11.手間が大事、ロック鳥ガラスープ③
「え?」
「包丁がほしかったんじゃないのか」
「いやそれはもちろんそうですけど!」
怪訝そうな顔をしたいのはこっちだ!
「これは……あの、一体どういうことですか……?」
「お前さんにやる」
「え? その話なら一度保留に――」
「金はいらん。ただし条件がある」
なに? どういうことだ? 目を白黒させる俺の前で、デニスのおっさんは包丁を手に取った。柄は木でできていて現代にもありそうな見た目だが、刃だけは違う。店内の薄暗い明かりでも陽光を反射しているかのように強く、しかし品のある輝き方をしている。
「シュタールドラゴンの爪でできている、斬れない肉はないはずだ。刃こぼれもせん。肉包丁としてはこれ以上ない素材で――」
「ま、待ってください!」
だから順を追って話してくれ! 分かったのは、やたら高級な素材を使って一級品の肉包丁をくれたということだけだ。
「いただけるのはありがたいんですけど、理由がないというか……やっぱり価値があるものにはお金を払わせてもらってなんぼですし、タダでもらうわけには」
「条件があると言っただろう、タダとは言っとらん」
「……というのは」
使った素材をとってこいとか……? シュタールドラゴンなんて棲み処まで行くだけでも一苦労なのに、その爪を取ってくるなんて決死の覚悟が必要とまで言われる。パーティを組んでいない俺が一人で手に入れることなんてできるのか……? ゴクリと生唾を飲みこんだ俺の前で。
「メンテナンスを他所にやらせんこと。それからアンネとウルリケの姉妹にいい飯を食わせてやることだ」
……デニスのおっさんは妙な条件を提示した。
「……なんでアンネさんとウルリケなんですか?」
「リュー、もう起きてるのか?」
しかも当の本人(一方だけ)が現れた。しかもその背中には、体のサイズの倍を優に超えるロック鳥(の多分雛)を担いでいた。
「あ、どうもおはようございます……」
「デニスのおじさんまで。……なんだリュー、結局デニスのおじさんに作ってもらったのか」
いやその話は終わっていないのだが。そう口を挟む間もなく、アンネさんは、うんうんと満足気に頷く。店に入りながらロック鳥の雛が椅子やら机にぶつかった。
「デニスのおじさんの剣といえば折れにくいし、八百回斬ってもその切れ味が落ちないと言われるんだ。いい包丁を手に入れたな」
「いやその……」
「ところで、見てのとおりロック鳥の雛を討伐した帰りなんだが」
足を持ったまま、アンネさんは俺の前に獲物を掲げてみせた。その羽は成鳥と違ってくすんだ茶色だが、サイズだけは既に立派なものだ。このサイズなら内臓以外の可食部は7キロをくだらないだろう。というかこのサイズのロック鳥の雛を悠々と担いでくるアンネさん、見かけによらず力持ちだな……。しかも夜明け前に働いてたなんて。
「リューのことだから、どうせこれもおいしく食べられるんじゃないかと思って。ちょうどいいから昼食を依頼しにきた」
「それはもちろん構いませんけど……」
「邪魔をした」
「え、ちょっと待ってください、デニスさん!」
デニスのおっさん、本当にこんな高級品をしれっと置いて帰るつもりか! 咄嗟に引き留めてしまったが、この調子だと「金は要らん」を繰り返されるだけに違いない。なにか話せることは――と考え、ロック鳥が目に入った。
「包丁をいただくのにさきほどの条件はもちろんなんですけど、お礼にこのロック鳥とグライスの飯を食いませんか!」
デニスのおっさんの眉が興味ありげに動いた。ウルリケのいうとおり、本当に米が好きなんだな。
「……ロック鳥をさばくのか」
……いや、ロック鳥が好きなのか?
「はい。よろしければ早速この包丁を使わせてもらって」
さっと木箱ごと包丁を手に取ると、アンネさんは驚いて包丁とデニスのおっさんを見比べた。
「おじさん、これシュタールドラゴンの爪じゃないか? こんなもの――」
「分かった。ただし、さばく様子も見せてもらう」
いや、自分の作った業物の出来栄えを確認したいんだな!
