35.栄養満点、ワイルドパンプキンスープB
シンバに睨まれながらハーブを採集した早朝の帰り道、シンバが消えたと思ったら口にコカトリスを咥えて帰ってきた。コカトリスはニワトリよりちょっと大きいくらいなので、シンバが咥えて帰ってくると、まるでネコがちょっと立派なニワトリを殺してきたかのような図だった。
「……コカトリスって石化させてくるだろ? 大丈夫だったのか、お前?」
頷く代わりに、シンバはボトッとコカトリスを足元に落としてきた。ニワトリとヘビがそれぞれ白目を剥いて、ニワトリ側の首の穴から血が流れている。
「……大丈夫だったから、これを今日の昼飯にしろってことだな」
「ミィ」
相変わらず主張の激しいヤツだ。「ちなみに持って帰ってくれると助かるんだけど」と伝えるとくわえ直してくれたので、相変わらず気は利くやつだ。
店に戻って、コカトリスの死体を前に何を作るか考える。コカトリスの尾――ヘビの味は鶏肉みたいなもんだって聞いたことはあるけど、別の部位であることには変わりないからな。一緒くたに炒めるよりは、別々に調理しつつ食べ比べはできるような……。
「あ、そうだ、ちょうどハーブも採れたし、あれにするか」
「開いておるかのう」
知らない声と一緒に扉が開き、シンバも一緒に驚いて顔を上げた。
入口には、ウルリケよりも少し小柄な白髪の少女が立っていた。見事なくらい真っ白の白髪だが少女で、年齢は……ウルリケよりも幼いかもしれない。
「……こんにちは、えーっと……ごめん、ここはまだ商売はしてなくて……」
「商売はええんじゃ、食事を作る準備はあるかのう」
見上げてきた紫色の目が爛々と輝いている。幼いわりには妙に意志の強そうな目つきだし、喋り方といい貫禄といい、見た目とは裏腹に少女らしくはない。もしかして、この世界では年を取っても見た目が変わらない人がいるのだろうか。
「……えっと」
「あるかどうか聞いとるんじゃ、どうなんじゃ」
「あ、ええ、まあ……ある、けど……」
「もちろん食材はええんじゃ、準備してきたからのう」
初対面の相手にコカトリスを出していいものかと悩んだが、少女は顔より大きな白いカボチャを差し出した。ワイルドパンプキン、夜になると口を開けて笑うだけの人畜無害なカボチャだ。
「これが好きでのう、スープにして食べるのが好きなんじゃが、おぬしの手にかかればおいしくなるんじゃないかと思ってのう」
「はあ……」
アンネさんかウルリケの知り合いか、はたまたオーク豚汁を食べた子の中にいたのか? しかし、全身紫色の服なんて見たことがないし、ただの村人にしてはずいぶんと上品な雰囲気がある。こんな子がいれば覚えてるはずなんだけど……。
「で、どうなんじゃ、おいしくなるのかの」
「……えっと、スープにして食うのが好きなんだろ? 俺流でよければスープにしようか」
「おお、そうしてくれ。おぬし、ハーブもたくさん採っとったの、よかったらそれも入れてくれんかの」
なんでハーブを採ってたって知ってんだ? はて、と首を傾げていると、隣から唸り声が聞こえた。シンバが毛を逆立てて牙を剥いている。
「こらシンバ、知らない相手だからって威嚇しちゃだめだぞ。ごめん、普段は意外と大人しいんだけど……」
「おお、すまんのう、おそらくわしが持っておるシモマムが気に食わんのじゃろう」
少女は、マントの下から細い葉巻みたいなものを取り出した。確かに、ツンと鼻をつくシナモンの香りはするが、マネフラを出してもこんな態度は取らなかったのに……。
少女とシンバを見比べていると、シンバが先にフンと鼻を鳴らし、俺の足に体をこすりつけ、シュタタッと素早く店の外に出て行った。一体どうしたのか……。
「ほら、はようしてくれ。楽しみに持ってきたんじゃからのう」
「あ、ああ、うん、分かった分かった」
コカトリスを調理するまでには帰ってくるといいんだが。店の中に戻ると、謎の少女は「ほうほう、ここで食事をするんじゃな」と物珍しそうにあたりを見回す。酒場に出入りしたことがなくて、服は珍しくて高級感もある……ということは、もしかしてかなり裕福な貴族の子だろうか? そうだとして一人でふらっとこんなところに来るものか?
