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3.常備食材、オークベーコンとロツリーフのパスタ

 食堂食堂と洗脳のように丸一日連呼された挙句、次の日の朝は宿まで来て「食堂!」と部屋の扉を叩かれ、俺は遂に「分かりました、分かりましたよ」と頷く羽目になった。もうこんなのただのタカリじゃないか。

 しかし、今までだって四人分の食事を作っていたわけだし、そのくらいの人数相手で顔を見て飯を作ることができるなら、食堂ってのは悪くない。どうせこれからやることがないってのは、大変不本意ながらアンネさん達のいうとおりだし。

 どうせ異世界にきたんだし、やるだけやってみるか――なんて思い始めたのを見透かしたのか、ウルリケは丸い目を輝かせながら「なにからつくる? なにから食べれる?」ともう店ができたかのような勢いで身を乗り出してくる。


「決まってないならね、ね、私、ガーゴイル肉のローストがいい!」

「いや待ってください、それよりもっと先に色々決めなきゃいけないことがあるんですから」

「なにを?」

「素人がいきなりはい食堂を作りましたなんてやっても上手くいくわけないし、そもそも借りることができるテナント――建物を確認して、立地と集客見込みも考えなきゃいけないし、なにより仕入れコストも――」

「リュー、アンタはごちゃごちゃうるさい」


 アンネさんに心底面倒くさそうな顔で一蹴された。俺はごく当たり前のことしか言ってないぞ!


「昨日言ったろ、仕入れはしばらく私が引き受ける。金のことは心配しなくていい、しばらくがむしゃらに稼いでいたぶんが有り余っている」

「でも利益が出なきゃ返せないんですよ?」

「出る出る、昨日のガーゴイル肉は絶品だった。あんなの、焼いて置けば勝手に客が集まるから問題ない」

「そんな鳥の餌じゃないんですから。というか、普通の家庭料理の味なんだと思うんですけど……」

「どこの家庭でガーゴイル肉を並べるんだ? ずいぶん不思議な家庭で育ったんだな」


 いやそういう意味ではなく、例えばパーティ「ニーグルム」での最後の晩餐でだって、ユスケール達には「オークの野菜汁なんて、どこの食堂にも安く売ってる」と言われてしまったという話だ。実際、転生前の俺はしがないサラリーマン、料理人だったわけでもなんでもない。

 しかし――ぐうと俺の腹が鳴る――食事の話ばかりして腹が減ってきた。朝飯は、これからどうしようかなあなんて悩みながらパンをかじって終えていたのだ。少し早いが昼飯を食いたい。

 昨日のガーゴイル肉は余っているが、昼間っから食うにはやや重たい。だが俺の手元にある食料といえば……。


「ねえ、もしかして、今日のお昼も頼めば作ってくれる?」


 俺の腹の音を聞いて、ウルリケが期待に満ち溢れた目で見上げてきた。


「まあ……材料があればもちろん」

「やった! あ、そうだ、あのねえ、私きっとリューガさんより年下だから、そんな緊張しなくていいし、そんな堅苦しく喋らなくていいんだよ。お姉ちゃんは27歳だけど、私は十個も下だから」

「あ、そうなんだ。それは気楽でありがたいな」


 まあ大体お察しの年齢だった。こちとら疲れ切った24歳サラリーマンなので、人懐こいウルリケの申し出はありがたかった。


「てことで、確かベーコンはまだあったはず……」


 お、あったあった。荷物の中から瓶を取り出す。


「ユリネギもあるし、パスタ……は、充分だな。いいですよ、作りましょう」

「……それは何の瓶詰めだ?」


 表面を拭いていると、アンネさんが絞り出すような声を出した。


「これですか? オークのばら肉の塩漬けです」

「え!? オーク食べるの!?」


 ウルリケが丸い目をさらに丸くして叫んだ。いや……食うだろ。俺の頭には「ガフーッ」とひたすら呻るオークが浮かぶ。だってあれ、二足歩行してるだけの巨大な豚じゃん。二足歩行のせいでちょっと肉と筋肉のつき方は違うけど、でも見た目も中身も豚に等しいじゃん。


「……まあ、ガーゴイルと違って食わなくはないが。あれは貧乏人の食い物だろう、いかんせんうまくない」


 アンネさんも渋い顔だ。でもそういえば、最初にオークを討伐したとき「コイツ、ベーコンにできそうだな」と言ったらユスケールに爆笑されたな。

 しかし、これはまた腕の見せ所だな。ガーゴイル肉のローストと違ってそう癖もないし、あれをおいしいと言って食うならこのパスタもおいしいはずだ。


「コイツは簡単なんで。パスタを茹でる湯を沸かしてるうちに作れますよ」


 昨日と同じく、広場から少し離れたところで大鍋に湯を沸かす。パスタを茹で始めたら、次はその具――オークのばら肉の塩漬け、ユリネギ、そしてロツリーフを準備する。


「えー、ロツリーフってなんか青臭くてきらーい」

「茹でて食ってるんじゃないか? ロツリーフ、何やってもうまいのに茹でるとなんか違うんだよな」


 ロツリーフは、葉が何枚も折り重なってゴルフボール大になっている野菜で、見た目は芽キャベツに近い。ちなみに茹でるとブロッコリーの味になる。俺もブロッコリーは好きじゃないので、茹でると青臭くて嫌いってのはウルリケに激しく同意する。


