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2.もらいもの、ガーゴイル肉のロースト

 俺のもとの名前は、高木たかぎ竜太りゅうた。最初にリュウタだと名乗ると「リューガ」と聞き間違えられてしまい、そのほうが自然な名前ならと、ここ一年近くは「リューガ」と名乗っている。

 もとの職業はサラリーマン、営業職。しかし、祖母ちゃんっこで生来他人との競争が苦手な俺は、営業には向いていなくて、毎日会社に行くのが憂鬱だった。それが異世界転移しても結局冒険者としてクエストに出なきゃ食っていけないっていうし、つか祖母ちゃんっこだった俺はRPGなんてしたことないんだから、どこまでも現実は上手くいかない、そう思っていた。

 しかし、偶然にも町田まちだ雄介ゆうすけ――ユスケールと出会った。ユスケールも元々営業で、しかも俺と同じく営業には向いていないタイプだった。同じ境遇の俺達は意気投合したし、幸いにもユスケールは現実世界で散々RPGをやりこんだ経験があった。結果、ユスケールの先導のもと、俺達は的確にパーティを組んで、今までのダンジョンを破竹の勢いで攻略してきた。


「はあー……」


 その冒険が、いま終わったのだ。

 「エクスのふもと」で放り出された俺は、広場の噴水前で溜息を吐いた。俺達の冒険はこれからだ、の打ち切りならまだいい。こちとら()のぼっちはこれからだ、だ。


「なんて言ってる場合じゃないんだよな……いまさら剣士なんてメンバーに入れたいパーティなんていないだろうし」


 「エクスの麓」は「シェーミのきりみち」に続くもっとも大きな町で、「シェーミの霧道」の攻略には、その名の通り霧を晴らしてくれるプリーストが必須となる。「エクスの麓」に着くまでは力業で押し切れることもあり、攻撃系クラスを二人以上抱えたパーティが新たにプリーストを雇うのはありがちな話だ。

 つまり、剣士の俺は一切需要がない。「エクスの麓」より前ならまだしも、こんなところでパーティを失うなんて。

 いや、それよりも、ユスケール達にとって、俺はその程度だったのか。

 俺は争いに向いてないからと、後衛を引き受けたのは自分の意志だった。飯を作っていたのも、仕事の疲れは飯でしか癒せないと俺が思っていたからだった。

 でも――ユスケール達は俺の飯を美味い美味いと嬉しそうに食べてくれて、それを見ているのが嬉しかったけど――いつの間にか、飯は出てきて当たり前、そんなことよりも他のパーティより抜きんでる方法だの、効率的な技の磨き方だの、割のいいクエストの見つけ方だの、楽して金を稼ぐことがみんなの関心事となった。

 こうして考えてみると、俺どころか、他のみんなも、一日の疲れを癒されてなどいなかったのかもしれない。ダンジョン踏破が第一の目的であるパーティにとって、美味い食事なんて俺の自己満足だった。


「そう考えると、意外と潮時だったのかもしれないな……」


 反省を終えたところで「なんで体まで持ってきちゃったの」と話す声が聞こえ、顔を上げた。少し離れたところで、剣士らしき格好の――おそらく女が、その手に似合わぬガーゴイルの死骸を持っていた。


「ガーゴイルの討伐依頼報告には耳だけあればいいんだから、体はいらないの」

「だってー、せっかく立派なガーゴイルだったんだもん」

「立派だろうがなんだろうがガーゴイルはガーゴイル。煮ても焼いてもマズイんだから捨てよう、こんなの邪魔なだけだ」


 待て待て、ガーゴイルが煮ても焼いてもマズイだと? 俺は耳を疑った。ガーゴイルの肉は確かに癖があるが、ジビエみたいなもんで、ローストするとかなり美味いんだが?


「あの、すみません」

「ん? 誰?」


 剣士が振り向くと、ふぁさっ、と長く黒いポニーテールが揺れる。キリッとした後ろ姿のとおり、黒くて大きな目をしたクールな顔立ちの女だった。その隣にいる少し小ぢんまりした子は、クラスはメイジのようだし、短くそろえた髪がくるんと内側に巻かれてだいぶ柔らかい雰囲気だが、その黒くて大きな目はそっくりだ。もしかしたら姉妹かもしれない。


「そのガーゴイル、捨てるんですか?」

「ああ、だって使えないだろう? 買い取り額も微々たるものだし、それよりいまここで荷物を軽くしたいんだ」


 その二人が立っているのは武器屋の前で、ガーゴイルを買い取ってもらうために別の店まで行くのは億劫だからここで捨ててしまおうという話らしい。

 が、そんな馬鹿な話があるものか。俺はそのガーゴイルを凝視した。なんてうまそうな……と思わずよだれが出てしまいそうなほどには脂ののった立派なガーゴイルなのだ。おそらく理想的な倒し方をしたうえ、討伐して間もないのだろう、鮮度も申し分ない。

