38.開店記念、スリープシープでラムラックのラバックス焼き②
「まあ、話は戻って、そういうわけで今日は飯は作ってないんだけど。昨日焼いたスコーンでよかったらブランチ代わりにしてくれ」
「スコン!」
「なんなんですか、そのずっこけたような名前の料理は?」
ラバックスで軽く焼きなおしておいたスコーンを6つほど皿に載せる。今日のジャムはシトロネだ。
「久しぶりのスコン! いただきまーす!」
「……これは甘い匂いですね。この黄色いゲル状のものはほのかに酸っぱい匂いが……」
「あったかい! ふわふわ! おいしーい!」
「ウルリケちゃん、あなたもう少しゆっくり食事を楽しんではいかがですか! 何を作ってもらったのかろくに確認もしないでそんなにパクパクパクパク……」
「あ、大丈夫です。飯の楽しみ方は人それぞれですし、ウルリケは顔に出ますし、何回か食べてるんで」
デニスのおっさんだって、ティーボーンステーキ以外はうまいの一言すら言わなかったが、あれはあれで舌鼓を打っていることは分かるのでいいのだ。
「そう……ですか、でもそれはそうですね、信仰と同じで強要するものではありません。では私も、いただきます……」
ウルリケが3個目のスコーンに手を伸ばす様子を後目に、メータもスコーンにシトロネジャムをつけてかじる。無愛想な顔が途端に輝いた。
「これは……これはシトロネですね? それなのになんて甘酸っぱくておいしいんでしょう! 今度こそ特殊な個体ですか!?」
「や、これは果肉を潰して砂糖で煮詰めたんです。シトロネはそのままだと酸っぱすぎて食えませんから」
「なるほど……なるほど納得のおいしさです……シトロネの成分と砂糖の甘みで力が抜けてしまいます……」
一口一口噛みしめるようにゆっくり食べる。ウルリケのように爆食いされるのも嬉しいが、そこまで丁寧に味わってもらえるのも嬉しいものだ。
「いまの私はなぜこの麓を出て行ってしまったのかと後悔しています、留まっていればもっと早くリューガさんのお料理を味わえたのに……」
「大袈裟ですよ、料理は逃げませんし」
「命とは有限なのです! 自分がなにを欲するのか、よくよく理解して的確に求めるのは大変大事なことです!」
「ねー、リューガさん、明日お店開くってことは、もう他の準備終わったの?」
メータが熱く語り始めてしまうのはよくあることだったのだろう、ウルリケは珍しく会話をぶった切った。む……とメータは口をへの字にしているが、自覚もあるらしくちゃんと黙った。
「まあ。アンネさんにも確認したし、多分大丈夫だと思うよ」
「でも私達、明日開店するなんて知らなかったよ?」
「一応、広場には張り紙を貼ってきたぞ」
麓の中心にあって「エクスの麓とその近辺に関するお知らせ」全般が掲示される場所なので、道行く人々が最も目にするところだ。
「あと、スリープシープは昼間に広場で食べようと思ってるんだ。それでお披露目になるんじゃないかな」
「あ、それいいね! 一番最初にオークの野菜汁配ったみたいな感じ?」
「そんな感じ。広場でやったほうが通りがかる人も多かっただろうなって反省したから」
「オークの野菜汁ですか……」
「メーちゃん安心して、リューガさんの作るぶんは――」
「ええ、ええ分かります。むしろ一般のオークの野菜汁がイメージできるがゆえに、リューガさんの料理では全く別物ができあがるのだろうと想像できてしまいます……」
確かに、オークの肉と野菜を煮込んだ汁ものはみんな考えそうだな。味噌は使わないかもしれないが。
「私もぜひ、その振る舞い汁の末席に加えていただきたかった……あの日の選択が悔やんでも悔やみきれません……」
「あ、でもアンネさんとウルリケに言われないと店を開こうとまでは思わなかったし、でもって2人がそう言って手伝ってくれたのはメータも引き抜かれてパーティが一度解散したからだし。そう考えると、いまこうしてメータにスコーンを出せるのはメータの選択のお陰じゃないですか?」
「……そうでしょうか」
「そうですよ。こう言ってはなんですけど、僕はパーティをクビになってるわけで、その原因が不要な飯炊き係をやってたことだったわけですから、クビになった時点だと僕に役割の選択ミスがあったってことになっちゃいますけど」