「もちろん大丈夫です。ただ、飯ができるのは昼になると思いますけど……」
「構わん、さばく様子だけ見て出直そう」
そういうことならと、二人を解体場に案内した。この店のいいところは、わりと設備の整った解体場が厨房裏にあることだ。解体台は巨大なモンスターを置くのに申し分ない大きさと強度だし、何よりポタリークラブのハサミが設置されているので、強力な水圧で洗い流すことができる。パーティにいる間はいちいち道具を補充しなければならないし、初めてアンネさん達に料理を振る舞ったときも広場の傍にある簡易な調理場を借りるしかなく、後片付けが大変だった。そんな面倒くささがないのはありがたい。
「さて、まず頸を……」
解体台にロック鳥を載せ、デニスのおっさんからもらったシュタールドラゴンの爪包丁を手に取った――瞬間に驚いた。木でできた柄は、びっくりするほど手に馴染みがいい。これなら余計な力を入れずに簡単に解体できる。
実際、頸を落とす瞬間は、まるで泥団子を斬ったかのように軽やかだった。しかも狙いを定めやすい。皮に切り込みを入れるのも、余計な部分を傷つけることなくぴたりと必要充分な厚みだけが切れる。頭や爪を落とし、もも肉に胸肉……と切り離していく作業が、プロの動画を早送りしているかのように滑らかだった。
「すげえ……包丁が違うだけでこんなに違うのか……!」
確かに、刺身包丁を買ったときは感動したもんな。普通の包丁でも魚はさばけると思っていたし、実際なんとかなってはいたが、一度使った後はなんて無駄な時間を過ごしていたんだと衝撃を受けたのだ。
「デニスさん、この包丁すっごく使いやすいですね! おいしい飯作りますね!」
目を輝かせながら振り向くと、デニスのおっさんは満足気に頷いていたが、アンネさんがビミョーな顔をしていた。もしかして解体がグロかったかな。血もドバドバ出てるしな。
「アンネさん、外で待ってていいですよ?」
「……いや。よく見せてもらう」
無理しなくてもいいのに。でもアンネさんなら「これも修行」とか言いそうだな。好きにさせておこう。
そうして、無事に最低限の時間でロック鳥の雛をさばき終えた。これなら鶏ガラ(いやロック鳥ガラ……?)のスープを作る時間もある。
処理を終えた後は最初にスープの準備に取り掛かる。ロック鳥ガラは大変ご立派で、汚れを落としながら既にワクワクしてしまった。湯引きしてしっかり汚れを落とした後、ヘビヅルの根 (こっちのショウガ)の欠片とリーク草(こっちの長ネギ)と一緒に寸胴鍋に入れ、水を入れた後に火にかける。プカ……と浮いているロック鳥の頭蓋骨と目が合ったのでそっと目を逸らした。
「しかし、こんだけ肉があっても食いきれないな……しばらく鶏肉ばっかり食うことになるし、冷凍焼けしても悲しいし……。アンネさん、余った肉どうします? 他の店に売ってもらうのが無駄にならないでいいかと思うんですけど。……アンネさん?」
アンネさんはどこか呆然としている。もう一度呼びかけるとハッと我に返ったような顔になり「ああ、そうだな、うん、食い尽くそう」全然話を聞いていないことが分かった。
「そうじゃなくて、食いきれないから売ってきたほうがいいんじゃないですかって話ですよ」
「……そうか。うん、そうだな」
ブリザードホースの蹄と一緒に肉を入れたボックスを差し出すと、アンネさんは豪快に肩に載せて受け取りつつ、しみじみと頷いた。
「……確かに『剣豪』だ」
「なんですっけ、それ?」
「上手く使えるようだな」
あ、思い出した、デニスのおっさんに言われた妙な称号だ。しかしデニスのおっさんは説明する気などなさそうに俺に背を向けた。
「昼の鐘が鳴ったら戻ってくる」
「あ、はい。包丁、ありがとうございました!」
「私も肉を売ってくる。雛鳥でも高値がつくからな、懐が潤うよ」
アンネさんには『剣豪』の話を聞きたかったのだが、揃って出て行ってしまった。引き留めようにも、背後では寸胴鍋に入れたロック鳥ガラのスープが沸騰し始めた。
ヤバイヤバイ。慌ててせっせとアクを取る。ここで丁寧にアクを取るかどうかで味が全ッ然違うんだよな。
アクを取りきった後は火を弱くし、アクが出てきたら取って、水も適宜足して、というのを繰り返す。地味で時間がかかる作業だ。あとなにより腹が減る。ロック鳥ガラスープのラーメンが食いたくなってきた。オーク肉でチャーシューを作って、ロック鳥の味玉ものせて、異世界親子ラーメンとか……。
腹が減ったなあ、とチビチビ適当なパンを摘まんで繋いでいるうちに、アンネさんだけが戻ってきた。予想よりもさらに高く売れたらしく、その手には重たそうな巾着袋を持っていた。
「さばき方がいいってことで相場より高く買い取ってもらえたよ。『剣豪』の無駄遣いとも思えたが、意外と適材適所なのかもな」
「さっきも聞こうと思ってたんですけど、『剣豪』って結局なんなんですか?」
「その名のとおり、剣術の達人だよ」
「はい?」
飯炊き係は不要と言われてパーティを追放された元名ばかり剣士の現無職が“剣術の達人”?




