37.開店記念、スリープシープでラムラックのラバックス焼き①
「最初がワイルドパンプキンスープだろ、その後にマンジョッサバのユリネギソースかけがきて、メインをガーゴイル肉のローストにして、最後にハマークレイフィッシュのリゾット、デザートにハナイチゴジャムのスコーン……ってすると重いな。デザートはもっと軽いほうがいいし、新しくプリンでも作るか……」
いや、そもそもコース料理なんて毎回出してたら食材にも困るし、それは月1回限定にしよう。普段はやっぱり定食系だな。作り置きできるのはオークばら肉の野菜汁、ワイルドパンプキンスープで、仕込みさえすれば簡単に作ることができるのがロック鳥のスープにカオマンガイ。ホーンラビットのトマト煮込みも、材料さえ準備すれば放って置けるし、入手難易度もそう高くない。それから、オークベーコンも切らさないようにすれば、ロツリーフのパスタをすぐに出せるだろうし……。
「リューガさん、なにブツブツ言ってるの?」
「え? あ、びっくりした、ウルリケか」
考えごとをしながら店の中を片付けていたせいで、扉が開いたことに気が付かなかった。
ウルリケの後ろには、メータが隠れるように立っていて「なんだかお忙しそうですね、すみません……」とボソボソ言いながら眉を八の字にした。ちなみにシンバは、俺がひたすら店の片付けをしているのならと、ふらっと散歩に出かけてしまった。しょせん俺のメシ目当てなのだ。
「どうかしたのか? というか、来るってことは飯だよな」
「私じゃないよう。メーちゃんが、またリューガさんがおいしいご飯作ってくれるかなあって言うから」
「ウルリケちゃん! そういうこと言わないでよ!」
なるほど、コカトリスのサルティンボッカを気に入ってくれたのか。ウルリケとアンネさんも最初そうだったように、作る飯を気に入ってリピートしに来てくれるというのはやっぱり嬉しい。
「それならなにか作りたいところなんだけど、ごめん、今日はちょっと内装の準備をしちゃおうと思ってるんだ」
「内装? ……ってことはまさか……」
パッとウルリケの顔が輝いた。
「ああ、そろそろ店として開こうと思って。調味料もある程度ストックを用意できたし、もともとそういう話だったし」
「ついに! これで合法的にリューガさんにご飯を頼めるんだね!」
別にもともと違法でもなんでもなかったし、なんなら俺のほうこそアンネさんに食材調達、ウルリケに調理を手伝ってもらっていたのだが。
「どういうことですか?」
「あのねー、もともとリューガさんには食堂を開いてってお姉ちゃんとお願いしてたんだよ。でも急なことだったし、リューガさんもお店を開くならちゃんと揃えたいものがあるってことで、なんとなーく流れてたの」
「そうだったんですか。即席でおいしい食事を出してもらいましたし、場所もしっかりしてますから、てっきりしっかりお店としてやっているものなんだと思っていました。……内装、ちょっと変わりましたね?」
「あ、分かりますか」
酒場なんていう多人数用の酒飲み場は、一人で創作料理を出すには相性が悪すぎる。そこで、カウンターを4席(内1席はシンバ固定)、テーブルは小さなものを2つだけ置いて2席にし、全体的にコンパクトに縮小した。もともと真ん中にあった大きなテーブルは隅に寄せて、大皿料理を作るときに使おうと思っている。
「カウンターの残りの席には調味料を並べることにしました。調味料そのものを売るのもありかなと思って」
「あれは門外不出の秘伝の味じゃないんですか!?」
「んー、希少性って意味では売らないほうが商売はやりやすいと思うんですけど、調味料ですし。分量とか組み合わせもあるんで、全く同じ料理が出来上がるわけでもないし、調味料の製法まで売るわけでもないし。それに、わざわざ店に来るのが大変な人もいると思うんで、家とか旅先で味わってもらうのもいいかなと」
「ウルリケちゃん、この人、商売に向かないんじゃないですか?」
