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13.お手軽ご飯、ロック鳥のカオマンガイ①

 大きな土鍋を取り出すと、アンネさんはまるで自分が働くかのように疲れた顔をした。


「ロック鳥を持ってきた私がいうのもなんだが、朝からロック鳥をさばいてスープを作って、そこにさらに随分大変な作業に出るんだな……」

「え、リューガさん、ロック鳥解体したの? そっちの道でも食べていけるじゃん!」

「デニスさんの包丁のお陰で。まあアンネさん、ご飯は簡単なんですよ」


 巨大な土鍋に、グライスとちょっと少な目の水をいれる。本当は鍋で調味料と一緒に茹でるほうがいいのだが、野営では鍋がひとつなので全部まとめてやることに慣れてしまった。

 ユリネギを刻んで潰して、ヘビヅルの根と、いま作ったばかりのスープを入れる。ここで忘れてはいけないのが、料理酒の実だ。

 そう、料理酒の実。小麦色の小さなプチプチした実で、わりと茎のしっかりした草の先端に成る。正式名称はほかにあるのだが、正式名称をつけられている草は緑色だそうだ。これは変異種らしい。コントラホースと呼ばれる馬がモグモグ食っていて、なんだか酒の匂いがするけど気のせいか……?と近寄ったところ、この実を発見したというわけだ。この実を潰すと料理酒が手に入る。

 これを知ったときは歓喜したね。ありったけの実を潰して汁を出しながら、心で拳を握りしめた。たまに「懐かしの和食が食べたい……」となったとき、料理酒がないとなんか足りない気がしてしまうのだ。なにか別のもので誤魔化そうとしても誤魔化しきれない。料理酒にしか出せないコクは確かにある。この実を手に入れたことで、その寂しさが埋まったのだ。

 問題は、この小さな実を収穫してきていちいち潰さなければならず、面倒くさいことだ。味噌といい、和食系の調味料は手に入れるのが少々面倒くさい。まるで外国にきたみたいだなと思ったけど、俺は異世界にいるんだった。

 そんなこんなで、料理酒の実を潰して出した液を土鍋に入れる。これでいわば炊き込みご飯の土台が完成だ。

 満を持して、ロック鳥のもも肉に登場していただこう。てっぷりとした綺麗なピンク色の肉は、おそらく1キロくらい。アンネさんはわりと食べるけどウルリケはめちゃくちゃ食うわけじゃないし、デニスのおっさんもおじいちゃんだし、4人で食うには少し多いかもしれないが……まあいいや、余ったら晩飯にしよう。


「ロック鳥の肉、ずいぶんぜいたくに使うんだな」


 ずっしり重たい肉に包丁を入れていると、アンネさんが少し腰を上げて覗きこんできた。アンネさんはたまに子どもっぽい仕草に出るところがある。


「雛とはいえそこそこ値は張るぞ」

「いやあ、自分でも狩れるんだと分かったらケチる理由がなくなっちゃって。それに、なんでも新鮮なうちが一番おいしいですからね。ここは出し惜しみせずに使っちゃおうと思いまして」


 肉に塩と胡椒を振って、さっきの土鍋に入れる。蓋をして火にかけて……。


「あとは沸騰した後に火加減を落として炊けば大丈夫です」

「……楽だな?」


 カウンターに向き直った俺に、アンネさんは拍子抜けした顔をした。巨大な土鍋を取り出したので何事かと思ったのだろう。ちなみにもちろん、炊飯器があればもっと楽だった。


「まあ、そうは言ってもタレも作るんですけどね。調味料もちょっと面倒だし……」

「リューガさん、いつも変わったもの使ってるもんね」

「さっきの、実をすりつぶすような作業なら手伝うが」


 アンネさんが腕まくりをするが、剣士の見た目でそれをされると殴りかかろうとしているようにしか見えない。


「いえ、大丈夫です。ちょっと手に入れるのが面倒なんですけど、もらったものの余りがあるんで」


 大事に密閉していた瓶を取り出し、ポンッと軽快な音と共に栓を抜く。

 途端、ウルリケとアンネさんはそろって「ウッ」と息を詰めた。


「くっさ!」


 うーん。やっぱり、食べ慣れてない人にとってナンプラーは臭いか。


「なにそれ……それご飯に使っちゃうの? リューガさんのご飯、おいしいのに?」

「私のぶんは抜いてくれ。頼む」


 ウルリケは鼻をつまんでいるし、アンネさんもその声を聞けば息を止めているのが丸わかりだ。悪いことしちゃったかな、と心で謝りながら、小さい片手鍋に注いだ。


「大丈夫ですよ。この状態だと独特の臭いがしますけど、不思議とタレにするとおいしいんで」

「そんなわけあるか! 一体なにでできてるんだ、それは!」

「簡単にいうと腐った魚です」

「腐ってるんじゃないか!」

「でも正確にいうと発酵した魚です」

「光ってるのか……?」

「それは発光です」


 おそるおそる瓶の中身を覗き込もうとしたアンネさんは、しかしすぐに顔を顔を引っ込め、そのまま体ごと後ろに仰け反った。どうやら息継ぎをしているらしい。


「発酵させなきゃいけないんで、手に入れるのに時間がかかるんですよ。だから俺が作ってるのはまだ全然調味料としては使えなくて。これはトリア海近くの村で分けてもらったんです」


 その村には、干潮時にだけ歩ける道を通った先に、神様を祀る祠があった。しかし、海辺にソウシャークという人食いザメが棲みついてしまったせいで、祠に行くことができなくなってしまっていたそうだ。それを退治したお礼に譲ってもらったのである。ちなみにフカヒレもおいしくいただいた。


「手間はいくらでもかければ済みますけど、時間は短縮できませんからね。親切な村の人でよかったです」

「どうでもいいから早く蓋をしてくれないか」

「あ、はい。でもそのうち慣れますよ」


 瓶を片付け、これまた同じ村でもらったオイスターソース代わりの調味料と砂糖とセセルミの油と……と必要なものを混ぜあわせて火にかける。それでもしばらくナンプラーの臭いが漂っていたせいで、ウルリケは鼻をつまみ、顔を梅干しのようにくしゃくしゃにしたままだし、アンネさんだってしかめっ面だった。

 ……そういえば、デニスのおっさんが言ってた、二人に飯を食わせてやれってなんなんだ?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・トリア海近くの村で分けてもらったんです 一応はリアルの西洋に似た文化圏の様ですが、そういうのが有りますか。 リアルの西洋の食文化にもアンチョビが有りますし、古代ローマでは魚醤が使わ…
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