15.お手軽ご飯、ロック鳥のカオマンガイ③
肉厚なロック鳥のもも肉と、その脂がしっかりしみ込んだグライス。そのふたつを半分ずつ載せたところにスライストマトを載せ、アンネさんのもの以外にはコリアブム草を少々。そこにリークタレをかければ、完成である。
「はーい、炊き立てのロック鳥飯ですよー」
「わーい!」
ウルリケとアンネさんはいつもどおりカウンター、デニスのおっさんはカウンターの向こう側の四人席に一人で腰かけている。そして今日は俺もデニスのおっさんの向かい側で食う。
座りながらデニスのおっさんの前に皿を置くと、厳つい眉が不審物でも発見したように寄せられた。
「……なんだこの黒い液体は」
「刻んだリーク草と、魚介系の旨味などなどを合わせたタレです。グライスに味はしみていますけど、たまにタレと食べると味も変わっていいですよ」
「なんで米の横に肉があるんだ」
「まあ肉と炊いてるんで、もうこいつらは仲間っていうか……」
炊き込みご飯で小さい鶏肉だけ分けやしないだろっていうか……。でもそうか、ウルリケに言わせればデニスのおっさんはいつも米と肉の比率がおかしいらしいし、炊き込みご飯なんて食べないのかもな。
「大体、トマトなんぞサラダに入れるもんだろう」
「まあまあ、でもタレとかロック鳥の脂もついて悪いもんじゃないですし……」
じろじろと、デニスのおっさんはまだカオマンガイを見ている。『隻眼』スキルでなにか見抜けるのか? おいしさが5段階で見えるとか? いいな、俺もうっかり焼きすぎたりしないようにそのスキル欲しいな。
「ま、百聞は一見にしかずってことで。どうぞ!」
それより、冷めないうちにいただこう。グライスは日本米と違って粘り気が少なく、スプーンですくう感覚はどこかサラッとしている。ロック鳥の脂をまとってもそれは変わらない。まだ熱々のそれを、ちょっと冷まして口に運んだ。
「うーん、うまい」
ロック鳥のもも肉からしっかり出ただしが口の中に広がった。甘い日本米と食べるとくどいのかもしれないが、グライスにはこのくらい味がついていてもいい。一粒一粒がバラバラなせいか、一粒ずつがロック鳥の出汁に包まれているようだ。
次は、村のおばあちゃん自家製ナンプラーとリーク草その他もろもろのタレものせてグライスを口に運ぶ。醤油ともソースとも違う、この甘いようなしょっぱいような濃いたれがグライスにしみ込んだ鳥の味とよく合うのだ。
「わ、ほんとだ! さっきすっごい臭かったのに、このタレおいしい!」
「これは……食べた後は口が臭くなるとか……いやでもおいしい……」
まるで我慢できないかのようにアンネさんがたれつきグライスをかっこむ。アンネさん、ニンニク(ユリネギ)のにおいは気にしないのにな。
そしてこのたれは当然、ロック鳥にも合う。ところで、スプーンを入れるだけでもサクっときれいに肉がはがれるのだが、これは俺が『剣豪』だからなのか? とデニスのおっさんを見るとおっさんもサクサク切っていた。いやしかしオッサンは凄腕の戦士だし、アンネさんも剣士とウルリケを見ると、骨を持ってかじりついていた。結論は出なかったけど、結局最後は骨までしゃぶるから正解だぞ、ウルリケ。
「ん、たれが濃いぶん、トマトがあるとさっぱりしていいな」
「コリアブム草もちょっとあるとおいしいよ? トマトと合うし」
「だから私はいいって」
デニスのおっさんの皿をチラ見すると、コリアブム草もあわせてむしゃむしゃ食っていた。ところでおっさんはずっと無言なのだが……。
「……お味のほう、いかがですか?」
「…………」
無言だった。しかし、まるで心の声を代弁するように、ウルリケとアンネさんが「これいくらでも食べれちゃう」「グライスが飲み物のようだな」と答えた。
この手のおっさんって、無言は「うまい」って意味なんだよな……。それに、デニスのおっさんは食べる手を止めない。肉もトマトもご丁寧に順番に食べているし、ただ味付きグライスが気に入っているわけではなさそうだ。……つか減りが早い。アンネさんのいうとおりグライスは飲み物なのか?
