17.不思議食感、マンジョッサバのユリネギソースかけB
一週間前から水につけていたマンジョッサバを取り出していると「リューガさん、おはよー!」とウルリケが元気よく飛び込んできた。
「お、おはよう。いいところにきたな、ちょうど軽くつまめるものを作るとこだったんだ」
「なになに? スコン?」
ウルリケはカウンターに手をついて厨房を覗き込む。その顔は嬉しそうに輝いていたのに、俺の手元を見るとみるみるうちに青くなった。
「リューガさん……それ毒だよ毒! 葉っぱを刻んで混ぜたら毒薬ができるし、その根っこの部分だって大変なことになるんだよ! 駄目だよ食べちゃ!」
「大丈夫だよ、ちゃんと毒抜きすれば」
そう、マンジョッサバには毒がある。しかもかなり強い毒で、その葉をかじれば牛さえ死ぬ。マンジョッサバが生えている森の近くの村でそう聞いたとき、俺はコイツの正体に気が付いた――イモのキャッサバだ。
「毒……抜けるの?」
「ああ。マンジョッサバの毒は水に溶けるから、しっかり水につければいいんだよ」
「本当に……?」
「本当だって。ちゃんと食べたことあるんだから」
いまは昔、食えるモンスターにも巡り合えず、食糧が少なくなってしまったので、食べ物を分けてもらおうと近くの村に立ち寄った。
ただ、そこは土地が痩せていて、気候のせいで作物もろくに育たない村だった。食べ物は一日かけて隣の町まで買いに行っているが、天気が悪ければ行くのは命がけ。しかも、隣町への道が一本しかないため、モンスターでも出ようものなら村がまるごと飢え死にするしかないなんて有様だった。
食べ物を分けてやりたいのはやまやまだが何もない、そうぼやきながら、村長は村人たちに混ざって芋掘りをしていた。しかし食べるためではなく、「コイツは葉まで毒に満ちとる。子どもが間違えて食べんよう、池に捨てに行くんだ」と。彼らはマンジョッサバを「食べることができないもの」と認識していた。
が、毒があるイモといえばキャッサバ。見た目も似ている。ということは、同じように毒を抜くことができるのでは。そして食えるようになればこの村の食糧難は少し改善するのでは! もちろん、似ているとはいえ異世界の食べ物なので、同じ方法で毒が抜けるという確証はなかったが、試す価値はあった。
「ってわけで、俺の故郷のイモと同じようにしてみたんだよ。って言ってもそんなに村にいる時間はなかったからさ、池に捨てられてたヤツを食ってみたんだ。最後に捨てたのが一週間前って言ってたから一週間は浸かってたんだろうなと思って」
「危ない! リューガさん、危ないよそれ!」
俺にとってはいい思い出なのだが、そこまでエピソードを聞いたウルリケは悲鳴を上げた。
「だって似てるだけじゃん! 同じものだとは限らないのに、リューガさんの故郷のおイモより毒が強かったらどうしてたの!?」
「まあ……解毒薬が効きますようにって祈ってたけど」
「祈ってただけじゃん! それで……それで大丈夫だったの!?」
「うん、全然問題なかった」
一週間近く水に浸かっていたマンジョッサバは、手に取ると茹でる前から柔らかかった。これならばイケると判断し、そこからさらに皮を剥いて茹でて、ソースを作って食べた。ちなみに、ユスケール達はそんなものを試したくないと拒絶して残り少ない食糧で食いつないでいた。
「普通にちゃんとただのイモとして食えたよ。まあ、まだ毒が効いてないだけなんじゃないかとか、俺の毒耐性が強いだけなんじゃないかとか、村の人達には色々疑いの目で見られたけどな。食ってから丸一日、ずっと監視するみたいに見られてたし。ははは」
「はははじゃなくて!」
呑気な笑い声をあげてしまったせいか、ウルリケに呆れた顔をされてしまった。アンネさんそっくりだ。性格は全然違うけど、やっぱり姉妹なんだなあ。
「なにもなかったからいいのかもしれないけど、マンジョッサバの毒って本当に危ないんだよ? いくら食糧がないからって、そんな危険をおかさなくてもよかったんじゃないの?」
「そりゃ俺達はいいけど、村の人達はそうじゃないだろ。村を捨てて出てった若い連中もいるみたいだけど、愛着があってずっと住んでる人もいたからさ。ちょっとモンスター狩ってきて肉分けてあげますね、ってんじゃ焼け石に水。村の近くで食い物を手に入れる方法を探さなきゃ」
その点、マンジョッサバは救世主だ。赤道直下かってくらい暑いあの村の、カラカラに乾いた土地でも元気に育つ。しかもイモだから主食にもなってくれる。毒抜きさえできれば副菜にもデザートにもなる。マジですごい。
「実際、マンジョッサバが食えるって分かったお陰で村のじいちゃんばあちゃんはすごく喜んでくれたんだ。自分らは足腰弱ってて、もう隣の町なんて行けないからって。たまたま立ち寄っただけだけど、役に立ててよかったよ」
まあ、その後は村をあげての宴会が催され、村長に「村の救世主として代わりに村長になってくれ」「そうでなければ娘の婿に《結局将来の村長なので同じこと》」と放してもらえなくて、夜中にこっそり逃げ出す羽目になったのだが。
マンジョッサバの木が生えているのを見るといつも思い出すことだ。そう話しながらソースを作っていると、大人しく席に戻ったウルリケが「……ふうーん」と両手で頬杖をつきながら微笑んでいた。
