39.開店記念、スリープシープでラムラックのラバックス焼き③
次の日の昼過ぎ、ラバックスで焼いた後のラムラックをアルミホイルで包み、広場へ運ぶ。シンバはラバックスから出た時点で食いたそうにしていたが「休ませた後に広場で食えるから」と教えると、今度は率先して運ぶのを手伝い始めた。本当に賢いネコだ。
広場の噴水から少し離れたテーブルの上にアルミホイルを置き、ナイフも用意した頃に「またそんなものを使っているのか」とアンネさんのイヤそうな声がした。ウルリケとメータも一緒だ。
「そんなものって、肉を休ませるのに必要なんですって」
「探せば他にもありそうだがな。思いついたらいつでも言ってくれ、狩ってくるから」
まるで親の仇のごとくアルミホイルを睨みつける――のではなく、その光沢を見ることすら気味が悪いかのように、アンネさんは顔ごと視線を背けていた。本当に嫌いなんだな、ヘビ。
「ちょっとちょっと、何の話をしていらっしゃるんですか? この銀色の布はなんなんですか!?」
「アルミンサーペントの鱗を溶かして固めて叩いて伸ばしたものだそうだ」
「どんな味なんですか!?」
「メーちゃんはすぐ食べようとする……今日食べるのはスリープシープだよって昨日聞いたのに」
3人が話しているうちに正午が近づき、少しずつ人が集まってくる。豚汁を振るまってから随分日が空いてしまって人が集まるか不安だったが、よかった。
「でも、懐かしいねー。最初にリューガさんにご飯作ってもらったのもここだったもんね」
「そうだな。あの頃と違っていまは厨房も解体場も肉包丁もあって……なんて贅沢なんだ、お陰で仕事がやりやすい」
「そのときは何を食べたんですか?」
「ガーゴイルだったよね」
「ガーゴイルって食べられるんですか!?」
「倒すときにコツは必要ですけど、食べられますよ。意外と」
「それでおいしいの、びっくりするほど。外はカリッと中はジューシー」
「……やはり私の選択はミスだった気がします」
くっ、とメータが拳を握っていると、デニスのおっさんの姿も見えた。こんな人が集まるところには来ないと思っていた(だから後で差入れに行かなきゃいけないと思っていた)のだが、珍しい。
「どうも、こんにちは」
「……スリープシープか。振る舞うにしては癖の強いものを選んだな」
「スリープシープの肉にしては癖はないんですけど、でもおっしゃるとおりです。ただ、そのほうが俺のメシの傾向は知ってもらえるかなと思って」
人々が慣れ親しんだ味でないものを作っている自覚はあるので、お披露目という意味でもラムラックは正解だ。
そろそろいいかな、とアルミホイルを開くと、閉じ込められていた熱がふわりと広がる。それと一緒に、羊肉独特、ただしかなり癖の少ない獣肉の匂いが広がった。
「これが……これがスリープシープのお肉なんですね。匂いが薄い……いえ、臭くない……?」
「しかもこれは……」
肉は茶色くこうばしく焼け、くっついているあばら骨はまるで角のように上へ向かって突き出している。もう一人の肉好き・アンネさんがごくりと喉を鳴らした。
「脂たっぷり、いかにもジューシーだな」
「しかもラムの脂は質がいいですからね。体にいいですよ」
部位にもよるものの、単純なカロリーを比較すると豚より高かった気がするが、脂の質が違うから結局体にいいんだとかなんとか聞いたような。いや、肉を前にそう野暮なことは言うまい。
「スリープシープの肉も、癖が少なめとは言いつつ結構ガツンと獣肉の味がするので、レッドクレイヴァンのソースを作ってあります。塩とユリネギで下味はつけてるんで、ソースはお好みで。でもつけたほうがおいしいと思います」
「それはいいんだけど、これどうやって食べるの?」
ラムラックはあばらを骨ごと切り出した塊、手に抱えてかじりつくわけにもいかない。そう言いたげにウルリケは首を傾げた。
「骨と平行にナイフを入れるんだよ。若いスリープシープの肉は柔らかいぞ」
骨がくっついているので、一見どう切ればいいのか分からなくなってしまうかもしれないが、あばら骨を一本一本切り離すようにナイフを入れていけばいいだけだ。ちなみに、骨一本ずつに切り離されたものがラムチョップと呼ばれる。
しっかり弾力のある肉にナイフを入れて、隣の骨と切り離す。しっかり休ませてもなお肉汁が溢れ、脂でナイフがべたべただ。
「では改めまして、若いスリープシープのラバックス焼きです。切ったヤツから手に取ってどうぞ!」
「いただきまーす!」
「私もいただこう、そっちのソースをもらって」
骨付き肉の状態で、2人がスリープシープにかぶりつく。どう食べればいいのか困っていたメータも、その様子を観察して真似した。
「わ、本当だ……これなら全然平気、というかおいしいです!」
「レッドバイソンとかロック鳥とは全然違うけど、おいしい! っていうか今まで食べた中で一番脂こってり!」
「これはバゲットが必要になるな。脂を食べきれないのがもったいない」
デニスさんは豪快に骨を持ち、肉を噛み切るようにして食っている。俺も振る舞う側ながら、塊肉の端を手に取ってかじりつく。
「うん、脂たっぷり、こってり、ジビエ肉独特の風味だ……!」
なにが違うと聞かれても獣臭としか言いようがないが、脂の味まで全然違うのだ。牛・豚・鶏にはない独特の風味、最初は苦手に感じる人もいるかもしれないが、舌の奥に味が残るこの感じ、食べていると段々癖になる。
俺達が食っているのを見て、広場にいる他の人達も近づいてきた。ラムラックの見た目は得体の知れない肉塊だったのだろうから仕方あるまい。自分のぶんを手早く食べ、次のアルミホイルを開いた。
「どうぞ、限りはありますが、いまはまだあります。スリープシープのラバックス焼きです」
なんだか屋台のようになってしまった。外で調理することさえできれば、それもありなのだが。
「はあ……なんて贅沢なお肉なんでしょう。体中の筋肉が再生成されて全身に力が漲るようです」
「私、お肉ってそんなに好きじゃなかったんだけど、リューガさんが焼いてるの見るとおいしそーうに見えたんだよね。これも、ガーゴイルも、レッドバイソンもおいしかったなあ」
「本当にズルいですよウルリケちゃん! オークの野菜汁にレッドバイソンの……それもラバックス焼きですか!? 私だって食べたいです!」
「レッドバイソンはちょっと大変ですけど、オークの野菜汁なら明日作る予定なんで安心してください」
「本当ですか!? 約束ですよ! 絶対食べさせてくださいよ!!」
「分かってます分かってます! 作りますって!」
脂の垂れる肉を片手にずいっと眼前に迫られ、激しく首を縦に振った。それを見たウルリケも「だったら!」とこれまた肉を片手に身を乗り出す。
「リューガさん、ガーゴイル肉のローストも出してね!」
「そういうことなら私はキノコがやたら入ったアヒージョというやつをもう一度食べたい」
「はい、はい、分かってます、分かってますってば!」
最初に食堂をやれと迫ってきたときと全く同じだ。この2人に言われては仕方がない。何より、飯づくりは食ってる人を見るだけで俺も楽しい。
「今まで食べた料理も、食べたことない料理も、どんどん作りますから。いつでも食べにきてください」
いざ、創作料理屋の始まりだ。
無事にタイトル回収できました。ひとまずこれにて完結し、またまとまった話を書け次第、追加していく予定です。
お休み中ずっと待ってくださったみなさん、ありがとうございました!




