4.清貧の定番、オークばら肉の野菜汁A
その頃、パーティは……。
シェーミの霧道の入口に着いたときには、陽が沈みかけていた。手前にある村で宿をとることにし、ついでに飯を食おうとして、「オークの野菜汁 銅1枚」が目についた。
「やっぱそんなもんだよな、豚汁だし」
「どうしたの、ユスケール」
耳慣れない言葉に顔を上げたズザンネに、軽く首を振った。
「いや、俺はオークの野菜汁にしとくかと思って」
「あら、私も同じだわ」
「俺もだな」
「え……?」
メータがそのオレンジ色の目を怪訝そうに歪めた。メータは、エクスの麓からリューガの代わりにパーティに入ったプリーストだ。
「みなさん……清貧なんですね、オークの野菜汁なんて……」
「そりゃ、たまには青銅牡牛のステーキとか食べたいけど、日頃はね。オークの野菜汁みたいに慣れた味が落ち着くんだ」
「慣れた味……ですか……。苦労なさったんですね」
なぜ豚汁=苦労? よく分からなかったが「まあ、ここに来るまで色々あったからね」と誤魔化した。ズザンネとヨーナスも頷く。
「色々あったわよね。パーティメンバーも変わっちゃったし……」
「私が入る以前にいらっしゃった剣士の方ですよね」
「ああ。争いを好まないといつも食事を作ってくれていて、もちろん感謝はしていたが……」
「シェーミの霧道に入るのに情けは無用だ」
言い淀むヨーナスの代わりに、きっぱりと言い切った。
リューガには感謝している。異世界転生したばかりの頃は、心細かったとは言わないが、やはり同じ転生者がいるのは安心だった。剣士なのに後衛と飯炊きに甘んじていたが、同じ転生者の誼で、それでもいいかということにしていた。
しかし、苦節一年、魔王の城が近づくにつれ、そんなぬるいことは言っていられなくなった。ゲームでさえ、好きなキャラでクリアできるのは序盤だけ。ましてや現実で、仲良しこよしでパーティを組んでなんていられない。
まだパーティに入ったばかりのメータにも心してもらうよう、真正面からその目を見つめた。
「これから先、魔王の城に進むまでの道は決して甘くない。途中で音を上げるようなら容赦なくパーティから外すから、覚悟していてくれ」
「ええ、もちろん、分かっています」
メータが微笑みながら頷いたところで「お待ちどお」という声とともに、俺達の前には食事が置かれた。
が、注文を間違えられたらしい。目の前に置かれたボウルを見て「なんだこれ」と思わず声が出てしまった。
「すみません、俺が頼んだの、オークの野菜汁なんですけど」
「え? ええ、そうですよね」
運んできたおばさんが怪訝そうに頷く。
「……いやだから、これオークの野菜汁じゃないじゃないですか」
「なに言ってるんですか、オークの野菜汁ですよ」
しかめっ面で、おばさんが顎でボウルをしゃぐった。
「お客さん、いちゃもんつけてタダ食いしようってんですか? いるんですよね、魔王を倒すから出世払いでとか言うふざけた勇者気取りの方。うちはそういうの受け付けてませんから」
「いやタダ飯じゃなくて、だってこれ……」
大根とかニンジンとか色んな野菜が入ったスープで、確かにオーク肉らしきものも浮いているのだが、透明のスープが油でドロッドロに濁っている。二郎でアブラマシマシにする俺でも一見してムリと思うくらいにはヤバイ見た目だ。つか、味噌入ってねえから豚汁じゃねえ。なんなら、俺のボウルには鼻、ズザンネとヨーナスのボウルには耳が浮いている。
ズザンネとヨーナスも「これが?」「色からして全然違うじゃないか」ととぼやく。
「こんなん詐欺だろ」
「は?」
「あ、あの、ユスケールさん達は遠くからいらっしゃったみたいで!」
ドスのきいたおばさんの声に、メータが慌てて口を挟んだ。
「故郷で食べたものと少し違うっていうだけです。文句とかじゃなくて」
「うちの料理が食べれないってんならいいんですよ、でも金は返せませんからね」
おばさんが怒ってそのまま厨房に引っ込んだ後、メータが「みなさん、なにか勘違いしていらっしゃいますよ!」と俺達を咎めた。
「これはかなりありふれたオークの野菜汁です。むしろ、銅1枚なのに野菜が豊富で良心的ですよ」
「いや、オークの野菜汁って言ったらさあ……とりあえず味噌入ってるし……ちょっと七味もきかせてさ、この季節に食ったら体が温まって……なのにこんなの、ただの油の汁だろ」
「ミソ? シチミ? 銅1枚で食べられるオーク肉なんて、出てきた脂でお腹を膨らませるためだけのものじゃないですか」
心底呆れた顔のメータは、ただ一人、銀1枚を払ってサラマンダーの肉炒めを注文していた。
「パーティに入ったばかりの身でこんなことを言うのもおかしいかもしれませんけれど、ユスケールさん、宿で食事に筋違いな文句をつけるなんて、そんな恥ずかしいことはしないでくださいね」
ぐっ……。自分と大して年の変わらないメータに、しかもズザンネ達の前で言われるとものすごく居心地が悪かった。でもそうか、リューガは「豚汁だけど、こっちの世界で名付けるとしたらオークの野菜汁ってところだな」と言ってたけど、あれはリューガ命名なんだな。これは別物なんだ。
仕方なくボウルに口をつけ、しかし、ラードを飲むような口当たりに「オエッ」とすぐにギブアップした。ズザンネとヨーナスも、口をつけた瞬間にスプーンを置いた。メータだけがうまそうに肉を食いながら、しかし冷たい目で俺達を見ていた。