「リューガさん、優しいねえ」
「そうか? 普通そんなもんだろ」
「うんうん、普通だねー」
「こら、大人を馬鹿にするな。これでも食べて静かに待ってなさい」
「はっ……今日のスコンはダブルベリージャム……!」
ウルリケのために量産しておいたスコーンを出した後、マンジョッサバのソースを作りに取り掛かる。
といっても、気合を入れて作るほどのものではない。例の村でマンジョッサバとは無関係に作られていたソースで、少し苦味のあるハーブと酸味のある木の実を潰して混ぜて熱し、潰したユリネギを混ぜるだけのごく単純なものだ。がしかし、味は独特。レモンか酢のような酸味があるような、しかしニンニク特有のねっとりとした味があるような、しかしそれだけではないような……と不思議な感じがする。おそらく、味をみて材料を当てられるひとはあまりいないだろう。
茹でたマンジョッサバを皿に移し、ソースをかけた。見た目はとろろイモのようなダイコンのような妙な白い塊だし、ソースも白いしで全体的に色がない。売り物として出すにはもうちょっと華がほしいな……。
「そんで、はい。マンジョッサバのユリネギソース」
まあ、とりあえず今はいいんだけど。コトンとカウンターに置くと、スコーンで機嫌をよくしていたウルリケが硬直した。じっとマンジョッサバを見つめたまま、ゴクリと緊張で喉を鳴らす。
「……リューガさん」
「あ、腹いっぱい?」
「……もし……もし私が死んだら、お姉ちゃんに……」
「信用しろ俺を! 大丈夫だって、毒は抜けてるから!」
しかし、今まで毒だと思ってたものをいきなり出されても食う気はしないよな……。
あんまり意味ないけど毒見するか、と俺が先に箸をつけようとしたとき「おはよー」とアンネさんがやってきた。
「あ、おはようございます」
「なんだ、ちょうどなにかできたのか?」
皮を剥いたマンジョッサバは初めて見るのだろう、アンネさんは興味津々に皿を覗きこんだ。
「おいしそうだな、食べていいか?」
「どうぞ」
「お姉ちゃん!」
「いいでしょ、半分残してあげるから」
「そうじゃなくて……」
まるで騙したようで申し訳ないが、もう毒はないので安心していただきたい。気まずそうに視線を泳がせるウルリケに対し、アンネさんは訝しげに眉を寄せつつ、ゆでたてのマンジョッサバを口に放り込んだ。
「ん、この食感……おいもか。いいな、ほくほくしてておいしい」
もぐもぐと口を動かすアンネさんを、ウルリケはガン見している。
「しかしこのソースは不思議な味だな……酸っぱいわけじゃないんだが……さっぱりしているというのとも違う。む、ユリネギを大量に使ってるな……」
「正解です、さすがアンネさん」
ぱちぱちと大袈裟に拍手したのだが、アンネさんはちょっと得意気だった。意外とちょろいぞ、アンネさん。
「で、これは何のイモなんだ? こんなに真っ白な、しかも馴染みのいい味のものは食べたことがないんだが……」
「……マンジョッサバだって」
ウルリケがそっと囁き、アンネさんはゴフッと勢いよく咳き込んだ。
「ごふっ……貴様、リューガ、私を殺す気か!?」
「大丈夫ですよ、毒は抜いてありますから」
「ゴホッ、ゴホゴホッ……なんだ、そういうことなら先に言え!」
「お姉ちゃん、マンジョッサバの毒抜きができるって知ってるの?」
水を差し出すと、アンネさんはそれを流し込んだ後で「ああ、少し前に偶然目にした張り紙があって」と咳をしながら頷いた。
「確か人探しだったかな。ある日ふらっとやってきた冒険者が、マンジョッサバの毒抜き方法を教えてくれて、お陰で村中が飢えを免れたが、お礼もできないままその冒険者はまた旅立っちゃったんだってな。毒抜き方法は書いてなかったけど、そういうことができるんだなと思ったから印象に残ってるんだ」
なんだと……。マンジョッサバを口に運ぶ途中で、うっかり落とすところだった。まさかその村って……。
「……その冒険者の特徴ってどんな感じだったの?」
「黒髪黒目の剣士で、男だったかな……。他にも書いてあったような気はするんだが、なにせ『娘の婿にきてください』って村長からその冒険者に向けたお願いが書いてあって、しかもその娘の似顔絵がずいぶん美人で……。こんな美人を宛がわれても人助けだけして颯爽といなくなる男がいるもんなんだなあと感心して、それ以外覚えてないんだ」
「ふうん、美人なお嫁さんかあ……。でもそれだけじゃどこの誰か分からないもんねえ。……ね、リューガさん」
「俺じゃないぞ!」
「そんなこと誰も言ってないよ。どこの誰か分からないね、リューガさん、って言っただけだよ」
「ああ、そうだな。黒髪黒目の剣士なんてどこにでもいるもんな!」
ひょいぱくひょいぱくとマンジョッサバを口に放り込んで誤魔化した。お礼は、村のおばあちゃん直伝のこのユリネギソースだけで充分だ。
※「マンジョッサバ」はキャッサバをモチーフにしていますが、本話記載の毒抜き方法はあくまで異世界の食べ物「マンジョッサバ」を対象としたものです。キャッサバを調理する際は専門サイトを充分にお調べください。