なんか妙な子だなあ。首を捻りながら、しかし材料を持ち込んでまで食事を作ってほしいと言われては断るわけにはいかない。
「簡単でよいぞ、ちゃっちゃと食べたいからな」
「急いでるのか? まあ朝は忙しいもんな」
早速、ワイルドパンプキンのヘタに円形にナイフを入れていく。俺のよく知るカボチャと違って、コイツの中には木の根のようなものが張り巡らされていて、半分以上空洞に近い。根のようなものは食っても不味いだけで、まともに食えるのは分厚い皮の内側だけだ。ヘタを掴んで引っこ抜くと拳大の穴が開き、そこにスプーンを入れて根っこのような中身を掻き出す。
「む、なんじゃ、それは捨てるのか」
「ん、ああ、ワイルドパンプキンは甘いけど、ここは苦いからな。食べないほうがいいんだ」
内臓ならもう少し食えてよさそうだし、おそらく神経みたいなもんなんだろう。
「ほーお、それは知らなんだ」
「なんでも食える部分とそうじゃない部分はあるし、食えてもマズイ部分もあるからな」
中身を抜いた後のワイルドパンプキンを半分に切り、皮を軽くそぎ落とす。
「皮も苦いんかの?」
「いや、これは便宜だな」
「便宜?」
「ワイルドパンプキンは皮が分厚いし、中身も硬いからな。煮込んで柔らかくするけど、分厚過ぎると火の通りがまばらになってよくない。あと少し薄くしといたほうがスープとしての舌触りがよくなる」
「ほほー、舌触りか」
これか、とでもいうように、ぺろりと少女は舌を出す。
「やはり人間は細かいのう」
人間……? ……モンスターなのか、この少女……? 確かに、モンスターが人間に化けるべく人間の喋り方を真似たがその相手が年寄りだったと言われても納得がいく。そうか、俺のメシはモンスターにまで評判になってしまったのか。確かにシンバも喜んで食ってるしな。
……シンバしかり、モンスターが俺の飯を食うのは共食いにならないのか? ふと気になってしまった。シンバは意思疎通はできるけど言葉は喋らないからな。
「……あのさ」
「うむ、なんじゃ」
「……食べていいんだよな?」
「おぬしも食いたいのか? もちろんよかろう」
いやそういうことじゃないんだが……。まあいいか……。
「……じゃあ、いいんだけど……。あ、じゃあえっと、細かく切り分け――るけど、いいか?」
「うむ、そうしたほうがうまいんじゃろう?」
そうか……モンスター同士でも、別に種族が同じわけじゃないならいいのかな……。そもそも植物だしな……。首を傾げながらワイルドパンプキンを切り刻み、若干の水と一緒に鍋に入れて煮込む。
「柔らかくするんかの?」
「ああ。まあ、急いでるみたいだし、食べるぶんだけ分けて作っちゃうな」
スプーンでほぐし、そのくらい柔らかくなったのを確認してからマヨネーズを取り出すと、モンスター少女が「お?」と手元を覗きこんできた。
「なんじゃその白い物体……いや液体か?」
「これはな、生の卵を使って作った調味料なんだ。ただ、生卵はそのまま食べると腹を壊す可能性があるから、低い温度で加熱して……って、腹、壊さないのかな……?」
人型とはいえ、モンスターならその内臓のつくりは人間と違うのかも……? モンスターが火力を調整して低温殺菌するなんて難しいだろうし、作り方を教えれば巣でも食べられていいかもしれない。
と思っていたら、ほぐしたワイルドパンプキンの上に載ったままのマヨネーズをモンスター少女が指で取って舐めた。その紫色の目がムムッと輝く。
「お、確かにこれはうまいの! これを入れたらそりゃあうまいじゃろうのう」
「……腹が丈夫なら、生卵の黄身と酢と塩と、それから油を入れて混ぜれば作れるよ」
「ほお、言われてみればそんな色をしておる。料理長に言ってみてもよいが、アイツは肉を焼く以外の能がないからのう」
料理長……? モンスター少女は集団生活をしている人型種族なのか? しかも料理長に命令する立場で階級がある? 一体なんだその集団?
