20.持続可能食糧、ポタリークラブのハサミ③
はてさて、困った。しかも、このハサミのサイズは予想外だ。この世界では、野営で湯を沸かす簡易な方法として、水の中にヴルカニットという石を放り込むという方法がある。俺もよく利用するのだが、こんなに分厚くて巨大なハサミを茹で続けるほど大きな石は持ってきていない。
「茹でれば絶対おいしいと思うんだけどな……ドラム缶でもないと茹でられないし、しかも湯を沸かし続けるのも大変だし……」
どうしたものか……と腕を組んで悩んでいると、焚火の準備をしていたウルリケが不思議そうに首を傾げた。
「……もしかして、リューガさんのパーティってメイジがいなかったの?」
「いや、いたけど。どうして?」
「だってお湯を沸かし続けるのが大変だっていうから。そのくらいなら私がやるよ?」
……私がやる? 一瞬意味が分からなかった。しかしメイジだからできるということは……。
「……もしかして魔法で瞬間湯沸かし器ができるのか!?」
「よく分かんないけど、火くらい魔法でつけちゃえばいいじゃん」
ウルリケは、背負っていた木製ペロペロキャンディみたいな杖を手に持ち、その先端を薪に向けた。
「ヴルカニ・ツァオバー」
ボンッと火がつい、パチパチと焚火が燃え始めた。……マジか!
「マジか……魔法ってすげえ!」
「薄々気付いてはいたが、リュー、アンタさては相当な田舎者だな」
冒険中に火が必要なときはメイジ頼りなんて当たり前なのに知らないなんて、アンネさんはそう言いたげだ。確かに生まれと育ちは田舎で野山を駆けずり回って育ったと言っても過言じゃないが、多分文明的には異世界より発達してたと思うんだよな。
「パーティにメイジっていたんだよね? 炎魔法は使えない子だったの?」
「はっきり聞いたことはないけど、使ってるのは見たことないな……。でもそうか、魔法で火をつけられる……」
なんだろう……。確かに便利で感動したのだが、それだけではない。こんな簡単なことじゃなくて、もっと便利で最強ななにかを思いつきそうな気がする……。なんだ……?
「あ、お鍋は町まで戻らないと無理かもしれないよ」
「そうか……そうだな……」
鍋……いや鍋ではなく……いや鍋ももちろん大事なのだが、もっと根本的な問題が解決するような……。
「ポタリークラブ、茹でないと食べられないんだよね? でもお鍋がないと食べられないなら凍らせようか?」
「そんなことまでできるのか!?」
“炎魔法で解決を図ることができるなにか”という漠然とした想像が吹っ飛ばされた。まさか……まさかこんな森の中で突然食べ物を冷凍保存できるだと!?
「ここらへんはちょっと暖かいから、そんなにずっと凍らせることはできないかもしれないけど。もう日も沈んでるし、一晩くらいはできるよ」
「ウルリケ様!」
こんなところに神がいた! 思わず手を合わせて拝むと「おおげさだよう」とウルリケは杖を抱きながら顔を赤くする。俺は魔法のことはよく分からないが、隣のアンネさんが「この子は基本魔法ならどの属性もそれなりに扱えるぞ」と補足した。
「私は雑だが、ウルリケは丁寧だからね。基本魔法はしっかり習得しているし、そのぶん応用もよくできる」
そうだったのか……。ウルリケといえばいつもリスみたいに頬を膨らませるほど飯をおいしそうに食ってるイメージしかなかったけど、ちゃんとしてるどころかかなり優秀なメイジだったんだな。ズザンネは水魔法しか使えないって言ってたし……。
「……実はアンネさんとウルリケこそ強くて有名だったんじゃないですか?」
「さあ、少なくともそんなに先頭を突っ走っているわけではなかったよ。私も稼ぐのを第一としていたし、ウルリケは見てのとおり拾い食いが多いし」
「いつも食べてるわけじゃないもん、木の実は集めてるもん」
それは両立する。なんなら食って美味い木の実を集めていると言われるほうが納得する。しかし、このウルリケが優秀な魔法使いだとは、人は見かけによらないものだ。
「それでリューガさん、どうするの? このポタリークラブ、凍らせちゃう?」
「ああ、そうだな。どうせ今晩は食べられないし、鮮度が落ちないうちに……」
鍋も魔法でポンッと出せればいいのになあ……と考えながら頷いて――はたと気付いた。待てよ。
「ハイエーゲ・ツォ――」
「待った! ちょっと待った!」
「わふっ」
慌ててポタリークラブとウルリケの間に割り込むと、驚いたウルリケが杖を振り上げ、その延長線上にあった木の枝がパキッと音を立てて凍りついた。危なかった。
「なにするのリューガさん、危ないよ! リューガさんが冷凍保存されちゃうところだったよ!」
「ごめん、いまのは俺が悪かった。ごめん。でも凍らせなくても、いま食べることもできるんじゃないかと思って」
「鍋がないから無理なんじゃなかったのか?」
アンネさんの顔には「いいから今日のご飯は」と書いてあるので、どうやら腹が減っているらしい。しかしアンネさん、しばらく待っていただきたい。
「土魔法と炎魔法で……鍋が作れるのでは……?」
鍋の完成形を突然出すことはできなくても、鍋を作ることはできるのでは……!