メータを慰めようと口から出まかせを入っているわけではない。実際、あの頃は潮時だったと考えたくらいだ。
「でも冒険しながらやってたお陰で異世界の食材に詳しくなれたし、アンネさん達に出会って好きな飯づくりで生活していくことができそうですし。振り返ってみたら、そんなミスったなあって後悔することないですよ」
む……とメータはまたもや口をへの字にした。しかし不満そうではなかった。
「……リューガさん、なかなか達観していらっしゃいますね。おいくつなんですか?」
「24歳です」
「私と変わらないじゃないですか! まったく、生意気ですよ!」
「え?」
同い年……? どう見てもウルリケと同じかそれより下に見えるのに、24歳……? 不思議がってじろじろ見ていると「なんですかその顔は!」と憤慨された。
「どうせ私は童顔ですよ!」
「メーちゃん、会ったときから顔変わらないもんね」
「そんなことありません! ちゃんと大人になってます!」
「……大人になるといえば」
ふと、ワイルドパンプキンスープを食っていった少女のことを思い出した。メータが来たことですっかり忘れてしまっていたが。
「……つかぬことをお尋ねするんですが、年をとっても見た目が変わらない人間っているんですか?」
「だからメーちゃんだよ」
「いやそうじゃなくて、老婆になっても少女の姿とか」
「それは化け物です、リューガさん。そんな人間はいません」
なんだと……。化け物で間違いないと。なんだか怖くなってきた。
「……ちなみに女神様は? 年をとっても少女のままですか?」
「さあ、伝承にそういう話はなくはないですが……なんでですか?」
曖昧な言い方をしながら、メータは怪訝そうな反応をした。
「少女姿の老婆に会ったんですか?」
「いやそういうわけじゃないけど、なんとなく……こう、女神様の見た目が気になってしまって。年を取らないだけじゃなくて、例えばですけど、白髪で紫の目とか……」
「んー、色々ですけど、確かにイメージは美女です。あと、一応女神様は金髪という言い伝えが最も有力ですが、白髪だったからといって女神様であることが否定されるわけではないと思います。ああでも、紫の目というのは有り得ないですね」
「……そうなんですか?」
「ええ、だって紫色は魔王の色ですから」
ヒュッ、と喉が変な音を立てた。紫色が……、魔王の色……?
「魔王の姿も目撃した人によってバラバラなんです。しわくちゃの老婆だったとか、優しげな青年だったとか、愛くるしい少女だったとか。ただ、紫色の瞳という話は結構聞きますし、少なくとも決まって紫色のマントを身に着けているそうですよ。なんでも、魔王のマントは人間の赤い血と魔物の青い血を啜っているからとか」
見た目のわりに妙に貫禄のある口調、人間はどうだこうだとまるで種族が違うかのような口ぶり、階級のある集団生活を匂わせる単語……。シンバも妙に警戒していたし、アンネさん達を連れてきたのは、ただならぬ相手だと察知したから……?
「もちろん、あくまで伝承ですけどね。魔王と顔を合わせて生還したパーティがいたのなんてもう百年近く前の話ですし、どこまで事実かは分かりません」
「……そうか……あくまで伝承……」
いや、まさかそんなはずがない。あの少女はどうやら俺のことをずっと前から知っていたらしいし、もしあの少女が魔王だとしたら丸腰のときに俺を殺しているはずだ。……でも『剣豪』のことも知ってたし、相手が魔王だとしたら、人間のスキルを看破する能力を持っていてもおかしくはないような……。
「まあ、魔王はともかくとして、リューガさんのお料理は珍しいですし、見ただけでもおいしそうだと分かりますからね。もしかしたら、女神様も食べたくて降臨なさるかもしれませんね」
“一度食べてみたいのうと思っておった”――紫の目の謎の少女のセリフを思い出す。
「そう……ですね……」
いやいや考えすぎだ。いくら珍しくておいしそうって言ったって、こんなところに魔王がふらっとやってきて、しかもカボチャを持ってきて調理してほしいだなんて、そんなこと起こるはずないんだから。