「そこに牛の乳を入れる、と。……む、なんじゃその土は」
またモンスター少女は指を突っ込んで、牛乳の中から目当ての塊を取り出して口に入れた。途端「むっ、しょっぱいぞ!」とペッと舌を出す。
「なんじゃこれは、海の中の土か?」
「これは……うーん、野菜の旨味の塊みたいなもんかな? ブイヨンって言うんだけど」
玉ねぎ、にんじん、ベーコン、トマト、りんご、そしてリセフリという名のセロリを大量の塩と共にひたすら煮込むだけで作れるので、一度作ってしまえば便利なものだ。
ただ、野菜とベーコンは死ぬほど細かくみじん切りにしなければならない。いや、みじん切り通り越して木っ端みじんだ。ミキサーがないので、『剣豪』スキルがなければ発狂していたと思う。
「玉ねぎと人参とリセフリとベーコン、このあたりが大事な野菜かな。俺は好みでトマトとかも入れてるんだけど」
リセフリは入っていても存在には気付けないが、入っていないと途端に味が軽くなってしまう。初めてブイヨンを作ったときも不味くはなかったが、リセフリを見つけて入れると一瞬で化けてくれたのだ。
「このあたりを全部木っ端みじんにして、全体の5分の1くらいの塩を入れて、あとは何時間も煮込むんだ。旨味のもとみたいなもんだから、そのまま舐めると塩辛いよ」
「木っ端みじんか、いい響きじゃ」
……このモンスターを生きて返していいのだろうか。
「……で、えーっと、あとは牛乳とワイルドパンプキンがなじむように混ぜれば完成だ」
器にワイルドパンプキンスープを入れると、モンスター少女はちょっと不服そうに顔をしかめた。
「ハーブを忘れとらんか?」
「ハーブって香りづけだからさ、大量に入れて煮込むんじゃなくて、細かく刻んで、器に入れた後に少し振るといいよ」
採りたてのハーブを0.1ミリサイズに刻むと、モンスター少女が「ほお」と頷いた。
「おお、見事な剣捌きじゃな。『剣豪』は健在じゃ」
……さすがに俺が『剣豪』だとモンスター界隈で有名なわけは……ないよな? というか「健在」ってなんだ……?
困惑したままスープの上にハーブを振りかけると「……お。確かに、これはわしでも分かるぞ。なかなか見栄えがよい」と少女は得意げな顔をする。
「うまそうじゃの。……おおそうじゃ、おぬしの作るものはいつもうまそうなんじゃ、見栄えも気にしとったんじゃの」
「……どこかで会ったか?」
「うむ、新顔は覚えるタイプなんじゃ。熱いが、早くいただくとしようかの」
マジでなんなんだこのモンスター少女? 混乱している俺を前に、少女は味噌汁でも飲むように器に口を付け、喉を鳴らしながらスープを飲み始めた。
ゴッゴッゴッゴとその喉が大きな音を立てながら上下する。もはや呆然としている俺を前に、モンスター少女はあっという間にスープを飲み干し、「ぷはあ……」と器から顔を上げた。見事に白いひげができているが、白髪なので似合っている。
「うまいのう。いやあ、一度食べてみたいのうと思っておったんじゃが、もっと早く顔を出すべきじゃった」
「はあ……」
ずっと俺を見ていた……って、もしかしてモンスターじゃなくて女神か? 有り得る、“新顔”ってことは俺が異世界にやってきた人間なんだってことを分かってるのかもしれないし……。
「ところでおぬし、食わんのなら食ってもええかの?」
「あ、ああ、食えるなら……」
モンスター少女……いや女神少女? は、俺のぶんも同じようにゴッゴッゴと音を立てて飲み干した。
「うむ、うまかったぞ」
ぺろんと舌でひげを舐めとり、少女はカウンターから飛び降りた。
「ワイルドパンプキンの神経は食わず、ハーブは入れすぎず、鶏卵と牛の乳じゃな。分かったぞ、剣豪」
「あ、うん……」
トントントンと床を叩くような歩き方で、紫色マントを翻しながら、モンスター少女または女神少女は店を出て行った。
かと思ったら、すぐに扉が開いてアンネさん達が現れた。
「リューガさん、シンバに呼ばれたんだけど、どうしたの?」
「妙に殺気立ってたぞ。なにかあったのか?」
アンネさんに抱きかかえられているシンバはじろりと俺を睨んだ。そんなに嫌いだったのか、シモマム。
「や、さっきまで知らない人がいたんですけど、その人の持ち物からなんか嫌いな匂いがしたらしくて……というか」
2人の後ろには、黒いマントに身を包んだ知らない少女が立っていた。おそらくプリーストなのだろうが、今しがた冒険から帰ってきたかのように服が薄汚れている。新芽みたいな明るい長い髪もボサボサで、髪留めっぽい金環からピンピンと細い毛が飛び出していた。
「……そちらは?」
「ああ、以前話したと思うんだが、以前私達のパーティメンバーにいたプリーストだ」
「こんにちはリューガさん。アンネちゃん達からお話は聞きました」
丸い顔とは裏腹に、どこか刺々しい喋り方だった。つっけんどんな子だな……とちょっと縮こまっていると、ウルリケが小声で「山菜採りに行ってたら、ばったり会ったの。新しいパーティとそりが合わなくて、っていうか多分喧嘩して怒って帰ってきたとこなんだよね」と耳打ちしてきたので、なるほどいま機嫌が悪いだけらしい。
「メータと呼んでもらって構いません。どうぞよろしくお願いします」
煮カボチャ&マヨネーズを混ぜて一食ごとにラップに包んでおくとあら不思議、牛乳を温めてタネを混ぜてコンソメを入れるだけのおいしいカボチャスープのもとができます。休日の朝におすすめです。