「そうだね……リューガさん、がめつさがちょっと足りないところがあるからね……そこがいいところでもあるんだけどね……」
いやいや、調味料を買って行ってもらえば、料理の物珍しさも合わせて伝わる可能性が高い。口コミ以外頼れるものがないこの世界では、現物を広めてもらうのも大事だ。
「というわけで、今日は飯を作れないんだけど、明日なら作れるよ。というか、開店記念ってことで肉を焼いて出すつもりだから、それを食べてもらえれば」
「オーク肉ですか!?」
昨日と同じ反応だったが、表情が180度違っていた。目が爛々と輝き、溢れんばかりの期待感が伝わってくる。
「すみません違います、明日使うのはスリープシープ、の子どもです」
だがしかし申し訳ない、お祝いに使うのは子羊だ。例によって二人には怪訝な顔をされた。
「スリープシープですか……確かに食用にはしますが、成長しきっていない個体を食べるんですか?」
「大きくなったほうが食べられるところたくさんあっていいじゃん」
「それぞれ肉の特徴が違うんだよ。大きくなった後だと、結構獣臭くないですか?」
「ええ、まあ……」
さすが食べ歩いているだけある、メータは少し顔をしかめて頷いた。
「出されるというので言いませんでしたけど、正直あまり得意ではありません」
「ですよね、マトン――成長した後だと癖が強いんで嫌がる人も多い気がします。でも歯も生えてないくらいの幼い段階だと癖がないんですよ。もちろん独特の風味はしますけどね」
「それを明日食べるの? おいしそうだけど、お店となにか関係あるの?」
「店とは関係ないけど、羊肉はお祝いに食べる地域もあるし、なんたって春だからな。春のスリープシープはいいぞ、一番栄養がある草を食ってるからな」
異世界も春になると草花が芽吹き始める。それを見ていると、おいしいラムラックが食えそうだなあとよだれが出てしまうのだ。
「……リューガさんって、料理だけじゃなくてモンスターの生態とか、文化にも詳しいんですね。旅もされてたんですか?」
「最初は冒険者でした。向いてなかったんでクビになりましたけど」
「本当に向いてなかったんですか?」
不審そうな目に見つめられ、たじろいでしまった。まさかメータ、俺の素性を怪しんでいるのか? だとしたら誤解は解かねば。
「色々あったんです、話せば長くなりますが――」
「ときに未踏の地を旅することも求められるので、基本的なモンスターや草花の知識を持っておくのは大事なことです。どれほど有能なプリーストがいても、体力を回復するのは食事ですし、行く先々の地域性を尊重して文化を知ることは関係づくりにも有用です」
ずいっとメータが身を乗り出した。
「それなのに向いてないなんて、一体どこのどなたがおっしゃったんですか!?」
「だめだよメーちゃん、リューガさんが旅に出たら、もうご飯食べさせてもらえないよ」
「あ! いまのは……いまのは昨日のオーク肉を食べたくておだてただけなんですから! 本気にしないでくださいね!」
「あ、はい、分かりました。大丈夫です」
ツンデレの皮を被った私利私欲の化身だった、よかった。
そんな二人がいるのに片付けばかりしてても悪いなと手を止め、厨房に入る。いま作るものはないが、明日の下ごしらえをしてしまおう。ブランチ代わりのものをラバックスに入れた後、さばいておいたスリープシープの肉、すなわちラムラックを取り出した。
「なにこれ? 骨ついてるけど……足じゃないよね?」
「あばら骨と背骨だよ。リブロースだから高級品だぞ」
塊肉についている骨は弓状なので、一見してあばら骨と分かりそうなものだが、考えてみればこの世界では骨の形が広く知られているとは限らない。それこそ、オークの足などでないと分かりにくいのだろう。
「これをいまのうちに仕込んでおきます。っていっても、下味をつけて臭味をとっておくだけですけどね」
