28.低脂質、レッドバイソンの回鍋肉①
オークのベーコンとユリネギのみじん切り、そこにカタクチイワシの塩漬けも入れてひたすら炒めた後、蒸したロツリーフを入れて味を絡め、茹でたパスタと和えて、少しだけフライパンに残したまま皿に盛った。残ったパスタは2センチくらいの長さに刻み、器に盛る。
「おーい、ご飯だぞ」
開きっぱなしにしていた扉の向こう側に声をかけたが返事はなく、しかし代わりに黒と茶の混じった長い毛に覆われた猫――いやブッセカーターが現れる。俺が座る椅子の隣に器を置くと、俺が食うより先に器に顔を突っ込んでガツガツと食い始めた。やれやれ。
「んじゃ、いただきます――」
「リュー、いるか?」
フォークを持ったまま手を止めてしまった。現れたアンネさんはまた木の実の袋を持っている。
「なんだ、もう昼を食べてるのか」
「ブッセカーターのご飯のことなら大丈夫だと思いますよ。木の実くらいは別腹で食べるんで」
ガツガツとパスタを食っているブッセカーターは、アンネさんに見られていると気付くと顔を上げた。じっ……と見つめた後、気を取り直したように器に顔を突っ込む。その前にアンネさんは屈みこみ「おいしいか? おいしいんだろうなあ」と笑いかける。
「よかったな、おいしいご飯を作ってくれる人間を見つけて」
「結構グルメですよ、このブッセカーター。薄めの味付けにしたら気に食わないみたいで、俺のをとって食いますし……」
「赤ん坊じゃないんだから、そりゃそうだろう」
そうか? でも猫だぞ? ブッセカーターがどういう生き物なのかいまいち判然としないが、しかしそういうことなら人間に出すのと同じ味付けで問題ないのだろう。安心は安心だ。
「それより、アンネさんも食べます? いつものパスタですけど」
「いや、私はいいよ。気にしないで食べてくれ」
そういうことならお言葉に甘えて、と食べ始めたが、アンネさんはブッセカーターの前に屈みこんだままなにか悩んでいる。
「……なあリュー」
「あ、やっぱり食べます?」
「私が食事のことしか考えていないと思っているのか」
少なくとも俺に対してはそうなのでは。
「このブッセカーター、かれこれ1週間近く一緒にいるわけだろう? 居座る気満々なようだし、名前をつけてやったらどうだ」
「まあ……」
確かに、いちいち「ブッセカーター」なんて呼ぶのは長すぎると思っていた。しかし、名前か……。
「ブッセカーターを縮めて『ブッセ』か『カーター』でしょうか?」
「安直すぎるだろう」
「アンネさんがつけてあげては?」
「リューに懐いているんだから、リューがつけてやったほうが喜ぶんじゃないか?」
食事を終えたブッセカーターは、満足そうな顔をして――そのまま店を出ていく。俺とアンネさんは無言で尻尾を見送った。
「……本当に懐いているんでしょうか?」
「……毎日戻ってくるんだろう? 懐いてるんじゃないか?」
「あれは飯ヅルっていうんじゃないかと思うんですよね……」
とはいえ、名前があったほうがいいというのはアンネさんのいうとおりだ。なにかいい名前があればいいんだが……。
はてさて、と悩んでいたその夜のこと。晩飯の時間なのにブッセカーターが帰ってこないぞと店の外を探していると、ノシ、ノシと獣の足音が聞こえた。
……まさか。おそるおそる振り向くと、そこには夕陽に照らされた巨大なペルシャネコ(ただし象牙と張るくらいデカい牙つき)がいた。
そのサイズ、実に俺の2倍以上。体高は俺の身長より高く、毛が茶と黒なせいもあって、重種馬を前にしたような迫力だった。しかもその口にはレッドバイソンをくわえている。ちなみにそのレッドバイソンの赤茶色の毛は、夥しい量の血によって固まっていた。
立ち尽くしていると、その口が開いてレッドバイソンが落下する。ドンッと重そうな音を立ててレッドバイソンが俺の足下に転がった。
レッドバイソンと巨大なペルシャネコを呆然と見比べていると、巨大なペルシャネコは片足で顔を擦り――シュポンッと軽快な音を立てて、もとのブッセカーターのサイズに戻った。何の変哲もなさそうなペルシャネコの姿で、ブッセカーターはお利巧にお座りする。
「ミ」
「……ミ、じゃないんだよ! やっぱりお前か!」
アンネさんが言ってた「4、5倍のサイズになる」ってこういうことか! 聞いてはいたものの、いざ見せられると本当に化け物にしか見えなかった。
俺の驚きなんて気にも留めず、ブッセカーターはレッドバイソンの周囲をうろうろ歩いている。晩飯にこれを食べたいという意味だろうか。
「いいんだけど……予告とかできないかなあ。急にいなくなったら心配するし、帰ってきたと思ったら巨大化してるし……」
苦情を口にすると、ブッセカーターは俺を見上げてレッドバイソンの体を叩く。分かった分かった。
「じゃ、今日の晩飯は牛肉だな……」
「ミ!」
やっぱり言葉は分かってるんだな。レッドバイソンを背負って(見た目より軽かった)解体場へ向かうと、後ろからトトトとついてくる足音が聞こえた。
レッドバイソンの肉はサシのない赤身肉で、アメリカンビーフに近い。食べ応えはあるのだが、逆にいえば焼肉にして食べるのには向かない。煮込み料理は最近食べたし、パスタは昼に食べたし、ステーキを食べるには腹の減り具合が微妙だし……。
「……お前、辛いの好きか?」
久々に人には出さない適当メシを作りたいが、果たしてブッセカーターが好んで食べるのだろうか? 尋ねたところで返事はないが、まあ何でも食うし薄い味付けは嫌いみたいだし、試しに作ってみてもいいだろう。
「ぶっせかーたー」を変換するときF7を使わないと伸ばし棒が「─(罫線)」に誤変換されてしまうので、早く名前を出したいです。誤字報告ありがとうございます。




