33.良薬口に苦し、ワイルドパンプキンスープA①
目を覚ますと、藁ぶきの天井が見えた。
暑い……。そう感じて、体の上に乗っているものを跳ねのけた。座布団よりもお粗末な、藁の布団だった。
……なんで布団をかぶってるんだ? 第一、ここはどこなんだだ……。ぼんやりしていると、段々と胃がむかむかしてきた。
その不快感で思い出した。毒入りイモを食ったせいでゲロクソまみれになって死にかけたんだ。
ということは、シェーミの霧道にいたはずだが……あの後、なんとか宿にでも辿り着けたんだったか……。呆然としていると、ぬっ、としわくちゃのばばあの顔が現れた。
「うわっ!?」
「起きとったんか。声くらいかけたらどうじゃ」
びっくりした……。心臓が飛び出るかと思った。しわくちゃすぎて、一瞬モンスターか人間か区別がつかなかった。
いや、人間、だよな……? 顔はしわくちゃのばあさんでやたら長くてやたら白い髪のくせに、紫色の目に生気があり過ぎる。注意深く観察したが、角があるわけでもなければ、耳がとがっているわけでもない。しいて言うなら全身紫色の謎の服を着ているが、多分年寄りでろくに身形に気を遣わないだけだろう。そのばあさんは「まったく、若い者は礼儀を知らんのじゃなあ」とぼやきながら、藁ぶきの床を叩くように歩く。
あたりを見回すが、小屋の中にいること以外は分からなかった。
「……ここは一体……」
「おぬしら、マンジョッサバを食べたんじゃろ?」
マンジョッサバってなんだ……。でも聞くからにヤバそうな変な名前だし、あの毒入りイモのことだとすぐに分かった。
「どうせ、あれが食べられるって風の噂で聞いたんじゃろ。いかんのう、あれはそういうもんじゃない。ちゃんと毒を抜かんと」
「……どうやって抜くかなんか知らねーし……」
「一週間水に漬ければいい、イスナニ村の村人がそう話しとった。まったく、強かなことじゃの」
その村の名前には聞き覚えがあった。確か、リューガがイモの話をしていた村だ。言われてみれば、水に浸けてどうのこうのと話していたような気がするが、メシなんてどうとでもなるのに相変わらずうるさいなあ、と思った覚えしかない。
「しかし、そのまま齧ったんじゃろ? よっぽど飢えとったんじゃな」
「……何日も何も食べてなかった」
「なんでじゃ」
こちらを振り向いたばあさんが妙に眼光鋭く見えて、思わず身を竦ませてしまった。このばあさん、田舎のただのばあさんみたいなツラしてるのに、なんか妙に貫禄があるな……。
「見たところ、剣士じゃろ。そんで剣士はあれじゃ、モンスターを狩ってそれを食べるんじゃろ? そうしたらよかろう」
モンスターを狩って食べればよかった……? 横になったまま、腰まで髪がある老婆の後ろ姿を睨んだ。
ここがどこは分からないが、訛りまみれだし、どうせシェーミの霧道の近くの小さな村なんだろう。そんなところに住んで、ろくに冒険もしたことないまま人生を終えようってのに、聞いたことがあるだけで簡単そうに言いやがって。
「あのなあ、狩って食えばいいって言うけど、俺はモンスターじゃなくて人間なんだよ。狩ってもそれを調理しなきゃ食えないんだよ」
「だから、そうしたらええ」
「したらいいって、丸焼きして終わるもんでもないんだ」
「シェーミの霧道に来とったじゃろう。それまでどうしとったんじゃ」
「だからそれまで――」
別のヤツが飯を作ってた。そう言いかけて慌てて言葉を飲み込んだ。
リューガはパーティのお荷物だった。剣士になるしか能がなくて、それなのにその剣士の能もなかった。できることがあるとすれば、名前もつかないような適当メシを作ってウンチクを垂れるくらい。挙句、なにも知らないのに勝手なイメージで「モンスターって前方からしか襲ってこないとは限らないのに、一番後ろがズザンネなのはズザンネにとってもパーティにとっても危険なんじゃないか?」なんて言い始めて、雑魚敵ばかり狩って剣士面。そんなリューガなんて、もういなくていいだろう。そう言ったとき、ズザンネ達も頷いた。そんなヤツの話なんて、口に出す必要はない。
しかし、俺にはミスがあった。メータは作れもしないのに飯にうるさくて、なによりズザンネ達と違っていちいち歯向かってきて生意気だ。癒し系とは程遠いその性格、人選ミスとしか言いようがなかった。
「……それまでとはパーティが変わったから、仕方ないんだよ」
「仕方ないじゃと? そしたらおぬしはもっと疲れとるわ」
いや疲れてんだけど……毒入りイモ食って死にそうなんだけど……今だって起き上がるのもだるいし……。
「……つか、結局ここどこだよ……」
「エブタ村じゃ。シェーミの霧道の南東にあると言ったら分かるかの」
知らない名前だった。しかし南東ということは、ここ数日間で進んだ行程がパーになったということだろう。
クソッ、と悪態をつくと、胃がぐるぐると鳴った。あれから何日経っているかは分からないが、少なくとも、胃の中ではドロドロした毒がとぐろを巻いているような感覚がする。
まったく、迷惑なイモが生えていたものだ。体を起こすと、今度はズキズキと頭が痛んだ。気合を入れないと目が回って倒れそうなほど気持ちが悪い。
「……解毒剤とか、ないんですか?」
「マンジョッサバの毒は自然に抜ける、そんなことも知らんのか。それにおぬしら、上からも下からも毒素を出しとったからの。よう休んどったら大丈夫じゃ」
……まさか。慌てて自分の恰好を見下ろすと、俺もまた粗末な服に身を包んでいた。最悪すぎて血の気が引いた。どこの誰とも知らないばあさんに服をはがされるとか、死んだほうがマシだったじゃないか!
