように大人しく抱えられたまま、シンバは小首を傾げる。ありがとうなシンバ、自由なヤツだと思ったけど、俺の体調に気付いてアンネさんを呼んできてくれたんだな。
「いまウルリケがメータを呼びに行っている。一体どうした、マンジョッサバの毒抜きでも忘れたか?」
「いえ、多分……ちょっと疲れただけです」
嬉しいことに、創作料理屋リューガは大盛況。連日席が足りないほどに人が押し寄せ、料理も作る端から消えていき、猫の手――いやいやブッセカーターの手も借りたいほどの忙しさだった。
もちろん、そんな目の回る忙しさは願ったりかなったりだ。それに、カウンターの高さが絶妙なお陰で、料理しながらお客さんの顔を見る余裕もある。「うま!」「おいしい!」「(無言でひたすらかっこむ)」と色んな表情を見ていると、毎日疲れを感じないくらい充実していたのだ……が。
体はついていかなかったなあ。なんなら、頭もじわーっと熱い。もしかして熱までるのか? 額に手を当てていると、アンネさんがそわそわと物理的にそこらを歩き回り始めた。
「熱でもあるのか? 大丈夫か? 毒性のものか? であれば解毒薬を持ってくるが」
「いえ、大丈夫です……多分ただの疲れで、風邪を引いただけだと……」
「風邪か……。なら今日はゆっくり休んでおけ。なにかできることはないか?」
「大丈夫です……お気遣いなく……」
「しっかり精がつくものを食べたほうがいいな。いや、それより先に風邪の撃退だな。マッドマウスの胆汁を飲むといいと聞いたことがあるから、よし、一狩り行ってこよう」
「いえ、大丈夫です。アンネさんもお忙しいでしょうし……」
「なに、大した手間じゃない。それにマッドマウスにとってブッセカーターは天敵、シンバの手にかかれば群れが見つかるはずだ」
「いえ本当に大丈夫です。本当に、お気遣いなく」
やめてください、本当にやめてください。声には出さなかったが必死に懇願した。実はこの世界に来たばかりのときも体調を崩し、滞在していた村の人がくれたことがあるのだが、この世のものとは思えない苦味と酸味のコラボレーションで気分が悪くなった。ちなみに全く回復しなかったし、ただの風邪に嘔気が追加されて長引いた。
「そうか? 今さら遠慮することはないんだぞ」
「いえ遠慮とかでなく……」
「リューガさーん、大丈夫ー?」
カチ、と静かな音と一緒に扉が開き、ウルリケが顔を覗かせた。後ろからはニョキッとメータの頭も生えた。
「メーちゃん呼んできたよ。寝苦しそうにしてたから……」
「あ、ありがとう……」
マッドマウスの胆汁の話が終わった、助かった……。起き上がると「あ、いいよう、寝てるままで」と駆けよってきたウルリケが激しく手を振る。
「ね、メーちゃん。こんな感じみたいなんだけど、治してあげられるかな?」
「なるほど、状態異常ですか」
「いや、ただの風邪だと思う」
メータが顎に手を当て、真剣に俺の顔を覗きこむ。こちとら風邪を引いてるし、寝起きだし、そうじろじろ観察しないでほしい。
「……ふむ。最近毒性の食物を口にしましたか?」
しかも急に診察が始まった。
「いや、なにも。マンジョッサバは毒抜きしたし、ジャイアントセファロータスは粉だと毒もなにもないので」
「モンスターを狩る際に怪我は? 掠り傷から侵食されることもありますがいかがですか?」
「いや、怪我もなにもしてないです」
「ふむふむ」
その調子でいくつか質問を重ねた後、メータはドヤ顔になって頷いた。
「疲労からくる状態異常ですね!」
つまり風邪だな。最初からそう言ってるんだけどな。
「ってことはー……メーちゃんには治せないね」
「え、そうなのか?」
プリーストって治癒魔法が使えるんじゃないのか? 疑問がそのまま顔に出たのか、メータは肩を竦める。
「リューガさんも勘違いしている側のようですね。はい、私達はあくまで外傷や毒といった明確な原因に対して治癒を施すに過ぎません。そして、疲労からくる状態異常、すなわち風邪は、女神様がくださった休養の機会なのです。ゆっくり休んでいただくことが唯一にして第一の治癒方法ですよ」
そうか、医療とはまったく別の話なんだな。
そっかあ、と肩を落とす。せっかくの休日、最近見つけたブラシッカ草を使って新作を試してみたかったのに……。漬物にしたらいい隠し味になると思ってたんだけどな……。
「リューガさん、働きすぎだったんだよう。ね、なにか欲しいものある? イエロービス?」
