16.毒に注意、マンジョッサバの半生食A
念のためお食事中は読まないでください。
次の村へ向かう途中、ぐうと腹が大きく鳴った。後ろからはズザンネも「お腹空いた……」と小さく呟く。俺は腹が鳴らなかったふりをして無言で歩き続けた。
最近、なにかがおかしい。木々の隙間から容赦なく降りそそぐ陽光を受けて、額に汗が滲む。俺の考えでは、一昨日にはこの森を抜けているはずだった。それなのに、このままでは今日も抜けられるか分からない。
道に迷ったわけではない。このあたりは乾燥した熱帯地域だが、それによる進みの悪さも関係ない。ただ、モンスターのレベルが格段に上がったように思う。
エクスの麓に辿りつくまでは、ヨーナスが先陣をきり、俺が軽くモンスターをいなして後ろに流し、ズザンネがサポートしつつ、後ろでボーッとしているリューガが後始末程度にちょいとやって終わっていた。つまり、軽くいなすだけでも致命傷を与えることができていた。しかし、エクスの麓から先に進み始めて以来そうはいかない。こんなに急にレベルが上がることも……あるかもしれないが、単純に硬い連中がいるだけか? そうかもしれない。ズザンネにもっと頑張ってもらわないと困る。
それよりいまの最大の問題は、食料が尽きたことだ。ぐううう、と大きく腹の音が鳴るが、腹に力をこめる元気もなかった。真夏の暑さが続いているうえ、もう丸一日以上、水以外口にできていないせいだ。最後に口にしたものだって、小麦粉を固めて焼いただけのようなパサパサのクッキーだ。
こういうとき、確かにリューガがいれば便利だった。そこらへんにあるものを採ってきて、ニンニク代わりのナントカとか、味噌代わりの豆となんかの水とかを出してきて保存しておいたオーク肉と一緒にスタミナ炒めを作るなんて言い出して……。
「クソッ余計に腹減った!」
悪態を口に出してしまった。合図にしたように、ぐうと後ろでも腹の鳴る音がする。
「ユスケールさん、まだ着かないんですかあ?」
メータが不機嫌そうに文句を言う。
「この程度なら三日もあれば抜けられるって言ったのはユスケールさんですよ。それなのにもう五日経つし、それなのに次の村にすら着かないし……だから迂回したほうがいいって言ったのに」
「うるさい!」
「なんですかその言い方! ユスケールさんのせいで食べるものすらなくなって、それでも我慢してたのに!」
「森を抜けられないことには仕方ないだろ! 大体、腹が減ってるならロック鳥から隠れないで倒して食えよ!」
「正気ですか? あんなの相手にしたら食料になるのは私達ですよ! 大体、ユスケールさんがちょっかいかけたせいで追いかけられたんですからね!」
仕方ないだろ、いきなりレベルが上がるなんて思ってもみなかったんだから。今までは、ズザンネがちょちょっと拘束すればリューガでも倒せる程度だったんだ。それと同じなら、俺なら一撃で討伐できると思うだろ。
それより、さすがに何か食わないとマズイ。何かないか、何かいないか、そう目を血走らせても、見つけられるのはせいぜいカエルかヘビくらい……。
「……あの葉っぱは」
いや、イモがある! 見覚えのある葉っぱを見つけて、俺は足を止めた。
「葉っぱ……?」
「あの横に大きく広がった葉っぱ……あれ、見たことがある。イモじゃないか?」
間違いない。俺は慌てて草をかきわけ、少し開けたところに、葉がうちわのように広がっている小さな木のもとへ近づいた。地面を掘ると――ほらやっぱり! ヤマイモとサツマイモの間のようなイモが出てきた。
「な、なんですかこれ……食べられるんですか……?」
「食べられます、食べられますよ!」