トリア海峡の塩を振った後、刻んだニードルハーブを振る。びっしり集まっている葉は針のように細いが、香りは爽快で力強くて、臭味消しにもってこいだ。あとは肉といえばユリネギも欠かしてはならない。
その様子を見ながら、メータが「ほう……」と悩ましい溜息を吐いた。
「きっとこれもおいしいんでしょうね……いいんでしょうか、こんな贅沢ばかりして……」
「店が開くのは特別ですから。それに、昨日のはただのコカトリスですし」
「ただの! ただのコカトリスだとしてもあんなにおいしく食べられるんですからとんでもない贅沢です! 謎のパーティに騙されて酷い目に遭わされた私への救済なんでしょうか……」
今度は両手を組んで拝み始めた。なかなか感情の起伏の激しい子のようだ。
「メーちゃんがいたパーティってどうしたの? エブタ村ってとこから帰ってきたって言ってたよね?」
「分かんないです、エブタ村にまだいるんじゃないでしょうか? 剣士を名乗ってた方がリーダーだったんですけど、なにを食べても味がしなくなったから何もする気が起きないってごろごろしてたんで」
「そういえば、この間そんな話をしてましたね」
どこの誰の話か知らないが、本当に気の毒だ。ラムラックを冷蔵しながら、考えるだけで胸が痛む。なにを食べても味がしないなんて、飯づくりの生命線を断たれるようなもんだし、大体、毎日にどう楽しみを見出していけばいいんだ。
「風邪引いて鼻が詰まったときとか、味わえることのありがたさが分かりますよね。辛いだろうなあ……」
「もちろん治るらしいですけどね。助けてくださった方がいうには、神経毒を持つハーブを誤って口にしてしまったんじゃないかって」
「……ってことは、もしかしてペテンローズの葉じゃないですか?」
バラみたいな花を咲かせるが、葉の形が少し違うのだ。
イスナニ村の近くの町だったが、水をやらなくても元気に育つから飾るのに便利なんだと大量に栽培してあるのを見つけたことがあった。見た目は確かにバラのようだが、水が要らないなんて異世界のバラは随分逞しいんだなあと不思議がってよく見ていたら、葉が細長く、バラのものではなかった。花はバラ以外だとアサガオとチューリップくらいしか知らないが、葉なら分かる。使うから。
「さあ、私も現物は見ていませんし。ご存知なんですか?」
「ハーブって色々使いどころがあるんで、色んな種類が欲しくて試したことがあるんですよ。ペテンローズも香りがいいんで、そのときに……」
「……まさかリューガさん、食べたの?」
「いや、さすがにいきなりムシャムシャ食いはしないんだけど。……ちょっと食べたら半日何の味もしなかったことがあって」
あのときはびっくりした。最初はおかしさに気付かなかったのだが、いつもどおり飯を作ろうとしたら、ナンプラーから何の匂いもしなくてキョトンとなってしまった。お陰で味を調節できず、目分量だけで調味料を入れた結果、不味いと怒られてしまった。なお、言い訳がましいとは思いつつペテンローズは食わないようにと話せば、牛でもないのにそこらへんの草をおもむろに食うことはないと一蹴されて終わった。
「あれ、匂いもしなくなるんですよね。サラダみたいに食ってたらヤバかったかもしれないなあ……」
「みたいですね。でもしばらくしたらちゃーんと治るから心配することはないって、おばあさんは話してました。あと日常生活に支障が出るわけじゃないって」
「飯の味がしないのは日常生活に支障をきたしてますよ!」
「私もそう思います。まあ、その人は食事を粗末にしたんで、きっと女神様が罰を与えたんですよ。味覚が元に戻る頃には食べ物を大事にできるようになっているんじゃないでしょうか」
食の女神の仕業だったとでもいうのだろうか。そうだとしたら恐ろしい、食材にもっとちゃんと感謝しながら料理しよう。
本当は前半・後半で分ける程度にするつもりでしたが、思った以上に長くなってしまったので分割することになりました。少々中途半端ですがご容赦ください。