「あ、そうだな、飲み物はあるとありがたいかも……」
と口にした途端、視界の隅でアンネさんが口をへの字に曲げた。でもマッドマウスの胆汁とイエロービスを同列に扱うのはやめてほしい。
「あ、でも、その、食事もなにかできると、ありがたいなーとか……あのほら、フルーツとか……この季節だと生野菜もいいですよね、玉ねぎとサイダラの根とか……体に良くてさっぱりしてて」
「なるほど、そうか」
途端、アンネさんの顔が明るくなる。ここまで指定すればアンネさんもヘンなものは出すまい。
「じゃあ早速準備してこよう」
「私、デニスのおじいちゃんにも伝えてくるね。もしかしたらちゃんといいお薬持ってるかもしれないし」
「では私はスープを作っておきましょう。ご安心ください、リューガさんほどの絶品とはいきませんが、これでも少ない食材でやりくりすることには慣れておりますので」
「ありがとうございます……」
シンバはアンネさんの腕から滑り降り、俺の頭の隣に座り込んだ。お前は様子を見ててくれるってことだな、なるほどな。
本当にありがたい。最初に風邪を引いたときは村の小屋で一人寂しく寝転がってるしかなかったけど、いまはこうして気にかけてもらえるんだもんな。
ありがたやありがたや。出て行く3人の背を眺めながら拝み、また眠ってしまい、もう一度目を覚ましたとき、アンネさんがちょうどボウル片手に戻ってきたところだった。
「リューガ、生野菜を食いたいと言っていただろう。市場で新鮮なものを仕入れてきたぞ」
「あ、ありがとうございます……」
起き上がってボウルを受け取って……そのまま黙るしかなかった。
生野菜サラダは確かに読んで字のごとく、生の野菜が入ったサラダだ。スライス玉ねぎやレタス、ミニトマトあたりが王道だろうしそれを想定していたが。
アンネさんが渡してくれたボウルに入っているのは、なぜか木っ端みじんの玉ねぎにリーク草とスワンプラントの首が生えたものだった。
まず、なぜ玉ねぎがみじん切りのさらに一段階上の木っ端みじんで、しかもそれがまるで米のように敷き詰められているのか。しかも多分水に晒していないので本当に生そのものだ。
そして刺さっているリーク草、つまり生ネギ。確かに風邪にいいものだし、青ネギをふりかけるのも分かる。でもさすがに生ネギを頭からかじることは、俺にもできない。
さらにその隣に生えているのはスワンプラントの首。スワンプラントというのは、スイカに白鳥の首がくっついたような見た目のモンスターだ。グエグエ鳴きながら歩くだけの、基本は無害な植物だが、下手に刺激をすると口から酸を吐く。体の部分は瓜っぽい味なのだが、首から上はスイカの皮の味がする。ついでに頭部は酸の味だ。つまり首から上は食える部分ではない。
しまった……。ボウルを手にしたまま反応に困って閉口する。熱でぼんやりしていたというのは言い訳だが、俺の伝え方が悪かった。アンネさんは「肉はすべて業火で焼いてOK」な性格なのだ、生野菜を食べたいと言えば生野菜が丸ごとそのまま「素材の味を楽しんで」で出てくるに決まっている。せめてドレッシングがほしいがこの世界にはないし、お手製のものをちょうど昨日で切らしてしまった。
どうしたものか……。困っていると、アンネさんはおずおずと「大丈夫か?」と珍しく少々弱気なご様子だ。
「気分が悪いのか? いやすまない、スワンプラントの首は風邪を引いているときに齧るには少々固いな」
いえ、問題はそこではないです。あとスワンプラントのうつろな目がちょっとグロいです。蛇は駄目なのになぜこれは大丈夫なんだ、アンネさん。
アンネさんはハッとした顔になった。
「そういえばリュー、よく固い野菜は煮て柔らかくしているな。オークの野菜汁のオレンジホーンがそうだ。分かった、煮てくればいいんだな!」
「あ、いえ、スワンプラントの首は……」
「リューガさーん!」
煮ても焼いても不味いんで、とは言えずにいるうちに、ウルリケがやってきた。
「デニスのおじいちゃんに話したらね、ちょうど今朝いい獲物が手に入ったって! リューガさんが体調崩しちゃってるならって、丸ごとくれたよ! いまメーちゃんが下でどうやって料理するか考えてるところなんだけど」
ぐっと、ウルリケは親指を立ててみせた。
「キメラだから、リューガさんに言わせれば三度おいしいご飯が作れるよ!」
……俺はただ風邪を引いただけなのに、なんだかとんでもないことになってしまった。
明日じゃないかもしれませんが、続きます。




