12.手間が大事、ロック鳥ガラスープ④
もしかしてこの世界では剣術の意味が違うのだろうか? 異世界でも普通に会話できててよかったー!なんて思ってたけど、そういえば同じ国の中でもある地域で「蟻」を指す単語が別の地域だと「鳥」になるって聞いたことがあるぞ……。まさかここでもそうなのか? もしかして今までにも俺はミスコミュニケーションを発生させていたのか?
なんて色々な心配が頭の中を駆け巡っていたのだが、アンネさんは「なんだその顔は。『剣豪』なんだからもっと喜べ」と顔をしかめながらカウンターにつく。
「……その『剣豪』の意味が……よく分からないんですけど……?」
「だから言ってるじゃないか、剣術の達人だよ。『剣豪』が剣を振るえば、あらゆるものは泥を斬るかのごとし、繰り出される斬撃は強弱も含めて正確無比。パーティに一人いれば安全は保障されたようなものだな」
泥を斬るかのごとし、それはロック鳥を解体するときにまさしく感じたものだ。でも今まで感じたことはなかったし、シュタールドラゴンの爪包丁のお陰だと思うのだが……。
「弘法筆を選ばずとは言うが、もちろん武器相応の限界はあるだろう。自覚がなかったというのなら、どうせ鈍を使ってたんじゃないか?」
「まあ、安物ではありましたけど……」
こっちに来たばっかりで金もなにもないとき、職業登録のオマケでもらった剣を短く打ち直してもらったものだったからなあ。
「しかしリュー、アンタ『剣豪』って自覚もないのにシュタールドラゴンの爪でできた包丁を使おうとしたのか」
「『剣豪』じゃないと使えないんですか?」
「シュタールドラゴンは知ってるだろう?」
「もちろんです。戦ったことはありませんけど」
というか、戦っていたらここにはいないだろう。冒険中に聞いたことがあった、シュタールドラゴンの巣があると知らずにうっかり洞窟に入ろうとしてしまい、その爪で無残に切り刻まれるしかなかったパーティがいたと……。デニスのおっさんが言ったとおり、その爪はどんな剣も叩き折る強度を誇るし、剣圧ならぬ爪圧だけで体が吹っ飛ぶのだ。
「強い武器さえあれば能力がなくても先に進めるなんて、この世界はそんな都合のいいようにはできてないんだよ。シュタールドラゴンの爪で打った剣――まあリューの場合は包丁だけど、そんなものを扱うには相応の剣の腕が必要なんだ。『剣豪』でなければうっかり腕を斬っていただろうな」
「そんな危ないもの渡されてたんですか!?」
妖刀みたいなもんじゃないか! 手入れしたばかりの肉包丁から慌てて距離を取った。つかそれを平然と打ってるデニスのおっさんもスゲェ。
「だから私は見守っていたじゃないか。万が一リューの腕が千切れたらすぐにプリーストを呼ぼうと待機していた」
「腕が千切れた後にすることじゃなくて千切れないためにすることを考えてくださいよ!」
「万が一だ。デニスのおじさんは君を『剣豪』と判断したわけだろう? あの人の『隻眼』に狂いはない」
「万が一でも腕が千切れたら困ります!」
しかしそうか、俺は『剣豪』だったのか。確かに、前の世界にいたときよりも上手く包丁を扱えるようになったとは思っていた。しかし、安物とはいえモンスターを斬るような世界だとベースの出来が違うのかとか、実はモンスターは斬りやすいのかとか考えて、でもどれもよく分からず、どっかに辻褄合わせがあるんだろうとあまり考えないようにしていたのだ。
それが『剣豪』……。巨大寸胴鍋からアクをとりながら、俺は強く拳を握りしめた。
「つまり……俺は好きなだけ美味い飯を作って食えるってことですね!」
「『剣豪』の話だが?」
「もちろん『剣豪』の話ですよ!」
そりゃ、絶対に利益が出る経営スキルとか、どんな料理も美味くなる料理人スキルとか、店を開くならもっといいスキルはあったかもしれない。でも俺は、美味い飯を作って、それを食べる人の嬉しそうな顔を見てのんびり暮らせれば満足だ。それになによりここは異世界、モンスターの解体には特別な技術もいるし、美味い肉はときにその調達が命がけ。
それが『剣豪』なら! 喜びで頬が緩みそうになるのを堪えた。
「肉も魚も好きなだけさばけるし、美味い肉を食いたくなったら自分で狩りに行ってもいい! いまはアンネさんに食材を持ってきてもらっていますけど、アンネさんに頼ってばかりもいられませんし。ね!」
「私は私で討伐依頼をこなしているだけだし、私もおいしいご飯は食べたいし、食材提供はついでだ。しかしリュー、アンタは本当に欲のない人間だな」
欲にまみれて飯を作って食べているので、それは否定しかねる。
「『剣豪』の称号さえあれば色んなパーティから引っ張りだこ、必然報酬も弾まれる。雇われの剣士にでもなれば一財産築けるぞ」
「忙しいのはあんまり好きじゃないんで。お金も普通に暮らしていけるぶんがあれば大丈夫ですし。……つまり経営難に陥ったら稼ぎに出ればいい……? いやそれは店の経営者としてどうなんだ……?」
ブツブツと呟く俺に、アンネさんは「そういうところが欲がないっていうんだ」とどこか呆れた顔をしていた。
なんて他愛ないことを話しながら数時間、寸胴鍋の中身をこすと、透き通った小麦色のスープが手に入った。うーん、ロック鳥の脂が染み出たいい香りがする。これに刻んだリーク草を入れるだけでおいしく飲めそうだ。……飲もう。
「アンネさん、飯ってほどじゃありませんけど、とりあえずスープでもどうですか。ロック鳥の骨からとったスープですよ」
「ああ、ありがとう。今朝は寒くてね」
俺はカウンターの内側、アンネさんはカウンターの外側の椅子に座り、ちょっと背の高い蕎麦猪口みたいな器からスープを啜る。
……うまい。スープでほっこり暖まった息を吐き出した。懐かしい鶏ガラの味なのだが、その深みというかなんというか、とにかく味の繊細さが顆粒を入れて作るのとは段違いだ。野営ではこんなことをする時間なんてなかったが、一度この味を知ってしまうと戻れない。アンネさんも、その大きな目を一層大きくしながら水面を見つめる。
「これは……すごく味が濃いというべきなのか? いや、というよりも獣臭さがないというべきだな。まったく雑味がない、見た目のとおり透き通った味だ」
「この手のは手間を惜しまずにやればやるほどおいしくなりますからね。次は根菜と一緒に煮込んでもいいなあ……」
もうすぐ冬もくるし、温かいスープなんて毎日あっても悪いもんじゃないしな。
「ところで、今日はウルリケは?」
「今朝の討伐は私個人で行ったものだからね。書置きはしておきたから、そのうち店に来るんじゃないか」
アンネさんがそう話してすぐ、ウルリケは「おいしそーうな匂いがするー!」と叫びながら扉を開けて入ってきた。ロック鳥ガラスープはお気に召したようでジュースみたいに飲んでいたが、それはそれとして、本日の飯づくりはこれからである。
あまりにもカオマンガイを食べないのとだしをとっているのとで、タイトルを変更しました。