 しかも、俺は腹が減っている。今にもぐうと鳴りそうな腹に力を込めた。


「もし捨てるのであれば、僕が買い取ってもいいですか?」

「持って行ってもらえるっていうならお金はいらないよ。でもこんな残骸で何するの?」


 早速ガーゴイルを差し出しながら、剣士もメイジも揃って首を傾げた。うん間違いない、姉妹だ。


「ガーゴイルですからね、ローストすると美味いんですよ。酒が欲しくなりますよ、とびっきり渋い赤がね」


 おっといけない、想像するだけで酔いが回りそうだ。

 そんな俺を前に、二人はやはり揃って目を丸くして「ガーゴイルがおいしいって?」と笑い出した。


「まさか、ガーゴイルの肉なんてそもそも食いもの(・・・・)じゃない。うまくやれたとして、筋張って渋くて食べられたものじゃないんだよ! 別の肉と勘違いしてない?」

「失礼な。そこまで言うなら、よかったら食べますか? パパッと作れますんで」


 広場から少し離れれば火も自由に扱える。くいと噴水の向こう側を指すと、二人は疑いの眼差しを向けながらも「じゃあ……お願いします……」と頷いてくれた。よし。

 鍋と火を用意しながら、俺は物理的にも精神的にも腕まくりした。ガーゴイルの肉を扱うのは久しぶりだし、なによりガーゴイルをマズイと決めつけてるヤツにおいしいと言わせることができそうだなんて、腕が鳴る。

 この異世界には、醤油だのワインだの、現実世界の便利な調味料はほとんどない。しかし名称だけ違う似たものがあって、たとえばマンドラゴラのオスからは上質な赤ワインが手に入るし、ホーンラビットの角を削れば胡椒になる。

 調味料を取り出して並べ、鍋を火にかけ、ローストする準備を整えてから、ガーゴイルを受け取った。


「さて、と」


 姉妹が持っているガーゴイルは、根元からきれいに角が落としてある。よしよし、と俺はその肉体をさわり、きちんと肉としてさばけることを確認する。懐かしい話、最初はガーゴイルの理想的な倒し方なんて知らなかったせいで、「今日の晩飯に頼むぜ!」とユスケールに倒してもらったら、バラバラに砕け散った石片しか手に入らなかったのだ。あの夜はひもじい思いをした。

 それはさておき、取り出したナイフで、まず羽を落とした。いい出汁が出るので、汚れないようにとっておくのだ。おそらく姉妹はガーゴイルの解体現場を見たことがないのだろう、背後で息をのむ気配がした。

 頭を落とし、邪魔な器官をごっそり抜き取って、腹側から開く。そこにナイフを突っ込んで体から内臓を切り離し、残った部分は等分してブロック大の肉を切り出して、皮は剥ぐ。皮だけは煮ても焼いてもマジで砂みたいな味がする、いまだに食う方法が分からない。

 ガーゴイルの肉は筋が多いというのは姉妹のいうとおりなので、仕上げに下処理は丁寧に行って、と。


「やっぱり、脂がのってうまそうだなー」


 鍋に載せた途端にジュウウと脂のはじける音がする。思わず舌なめずりをしてしまいそうになりながら、入社当初に接待で連れていかれたフレンチを思い出した。あのとき食べたジビエ肉、名前は思い出せないけど、しこたま赤ワインと飲みたいと思わせてくれたのはアイツだけだった。ガーゴイルはあれに似ている。


「出てきた脂をかけつつ、両面をこんがり焼いて、あとは火が通る前にソースだな」


 ガーゴイルから出てきた油をちょっともらい、鍋に蓋をする。その隣でマンドラゴラのオスの茎を刻んでソースを絞り出し、とっておいた油に酒とバターを混ぜれば、それだけで酒が飲みたくなる香りがした。


「よし、できたっ」


 振り向くと、姉妹はちょんと行儀よくテーブルについていた。その前にガーゴイルのローストを差し出すと、その高い鼻が肉につきそうなほどしげしげと皿を覗きこむ。


「これが……ガーゴイルの肉?」

「すっごい、いい匂いする。これ食べていいの?」

「もちろん」


 俺もいただくが。向かい側に座って手を合わせ、姉妹が口に運んだのを確認してから俺も口に運ぶ。


「うん、やっぱり美味い!」


 ちょっとクセがあるけど、噛むとじゅわあと脂が溢れる。実は俺自身、最初はこんなグロい生き物が食えるはずないと思っていたのだが、ナイフを入れてみて正解だった。そしてなにより、マンドラゴラのオスの茎から出るソースの渋みとバターの甘味が絶妙にマッチしている。

