14.お手軽ご飯、ロック鳥のカオマンガイ②
一度気になり始めると止まらなくなり、二人と話すことが思いつかなくなってしまった。そわそわしながら「炊けたかな?」と土鍋の前に立ってみたり、厨房をやたらきれいに拭いてみたり……として間を持たせていたが、だめだ。やっぱり気になる。
「そういえば、二人ってデニスさんと長い付き合いなのか?」
しまった、声が上ずった。二人は黒い目をそろってきゅるんと丸くした。
「長いけど、なんで?」
「おじさんに何か言われたのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、ほら、デニスさんってあんまり人と話すの見かけないし……でも二人とは本当に仲良さそうだし、たまに飯も一緒に食うっていうし……」
「まあ長い付き合いではあるよ、私達の父の幼馴染だったからね」
「え!?」
じゃあ……ウルリケが言ってた、デニスのおっさんのパーティメンバーで全滅したのって、もしかして二人の父親……? いや、ウルリケはデニスのおっさんのパーティ自体は知らなかったみたいだから、それは別か……。
「あの人がもともと有名なパーティに所属していた戦士だってことは知ってるか?」
「ああ、ウルリケから聞いたよ」
「もとは――といっても私達が生まれる遥か昔だけどね、父と一緒にパーティを組んでいたそうなんだ。でも、デニスさんは当時隆盛を極めていたパーティに引き抜かれてね。以来はあんまり会っていなかったそうだよ」
「ふーん……?」
「ウルリケなんてこの椅子より背が低かった頃に会ったきりだったからね」
アンネさんは自分の座っている椅子のあたりで手を動かした。チビリケということだな。
「久しぶりにデニスさんと会ったときなんて、ちょっと話しかけられただけで怖がって泣きだして」
「もー、お姉ちゃんもデニスのおじいちゃんも、いっつもその話する……。私はぜーんぜん覚えてないんだけどな」
両肘をつきながら、ウルリケはゆらゆらと頭を揺らす。まあ、チビリケから逆算した年齢を考えれば分からなくはない。
しかし、それだけでデニスのおっさんが二人にこだわるっていうのはどうにも釈然としない。首を傾げていると「ああ、勘違いするなよ」とアンネさんこそ多分勘違いをした。
「引き抜きのとき、デニスさんは渋ったんだけどね、うちの父が勧めたんだ。我が父親ながら剣の腕はからっきしでね、デニスさんの実力に見合わないメンバーだった」
「でも、お陰でお母さんに会えたんだよねー」
「そうそう、パーティを再編して加入したのが母だったんだ。といっても、母はメイジだったけどね」
「あ、そう、なんですか……」
過去形……。肝心なことは聞けなかったが、二人の話ぶりを聞く限り、おそらくもうご両親はいないのだろう。
デニスのおっさんが気にしているのは、このことか? 自分が他のパーティに行ったせいで、アンネさん達のご両親が亡くなったとか……。……やっぱり、これ以上は二人に聞かないほうがいいな。
「お姉ちゃんはお父さんの才能を引き継がなくてよかったよね。じゃなきゃ今頃くいっぱぐれてたよ、私達」
「そういえば、アンネさんにもスキルってあるんですか?」
少し気まずい気持ちもあったので、話題を変えるつもりで振ってみた。アンネさんは「ああ、私は『力業』だな」と頷く。……力業?
「……怪力ってことですか?」
「平たく言えばそうなる」
どうりで……。つい、アンネさんの剣をじとりと見てしまった。カウンター越しにも柄が見えるほどの大剣で、アンネさんはいつもそれを悠々と背負っている。ロック鳥の雛だってそうだ、雛っていっても15キロくらいはあったのに、アンネさんが担いでいるとそう重そうには見えなかった。
『剣豪』のスキルがある以上、俺がアンネさんに負けることはなさそうだが、おそらくこの大剣をブンブン振り回してモンスターを八つ裂きにしているのだろう。まったくもって頼もしいお姉さんだ。
「なんだその目は」
「いえ、納得しただけです。……ちなみにウルリケは?」
「私はねえ、『採集』。木の実の群生地見つけるの得意だよ」
ああ、いいねそういうの、和むね。ほわーんと花に包まれたような顔をしていると、アンネさんが「どうせ私は馬鹿力だよ」と口を尖らせた。
「どうせって、いいじゃないですか。アンネさん、剣士ですし」
「女が馬鹿力なんて可愛げがないだろう」
「え、別に関係ないですよ。それに、アンネさんを見て可愛くないなんて言う人いませんって」
ごく当然のことを言ったつもりだったのだけれど、アンネさんの頬に朱がさした。
その顔を見て――トマトを準備しなければいけないことを思い出した。脂のしみた米の合間に食べるとさっぱりしておいしいんだ、これが。
そして、カオマンガイといえばタイ料理、タイ料理といえば、パクチー。
「あ、コリアブム草だ」
「あ、これパクチーじゃないの?」
見た目も味も完全に同じなので、パクチーは異世界にも平然と生えているんだと感動したのだが。ウルリケは「コリアブム草だよ、なんか変な味でしょ?」と頷く。
「でもちょっと入れるとおいしいんだよね。トマトソースとか」
「お、分かってるな」
「私は好きじゃないから、もしご飯に載せるつもりなら抜いてくれ。苦くて臭くて何がいいのかさっぱり分からん」
「まあ、そういう人もいますよね」
ウルリケがこう言うのにアンネさんは嫌いということは、間違った食べ方(まるでレタスのようにむしゃむしゃ食うとか)をしているわけではないのだろう。パクチー改めコリアブム草とはそういうものではない。一時期めちゃくちゃ流行って山盛り載せてるヤツがいたが、これはちょっと載せればそれでいい、パセリと同じだ。
そうして残る準備をしつつ、二人と話しつつとしているうちに、ご飯もいい感じに炊けた。重たい鍋の蓋をとると、ほわーんと炊き込みご飯のいい匂いが充満する。ここまでいい匂いがすれば最早味がするといっても過言じゃないな! 料理酒とショウガと鳥ガラしか入れてないのにこんなにも味がするなんて、ロック鳥はすばらしい。後ろのウルリケも「あーん、おなかすいたー」と鳴いている。
「肉は……ちゃんと火が通ってるな。あとは……」
デニスさんがくればオッケー。そう口にする前に、今朝と全く同じノック音が響いて、デニスさんは戻ってきた。
文字が少なくてすみません、自転車操業なので許してください。
誤字脱字修正ありがとうございます。元データとあわせて修正するため少し時間が空くこともありますが、確認しております。