我ながら名案だったし、ウルリケも「ああー!」と顔を明るくして手を合わせ頷いた。
「そうだね、できるよ! そんなにちゃんとしたのじゃないかもしれないけど、とりあえずこのハサミを茹でられるくらい大きかったらなんでもいいんでしょ?」
「なんでもいい!」
首がもげる勢いで首を縦にふると「うんうん、おっけー!」とウルリケは改めて杖を構え、咳払いした。
「すぐやるね、んーと、ティッシャー・エーアト・ツォニバー!」
「うおお……」
ズズズと地面が盛り上がり、粘土がまるで巨大なヘビのようにとぐろを巻く。ちょっとグロいというか、土が生きているようで不気味だった。しかしさすが魔法、きっと鍋を作るのに適した土を選び抜いているのだろう、みるみるうちに巨大な深い鍋の形になっていく。まるで童話に出てくる魔女の鍋、いやそれよりさらにデカい。
「あ、んーとね、ここは……フライゼネ・キッカー、ヴルカニ・ツァオバー!」
「うおっ!」
そうして成形された巨大な鍋が、ゴッという音とともに勢いよく炎に包まれる。その眩しさに思わず腕で目を庇ったが、不思議と熱はこない。というか、こんなところで炎魔法を使えば山火事でも起きそうだが、それもない。
「……どうなってるんだ? 狙ったものしか燃やさないとか、そういうことができるのか?」
「今はねえ、土の周りを炎で包んで、その外側に防御魔法を展開してる感じかな」
「へえ……すごいな、器用ってか、気遣いがうまいな……」
なるほど、と感心する俺の隣では「私だったら先にここを焼いてスペースを空けるな」と大ざっぱな想像が聞こえた。ウルリケとアンネさんの職業が逆でなくてよかった。
「本当はお鍋焼くのなんてすっごい時間かかるから、形だけ作っちゃって、お鍋に強化魔法をかけながら茹でちゃお」
「天才か?」
すごいのは魔法ではなくてウルリケだった。これからもうまいものたくさん食わせてやるからな、ウルリケ!
しかし、まだだ。俺が根本的に解決できると思ったのは鍋のことではない。魔法で炎を操ることができる、これによって今のこの場の問題ではなく、この世界での食事に革命を起こせる予感が……。
唸りながら考えていると、ウルリケが「いまは魔法でちゃちゃっとしちゃうけど、職人さんが作るのってすごいよねえ」としみじみ呟いた。
「デニスのおじいちゃんもそうだけど、すっごい温度高い炎の前でずーっと作業してるもんね。大変だよねえ」
……高温で焼く。その言葉を聞いてピンときた。
「……ウルリケ、いまはつまり、高温で粘土を焼いてるんだよな?」
「うん、だってお鍋作るんでしょ?」
「……火加減だけじゃなくて、温度も調節できるのか? 例えば……65度とか」
その黄金の数字をウルリケに出すことができるのか。
もしかして、とおそるおそる尋ねた俺とは裏腹に、ウルリケはこともなげに頷いてみせた。
「うん、温度調節なんて朝スコン前だよ」
「……ウルリケ」
「へっ」
思わずその両肩に手を載せた。ゴゴッと後ろの炎が少し乱れる音が聞こえたが、いまはそんなことはどうでもいい。
「ポタリークラブのハサミに、うまいソースを作ってやるよ!」
ウルリケの協力により、低温殺菌が可能になるのだ!
いつも誤字報告ありがとうございます。前回は眠気と戦いながら書き力尽きてしまい、いつもよりさらに多くすみません。ありがとうございます。




