18.持続可能食糧、ポタリークラブのハサミ①
今日は少し遠出をしよう。少し早い時間に荷物を準備して店の鍵を閉めていると「夜逃げか?」「もう朝だから見つかっちゃうよー」出資者とは思えない物騒な声かけをされた。
「おはようございます。朝ご飯ですか?」
「私達を飯タカリ屋だとでも思ってるのか?」
違うのか?
「さすがに朝ご飯まで作ってなんて言わないよう。リューガさん何してるかなあって来ただけだよ」
「大荷物だな、どこかに出掛けるのか?」
「ああ、そろそろ本格的に店を開ける準備をしようと思いまして。調味料を調達しに行くんです」
定番メニューとして置くものの目途はついてきた。一人で回す以上ある程度のメニューは事前に作って置いておきたい、そう考えたときにオーク豚汁、ロック鳥カオマンガイは欠かせない。
が、オーク豚汁に必須の味噌が厄介なのだ。マーメイドの涙が必要だが、滂沱の涙を流してもらうわけにはいかないので頻繁にもらいに行かなければならない。しかも、発酵させるのに時間もかかる。暇を見つけてはマーメイドさんに会って涙を流していただいて味噌を作らねば。
「行くんだ、ってどこまで行くの?」
「マーメイドの島まで。急ぎますけど、今日行って明日帰ってくるなんてことにはなれないんでしばらく留守にしますね」
「一人でか? アンタ、パーティに属してないじゃないか」
「え、でも商人なら自由に行き来できますよね?」
そのために登録料を払っているのだ。ギルドカードも忘れてないよな……とポケットを確認していると「そういう話じゃない」とアンネさんに呆れた顔を向けられた。
「マーメイドの島ってことはアルモ密林を通るんだろう? 危ないぞ」
「大丈夫ですよ、あれからデニスさんのところでちゃんとした剣も買いましたんで」
背中に背負ったやや細身の剣を見せると「ホリゾンソードか」とアンネさんは打って変わって目を輝かせた。
「刃に反射する光が夜明けの水平線のように美しいことからそう呼ばれる剣だな。その美しさから収集用と勘違いする者もいるが、一説によればその水平線のように乱れのない切り口からそう呼ばれるとも」
「あ、はい、分かりました、もう大丈夫です」
剣士だから当然かもしれないが、どうやらアンネさんは刀にうるさいようだ。いい剣なら「これ」としか言わなかったデニスのおっさんと足して2で割ってほしい。
「それはそれとして、そういうことなら私達もついていこう」
「え、だから大丈夫ですって。『剣豪』スキルもあるって分かったことですし」
「そっか、リューガさんは一人でなんでもできちゃうんだもんね……」
シュンとウルリケが項垂れた。大きな黒い目が潤んでいるように見え、グサッと俺の胸になにかが刺さった。
「お姉ちゃんの『力業』スキルがなくて平気だし、私の『採集』スキルなんてもっと役に立たないよね……」
やめろ! 俺に邪魔もの扱いされたみたいに言うな! 俺の良心を痛ませるな!
「そ、そういえば、野営の手伝いをしてくれる人がいると嬉しいなー。木の実の群生地を見つけてもらえると調味料も助かるなー」
「ほんと?」
言質をとった途端、ウルリケの目は輝きを放ち始めた。くそっ、見た目のわりに強かなヤツめ!
