10.手間が大事、ロック鳥ガラスープ②
また邪魔できない仕事中だよ……。どうもタイミングが合わないなと肩を落としたのだが、なんとウルリケは「デニスのおじいちゃーん」と声を張り上げた。
「おいウルリケ、仕事中だろ!」
「いいのいいの、だって声かけないとなーんにも食べないでずっと仕事しちゃうんだから。デニスのおじいちゃーん、朝ごはん食べたー?」
デニスのおっさんは無言だった。ほら言わんこっちゃないと思ったが、しばらく待っているとその手を止め、その腰をあげた。
「食べた」
「そうなの? でもお腹空いてない? リューガさんがスコン作ってくれたから持ってきたよ」
無言で振り向いたその目がじろっとスコーンの入った袋を睨んでいたせいで、ヒッと俺の心臓が飛び上がった。ウルリケのいう『隻眼』スキルで俺のスコーンが素人の菓子だってことがバレたり……してしまうのだろうか。いやそもそも革の袋に入ってるけど、透視できるのか?
「……なんだ、すこんってのは」
髪から眉まで真っ白な厳ついオッサンのいう「すこん」にちょっと和んだ自分がいた。かわいいな、すこん。
「リューガさんが焼いてくれたんだよ。バターと卵と……なんだっけ? なんか色々で作るふわふわの甘いもの! これをね、こっちのハナイチゴのジャムと一緒に食べるとおーいしかったの!」
今まさに食ってるみたいな顔で、ウルリケが頬に手を添える。よしよし、また焼いてやるからな、スコン。
なんてウルリケを見て癒されていたのに「また妙なもんをこしらえたもんだな」と渋い声で言われて現実に戻された。スコン似合わない顔だな! 俺も似合うわけじゃないけど。
「デニスさん、先日は急な依頼をすみませんでした。あの件なんですけど、まあ、ちょっと自分なりに改めて考えて――」
「まあまあ、リューガさんも、固い話はいいから、ねっ。とりあえずおやつにしよ!」
ほらほらとウルリケは勝手に皿やら小さいナイフやらを持ってきてテーブルの上に置いた。慣れた様子だったので、一緒によく飯を食っているというのは本当なのだろう。ウルリケがいてくれてよかった。
でもデニスのおっさんと一緒に何かを食うことになるとは思ってもみなかった。しかも俺が焼いたスコーンと俺が煮詰めたジャム。ウルリケがいそいそと座るのを見守りつつ、デニスのおっさんの様子をうかがっていると、その鋭い目がしばらくテーブルを見た(睨んだ?)後、静かに手袋やらなにやらを外し始めた。
食うのか……、スコン……。じっと見守っていると「ほらリューガさんも一緒に食べようよ」と服の裾を引っ張られてしまったので、おそるおそるウルリケの隣に座った.デニスのおっさんは目の前に座っている。
「じゃ、朝のおやつにいただきまーす!」
元気よく手を合わせたウルリケは、ためらいなくたっぷりジャムを載せてスコーンを頬張る。焼きたてのときほどサクふわではないはずだが、今日もハムスターのようにたっぷり頬張って「おいしーい」と零す。ついでにスコーンの粉もぽろぽろ零れているのでそっと布を差し出した。
で、デニスのおっさんは……とチラ見すると、まだ手はつけずにいた。しばらくジロジロ観察した後で、グローブかってくらいデカい手でちょんとスコーンを摘まむ。
「あ、甘いものが苦手でなければジャムをつけたほうがおいしいです。これ単体だと淡泊なので」
こっちの世界の卵と牛乳は、もとの世界のものよりも淡泊で、だからもとの世界と全く同じ分量でお菓子を作るとちょっと物足りなくなる。初めて食べたときは「なんか味薄いなあ」とさえ思った。いまはすっかり慣れたのだが。
デニスのおっさんは無言でジャムにも手を伸ばす。例によって、その手の中にあると普通のナイフがバターナイフに見えた。
そして遂に食べた。一口で食ってしまえそうだったのに、半分齧って無言で口を動かし続けている。これは……ウマイのか、マズイのか……?