そうして一番に食べ終えたデニスのおっさんは「……これは」実食後初めて喋った。
「はい、なんでしょう。あ、カオマンガイといいます」
「まだあるのか」
おいしかったんだな! デニスのおっさんはにこりともしなかったが、俺はにっこりである。
「どうぞ、まだまだありますよ」
「私も! おかわり!」
「私も」
「……まだまだはないかもしれません」
俺の晩飯はなくなったが、気に入ってもらってよかった。いい包丁ももらっちゃったことだしな。
おかわりも食べ終えた後、デニスのおっさんはオークばら肉の野菜汁のときと同じく「ごっそさん」とぶっきらぼうなお礼と共に席を立った。
「ありがとうございました、わざわざ来てもらって」
「あんなに嬉しそうにしてるのは久しぶりに見た」
「え?」
聞き返しても説明はしてくれず、おっさんはさっさと店を出る。お喋りしている姉妹を残して追いかけると、扉を閉めたところでおっさんはやっともう一度口を開いた。
「アンネとウルリケだ。あの姉妹があんなに嬉しそうに飯を食うのは久しぶりだった」
「そうなんですか?」
いつもおいしそうに食ってるし、なんなら舌もちゃんとしてるから食事にはうるさいタイプなんだと思っていたのだが。
でもデニスのおっさん――二人の父親の元パーティメンバーがそう言うということは。
「……ご両親が亡くなってから、あまり楽しく食事をとることはなかったんですか?」
「……年が離れてるからな」
……アンネさんとウルリケが? デニスのおっさんがあまりに口数少ないので、段々と脳内で補うことに慣れてきた。
「もともと、父親達が冒険に出るときはウルリケが泣いて、アンネが面倒を見とった。何回食事をすれば帰ってくる、いつもそう言い聞かせて食事をして、そんで帰ってきたら大喜びで一緒に食事をしとった」
「……冒険中に亡くなってしまったんですか?」
「父親は腕が悪いが、人がいいヤツだった。悪いパーティに騙されてな、母親ともども死んだ。そっから、アンネが剣士になってウルリケを育ててやったんだ。父親と違って腕は確かだったからな」
いや、多分そうじゃないな。『力業』スキルがあって、剣の才能もあっても、きっと自分がしっかりしなきゃいけないっていう義務感だ。天真爛漫なウルリケに比べて、アンネさんには謹厳実直というか……なんともいえない責任感が漂っているのだから。
しかし、それをデニスのおっさんが気にかけているということはやはり。
「……でも、デニスさんがパーティを抜けたから、アンネさん達のお父さんはお母さんに出会って、二人は生まれたわけでしょう?」
おっさんの鋭い目が珍しくちょっと間抜けに瞬いた。なんだ知ってたのか、とその口が小さく呟く。
「……俺もたらればを言うつもりはない。ただ、俺の目が黒いうちはあのふたりはうまい飯を食う義務がある。それだけだ」
「はは……責任重大ですね……」
この店をアンネさんがもらってくる前、食堂食堂とうるさく言われたし、あの二人はおいしい飯を食べられる場所をずっと探してたんだろうな。
「いい包丁もいただきましたし、精進しますよ」
「……お前さん、あのパーティを見捨てたいけ好かんヤツだと思っとったが、そうじゃなかったらしいな」
「いやだからそれは誤解ですって!」
大体、俺が他人を見捨てるような人間に見えるなんて心外だ! かくかくしかじかと改めて説明すると、デニスのおっさんは「なんだ」と一方の眉を吊り上げた。なんだ、話を聞けるんじゃないか、おっさん!
「お前さんのあのパーティを見てすぐ分かった、お前さんだけ明らかに実力が釣り合ってない。『剣豪』で押し切ってきたんだと誰が見ても思っただろうよ」
「当時の俺はそんなこと知らなかったんですけど、まあ、そういうことで」
「しかし、もう一人の剣士のほう、アイツは見るからに駄目だがやっぱり駄目だったな」
そうか? ユスケールはこの手の世界のことなら任せとけって感じだったが。
「ああいう実力を過信した手合いはな、その浅はかさゆえに痛い目を見るもんだ。よく知っとる、俺が昔にいたパーティもそうだった」
例の剣士がろくでもなかったせいで全滅したというあれか。
「だからお前さんも愛想が尽きたんだと思ったが。まあ、お前さんはそういうヤツじゃなかったな」
らしくなく饒舌に喋った後、デニスのおっさんは「そんじゃごっそさん」といつものトーンで締めくくり、俺に背を向けた。
しかし手を挙げてくれたので、おいしかったという意味だろう。満足する俺の後ろからは「リュー、ごめん皿割った!」というアンネさんの声が聞こえていた。