「じゃお姉ちゃん、私達も支度しようね!」
「というか、アンネさんとウルリケはパーティに属してるんですよね? ずっとエクスの麓に留まってますけど、いいんですか?」
他のパーティメンバーを連れているところも見ないし、でも2人は2人で生計を立てていく必要があるみたいだし……。
何か事情でもあるのかと思ったら、アンネさんは「ああ、話していなかったか」と肩を竦めた。
「リューがガーゴイル肉を焼いてくれたことがあっただろう? あの次の日だったかな、戦士の子が旅先で出会った男と結婚しようか悩んでいると言い始めてね。それを聞いたプリーストも実は別のパーティに誘われたなんて言うし、一度解散したんだ」
「あ、そうだったんですか。初耳です」
そういえば、ユスケールもプリーストを探してたんだもんな。エクスの麓でうろついていると、フリーと間違えられて声をかけられ、そのまま引き抜かれることはよくあるのかもしれない。
「私達もね、旅に出て長かったし、いったん腰を落ち着けてもいいかなってなったの。お店のほうでバタバタしてて話し損ねちゃった」
いや、食うのに忙しかったの間違いでは……と思ったが口には出さなかった。
というわけで、と締めくくりながらアンネさんは胸を叩いてみせた。
「私達はいまフリーだから遠慮することはない。もちろん私達が提案したことなので金もとらない」
「……ありがとうございます。飯に困らないことは保証しますね」
「準備してくるから、南側の入口に集合ね!」
思いがけず妙なことになってしまった……。むむむと頭の中でマーメイドの島までの地図を広げる。どこで食料を調達するか、行程どおりに進まなかった場合も含めてよく計画を練っておかなければ。
そうしてエクスの麓を出たが、超攻撃特化型パーティでの旅路にも関わらず、びっくりするほど問題はなかった。思っていたとおり、アンネさんはかなりの手練れで、しかし華麗というよりは強烈で、『力業』スキルの名のとおり大剣でモンスターをぶん殴っていた。剣士2人とメイジ1人なのに、なぜかモンスターに打撲痕ができあがっていた。不思議だった。
問題があるとすれば、ウルリケが度々木の実の群生地を見つけて勝手に立ち止まったり道を逸れたりすることくらいだった。それでも珍しい木の実やら果実やらがドッサリ手に入るのだからありがたいのだが。
いま3人で歩きながら齧っているのは、ジトローネという子どもの手のひら大のオレンジ色の果実だ。かなり酸っぱいのだが、ほのかに甘味もあってクセになる。疲労回復にもいいそうだ。
「それにしても、こんな快適な旅路は初めてですよ。ついてきてもらってよかったよかった」
「快適なのはこちらも同じだがな。さすがに『剣豪』がいると楽だ」
「ね。それなのに、リューガさんってなんでパーティで役立たずだったみたいに言ってたの?」
「なんでって言われても……」
うーん、と首を傾げた。
「俺、のんびりしてるって昔から言われるんで。モンスターをどんどん倒してやるぞってタイプじゃないし……必要ならやりますけど、剣士は2人もいらないって言われるなら他の仕事しようかなあって」
「それで食事を作っていたら役立たずと言われた? まったくもって理屈が通らないんだが」
アンネさんまで首を傾げてしまった。
「前面にはあまり出ていなかったと話したことがあったな。その剣士が後ろに流したモンスターを倒していたこともあったのか?」
「そういうこともありましたね。メイジに近づかせるわけにはいきませんでしたし、そういうときは率先して倒してました。っていっても、あまりに簡単に倒せるんで、てっきり前面に立ってる仲間が弱らせてくれてたんだとばかり」
「実際は弱ってなんかなかったんじゃないか? それでもって、リューが謙虚に褒めるから相手も調子に乗った……。なるほどな、その調子に乗った一人があまりに自信たっぷりにリューを貶すのを、他の連中も鵜呑みにしてしまったんだろう」
くだらない、とアンネさんは呆れた溜息をついたし、ウルリケもジトローネをかじりながら「たまに聞く話だよね」と頷いた。
「でもよかった。リューガさんにとっては運が悪かったのかもしれないけど、お陰でリューガさんがエクスの麓にずっといてくれるんだもん」
「そうだなあ……」
俺も、作った食事を作業みたいに食われるよりは、2人みたいにおいしいおいしいって食べてもらえるほうが嬉しいし。人生、なにがいいか分からないもんだ。