「一番お手軽な食べ方はトリア海峡の塩を振って表面をあぶることですね。野菜を食いたいときに簡単でいいんです。でもやっぱり一番合うのは塩振りカタクチザカナのオイル漬けとのマリネかなあ……あれマジで白ワインと合うんだよな……」


 ユリネギを細かく刻みながらよだれが出てきた。この世界には日本と同じものがあったりなかったりして、幸いにもワインみたいな酒は存在している。しかし飲み物の種類は少なく、たとえば炭酸飲料は見かけない。夏がくるまでにはぜひとも見つけたいものだ。

 なんて、いかんいかん、パスタが茹であがるまでに下準備を終えなければ。

 ユリネギは、小学一年生の理科で見たチューリップの球根みたいな見た目をしているが、焼いて食って分かった、コイツはニンニクだ。それを細かく刻んで、グリーンハーブのオイルで熱したところに、オーク肉のベーコンを入れて一緒に炒める。この時点でザ・塩分って匂いがしてうまい。

 そこに、半分に切っておいたロツリーフを投入。パスタが茹で上がる頃には火もとおり、あとは混ぜればいいだけのお手軽パスタだ。


「ほい、オークベーコンとロツリーフのパスタです」

「おお……」


 アンネさんもウルリケも、フォークを構えて、パスタを前に生唾をのむ。


「いただきまーす!」

「いただきます……」


 俺も一緒にいただきます。

 口に入れた瞬間、オークベーコンの塩味が口の中に広がる。しかし、ロツリーフは塩味をうまい具合に吸収してくれるというか、相殺してくれるというか、ともかくその根菜みたいな柔らかい甘みで塩分の尖りをなくしてくれるのだ。いくらでも軽く食べられてしまうわけである、オークベーコンとロツリーフのパスタ。

 しかも簡単だし、ロツリーフ以外は保存がきくし、ロツリーフも大抵近場に群生地があるし、メニューに困ったときの心強い味方なのだ。


「おいしいー! グリーンハーブのオイルとオーク肉の塩漬け、すっごいあう!」


 ウルリケは、その唇をテカテカ光らせながらパスタを啜る。アンネさんも「これは……」と呻った。


「本当にオーク肉なのか……臭みのあるオーク肉からこんな旨味が出るとは……」


 まあベーコンってそういうもんですからね。


「正真正銘、オークの、腹の肉ですね。作るのはちょっと面倒ですけど、一回作っちゃえば保存がきくし使いまわせるしで便利なんですよ」

「よかったな、定番メニューができたぞ!」


 あ、結局その話に戻ってくんのね!

 アンネさんはぱくぱくとパスタを口に運びながら「これはイエロービスが合うだろうな、今度買っておこう」とぼやいている。よく分からんが、多分酒の種類だろう。アンネさんは意外と酒好きのようだ。

 うまいうまい、と二人は大満足の顔でぺろりとパスタをたいらげた。いいぞいいぞ、その顔だ。


「さてリューガ、今日もごちそうになってしまって申し訳ない」

「大したもの使ってないんで、そんな別に」

「お礼と言ってはなんだが、店の場所の交渉は私が引き受けた」

「それお礼じゃなくて私欲じゃないんですか? いやその気にはなってましたけど……」

「もともと酒場を経営していたテオフィルというヤツがいるんだが、もう腰も曲がった年寄りでね、少し前から引退したいとずっとぼやいていたんだ。もとが酒場なら立地も申し分ないだろう」

「あ、それはそうかも……」

「だから昨晩話しに行ったところ、大変こころよく譲ってくれた」

「事後報告じゃないですか! 俺抜きで話を進めないでくださいよ!」


 俺が断ったらどうするつもりだったんだ! しかし憤慨する暇もなく、アンネさんは華麗にウインクしてみせた。


「これで食堂への第一歩が進んだな」

「いや七歩くらい進んじゃった気がしますけどね」

「じゃ、次はギルドに商人登録しに行かなきゃね」


 おいウルリケ、お前もあどけない顔でごり押ししようとするんじゃない。

 しかし、乗りかかった(というか無理矢理乗せられた)船だ。やれるところまでやってみよう。


「……分かりましたよ、昼からはそれに行きましょう」


 しかし俺は忘れていた、今の俺達はユリネギ――ニンニクをしこたま食った後だ。

 商人ギルドに行くと、案の定臭いがキツイと苦言を呈され、それどころか追い返され、商人登録ができたのは次の日になってからだった。

ロツリーフは芽キャベツだと思ってください。カタクチザカナはそのままカタクチイワシです。

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