大体、俺の装備は一体どこに消えた、まさか体よく盗まれたんじゃ――と周囲を見回すと、隅に置いてあるのが見えた。
装備は全部あった。……しかしモンスターとも人間とも分からぬ見知らぬばあさんに裸に剥かれて着替えさせられた。落ち着いていいのかなんなのか分からなかった。
どうしようもなく、もう一度横になる。寝ても気分の悪さは変わらなかったが、起き上がっているよりはずっとマシだった。
藁ぶきのあばら屋の中は、それからしばらく静まり返っていた。ばあさんが何かを煮る音がしているだけで、モンスターの声すらしない。おそらく、シェーミの霧道の南東といってもかなり離れているんだろう。行程がパーになったどころか、ずいぶん遠回りをさせられることになりそうだ。
まったく、本当にツイてない。これからどうするかまた考えないいけないのに、酷い頭痛と吐き気でなにも考えられなかった。
まだしばらく休んでおくしかない……。目を閉じてしばらく、ゴトッと重たい陶器の音がして目を開けると、茶碗みたいな器が置かれていた。
「……なんだコレ」
「何日もなにも食べとらんのじゃろ、食べるがよい」
いや……。それだけ聞くとありがたいが、器の中を見ると手をつける気にはなれなかった。
器の中で、不気味な色の液体が揺れている。泥水のほうがまだ透き通っていると言っていいくらい、泥団子を泥で割ったような色だった。
が、ばあさんは「これ飲んだら元気が出るじゃろう」とドヤ顔だ。
「ワイルドパンプキンを知っとるかの? あの白いのがお気に入りでのう、かじると体力が回復するじゃろう。しかしどうも気怠さが残ることもあるじゃろ、そう考えたら色んなハーブを配合する必要があるんじゃないかと考えて、こうして溶かしてみたんじゃ。敵に塩を送るというヤツじゃな、まあ飲みい」
敵に塩? まさかこのツラで冒険者気取りか?
「ああもちろん、タダでとは言わん。おぬしらのパーティも、どうせヘカトン・カストロが目的地なんじゃろ?」
魔王の城の正式名だった。大体の連中は「魔王城」とか「魔王の城」と言うのに、珍しい。
「暇を持て余しとるわしに、面白い話を聞かせてくれんかの」
ばあさんはその場に膝を立てて座り込む。なんで泥団子の泥水割りを差し出しておいて上から目線なんだ?
しかし、目の前に座られると妙な威圧感があって逆らえなかった。おそるおそる器を近づけて匂いをかぐと、知らない香辛料のような臭いがした。
絶対まずいに決まってる。口に運び、舌先でちょっとつついた。
……まずい。吐きそうとは言わないが、まずかった。めちゃくちゃな香辛料を大量に突っ込んでブレンドしたような謎の味だ。
「なんじゃ、口に合わんのか。贅沢なヤツじゃの、これでも飲んでみい」
今度はなにを出されるのかと警戒していたが、出されたのは妙な葉が浮いているただの水だった。
そうだ、喉も乾いてたんだ。つかあんだけゲロクソ吐いたら脱水症状になるに決まってる。慌てて引っ掴んで飲み干すと、ばあさんは怪訝な顔をした。
「なんじゃい、それはおいしかったんかい」
「おいしかったっていうか、喉渇いてたから……」
「ふうん、そうかね。それで、冒険の話はどうかね」
随分と食い気味だった。よっぽど退屈だったんだろう。でもまあ、聞きたがるのも仕方がない。こんな何もないところに冒険者が来れば、そんなに面白いことはないだろう。
「……じゃあ、俺がはじまりの谷を出て最初にモンスターと出くわしたときの話を――」
俺が話す間、ばあさんは紫色の目を若々しく輝かせ、うむうむと相槌を打っていた。
久々のABパートです。目が覚めて真っ先にパーティメンバーの安否を考えているかがミソです。