今にも食いつきそうなメータの後ろからズザンネが飛び出してきて、慌てて俺の隣も掘った。ここらは群生地なのだろう、イモの葉はそこかしこに生えていた。
「確かマンジョッサバというんです。立ち寄った村でわけてもらって、リューガさんが料理してくれたことがあります。ちょっとさっぱりしてておいしいんです!」
「よかった、一日……いやそれ以上ぶりの飯だ」
ヨーナスが2つ、3つ一気にイモを引き抜く。それでもまだまだ同じ木が生えているから、俺達で奪い合うようなことにはならない。ズザンネとメータはともかく、ヨーナスとは本気でやり合わないといけなくなるからな……。
イモをちぎって泥を擦って落としている俺達を前に、メータは「泥だらけ……汚そう……」と顔をしかめる。パーティに誘うときは上品な雰囲気でいいと思ったが、いざ旅立つと野営は不潔だの飯がマズイだの話が違うだの、お高く留まった文句ばかりだ。これだから世間知らずは……。
「これどうやって食べるんだっけ?」
「リューガは確か鍋で煮込んでいたように思うが……」
「イモだからな、ちょっと茹でて柔らかくしたほうがいいんだよ」
別に、リューガはなにも特別なことなんてやってない。異世界転移してきたからちょっと色々知ってたりできたりするように見えるだけで、ごく平凡なヤツだった。イモを茹でて柔らかくして食ったほうがいいことくらい、俺でも分かる。
「少し戻ったところに川があっただろ。そこで手早く調理して食べよう。もう腹ペコだ」
そうして川のほとりで泥を洗い落とし、皮ごとちょっと茹でた。調味料は塩しかないが仕方ない。
「なんか……おいしそうには見えないですよ。これ本当に食べられるんですか……?」
「お前はいつも文句ばかりだな、メータ。食べたくないならお前は次の村まで我慢していればいい」
まったく、うるさいヤツめ。白いマンジョッサバをかじると、しかし淡泊とおりこしてほとんど味がしない。ズザンネとヨーナスも無表情でモソモソとマンジョッサバをかじっている。空腹というスパイスも効果がないようだ。
でもとりあえず腹ごしらえをしなければ。そして今日こそこの森を抜けなければ。そう言い聞かせてマンジョッサバを食い続けた。
そうして久しぶりに食事をとり、休憩したところでそろそろ先に進もう――と立ち上がろうとしたとき、グラッと視界が揺れた。
「なん……なんだ……?」
なんだかめちゃくちゃ気分も悪いし、腹も痛い。暑さにやられたか……? 剣を杖代わりにして体を支えたところで、向かい側ではズザンネが「う……」と口を押えて蹲る。
「気持ち悪い……」
「……俺も……」
ヨーナスは体を引き摺るようにして茂みの中へ消えていく。メータも口を押えた。
「うげえっ」
まるで今食べたばかりのマンジョッサバを吐き出すように激しく嘔吐し、その隣でズザンネも嘔吐した。それを見たせいで、俺の胃からも嘔気が込み上げた。
阿鼻叫喚だった。どんなに出しても吐き気も腹痛も収まらないし、眩暈までする。周囲を見る余裕はなかったが、同じことが起こっているのは異臭で理解した。
今まで何度もマンジョッサバは食べてきたはずなのに、このマンジョッサバは食べられないヤツだったのか? それともこの暑さで腐ってたのか? それともよく似た全く別の食い物、いやもしかして体内に寄生するモンスターか……?
“コイツはすごいイモなんだよ。そもそもイモってすごいけどさ、中でもこれはすごい救荒作物で、適当に種を撒けばどこでも育つ! まあ、ちゃんと毒抜きしなきゃいけないんだけどな”
吐しゃ物の中に倒れた頭の中で、ぼんやりとリューガの声を思い出したが、もう遅かったし、大体毒抜きの方法なんて知らなかった。
メシ小説なので仔細は省きました。「キャッサバ」「毒」「症状」の検索結果が起きたと考えてください。