 自画自賛、手前味噌、自分で焼いた肉に舌鼓を打っていたせいで、俺は姉妹が呆然としていることに気付くのが遅れた。しまった。


「すみません、おいしいとは言ったんですけど、まあクセのあるもので……口に合いませんでしたかね……?」

「……そうじゃなくて」


 剣士の姉――アンネというらしい――が頬に手を添え、当初のクールさはどこへやら、嬉しそうに目を細めて肉を頬張る。


「この肉、今まで食べたどんな肉よりもおいしい!」


 メイジの妹・ウルリケがゴクンと喉を鳴らし――震える手で肉をもう一度口に運び、顔をほころばせる。


「うん、うん! ガーゴイルの肉って、こんなにおいしかったんだね!」


 そのまま二人がバクバクと肉を口に運ぶのを見て、胸の内側がじんわりと満たされる。そうだ、俺はこういう顔を見たかったんだ。俺の作った飯をうまいうまいと次々に口に運んで、満たされました~!って顔をするのを。


「むぐ、でも、もしかして名の知れた料理人なの? だってガーゴイルをこんなふうに調理できるなんて聞いたことないもん!」

「まさか。……パーティを失った剣士ですよ……」


 癖でパーティ名を名乗ろうとしてしまい、少しショックを受けた。いまの俺は現実世界でいえば無職なのだ。

 アンネさんが「パーティに所属してないの? どうして?」と丸い目をさらに丸くする。


「いやあ、恥ずかしながら、料理ばっかりで他は役立たずなもんで」

「あのねえ、君、お姉さんが教えてあげます。行き過ぎた謙遜は失礼なんですよ」


 むぐむぐと肉を食べるのをやめないまま、アンネさんが少し眉を吊り上げた。


「ガーゴイルをさばくその手の動きで一目瞭然、相当な剣の腕の持ち主でしょう」

「さあ……」

「さあって、パーティに所属はしていたんでしょう?」

「うーん……僕は剣士ですけど、前線に出るのは苦手だったので、自分の剣の腕を試す機会もなくて」


 後衛としてパーティの背中を守ってきたつもりだが、RPG世界の魔物は良心の塊なのか、背後から襲い掛かってくることなんてほとんどなかったのだ。たまに突っ込んでくる魔物がいるとしたら、それは本当に雑魚で、剣一振りでコテンと地面に転がって瀕死状態になってしまうものばかり。

 その意味で、確かにあのパーティには剣士は二人もいらなかった。RPGをやりこんでいたユスケールは正しかったのだ。

 アンネさんは「ふーん……」と首を傾げながら「いやしかし、おいしかった」とぺろりとガーゴイルをたいらげた。


「あ、もう食べちゃいました?」

「おかわりありますか?」

「一応ありますけど、最後なんで妹さんと分けてくださいね」

「やった! お姉ちゃん、私大きいほう!」

「等分に決まってるでしょ、ちゃんと切ってあげるから」


 そうしてガーゴイルのローストをたいらげた後、アンネさんは「しかし、君ほどの実力者がパーティにも所属せずふらついているというのは、世界の損失だな」と大袈裟な問題提起をした。


「いや、いいですよ僕は……。生来冒険には向かないんで……」

「うちのパーティに入ってもらおうよう。そしたら私、頑張ってガーゴイル狩りまくるよ?」

「パーティは四人まででしょ、ウルリケがクビになりたいの? でも、そうねえ、また食べたいなあ……」


 ご丁寧にソースまでパンですくって食べながら、アンネさんはぼやいた。隣のウルリケも「エクスの麓(ここ)ってまともな食事ないもんね」と頷き――はっと目を輝かせる。


「じゃあ、リューガさんは食堂を開けばいいんじゃないかな!」

「……食堂?」

「ああ、それはいい! いや、実はこんなおいしいものを食べさせてもらってどうお礼をしようかと悩んでいたんだ」


 私が持っているものといえば金貨と宝石と武器くらいしかなくて、とアンネさんはテーブルの上にこれでもかと財宝を並べた。実はアンネさんこそかなり手練れの剣士なのかもしれない。


「ぜひとも今後も機会があれば食べたいし、それなのに毎度頼むのは気が引けると思っていた。それが食堂になれば気兼ねなく金を払って食事を作ってもらえる!」

「いや、無理ですよそんなの。ただのリーマン――雇われにいきなり経営者なんて」

「大丈夫だ、金ならある」


 まさしくアンネさんがテーブルに並べた重たそうな袋が答えだった。


「いやでも……食料の調達とか……」

「狩りも任せてくれたまえ」

「くれたまえって」

「私も! 私もね、珍しい木の実の群生地とか知ってるから! ね!」


 これは断る理由はないのでは? そう言いたげな勢いで、アンネさんとウルリケの姉妹はずいっと身を乗り出した。


「どうせやることないなら、そうしてみよ!」


 いや、そうは言われても、ね……? 困惑するも、しかし目を輝かせる姉妹を前に、二度目の「無理です」を口にすることはできなかった。

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[良い点] 異世界ならではの、食材を使っての料理と表現が良い 自分が想像してない、知らない食材からの未知の味の想像ができるのが良かった。 ベースの味の想像は、どうしても現実の味と料理になるけど、そ…
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