緊張する俺の隣では、ウルリケが2個目のスコーンを食べながら「いくらでも食べれちゃう」と緊張感ない欲望を垂れ流している。
「うっ……でも食べたらなくなっちゃう……でも食べたい……でも食べたらなくなっちゃう……!」
自然の摂理もとき始めた。
「……俺の食うか?」
「いいの!?」
ぱあっと明るくなった顔は「あっでもリューガさんが作ったのにそのリューガさんからとるわけには……」と迷いをみせ「いいよ、すぐ作れるし」「ありがとう!」一瞬でもとの笑顔に戻った。
「待て」
「え?」
それを思いがけない方向から制止されて跳び上がりそうになった。
なにか気に食わない味がしたのか……ジャイアント・セファロータスなんて食うもんじゃないとか……? ビクビクしている胸を押さえていると、デニスのおっさんはゆっくりと席を離れた。そして戻ってきたときには小瓶を持っていた。なに?
「オーランジェのジャムも合うだろう」
「ありがとー!」
なに? ウルリケが小瓶からいそいそとオレンジ色のジャムを取り出してスコーンに塗る、その姿を見ながら、俺の頭は「?」でいっぱいだった。なにが起こった?
「あっ……どうしよう……サッパリしたジャムと甘いジャム……交互に永遠に食べれちゃう……どうしよう!」
ウルリケは、欠片も「どうしよう」じゃなさそうな顔でスコーンを食っている。デニスのおっさんは、俺が持ってきたハナイチゴのジャムばっかりつけてスコーンを食っている。なんだこれ?
「ごっそさん」
そんで、食い終わったらオークの野菜汁と同じノリで席を立った。なんだったんだこれ?
「デニスのおじいちゃん、また仕事するの? おやつの時間くらいゆっくりすればいいのに」
「今日は姉さんはどうした」
「お姉ちゃんは今日は別のパーティの助っ人に呼ばれてるの」
「たまには油を売ってないで早く帰れ」
「はあーい。じゃ、リューガさん、帰ろ! スコンおいしかったし、お腹いっぱいだし!」
「あ、ああ……。す、すみません、お邪魔しました……」
なんだこの状況は? デニスのおっさんはもうこっちに背を向けて仕事の続きを始めているし、ウルリケは帰る準備をしているしで、俺もつられて店を出て――帰っている途中で「あっ!」と声を上げた。
「包丁の話、何もしてねえ!」
おっさんにジャムもらってスコーン食っただけだ! いや俺は食ってないけど。
ウルリケも「あ、忘れてたね!」とすっとぼける。そうだよな、スコーンをたらふく食ってご機嫌で他のことなんて吹っ飛ぶよな。包丁が本題だったんだけどな。
「でも大丈夫だよ、デニスのおじいちゃん、スコン気に入ってたし」
「あれのどこが?」
「ほら言ったじゃん、デニスのおじいちゃん、お米ばっかり食べる人なんだよ。ご飯はぜーんぶお米とセット。だからスコンだけ食べたってことは気に入ったんだよ」
「そうかなあ……」
和食一択のじいさんだってまんじゅうと米は食べないだろ?
しかし、ここで戻って「ところで包丁の件ですが」と言うわけにはいかない。うーん、と俺は頭を抱える羽目になった。また仕切り直しだ。次もスコーンだと芸がないし、ウルリケから好みも聞いたことだし、手土産にしては変だけどグライスを使った飯を作るか……。
なんて肩を落としたその日の、次の早朝のことだった。ドンドンと少し乱暴なノック音で起こされ、びっくりして椅子から転げ落ちそうになった。金がないのでベッドもなく、椅子をくっつけてベッドの代わりにしていたのだ。
「だ、誰だ……? アンネさんはノックしないし、ウルリケはなんか叫ぶし……」
まさか強盗か? そうだよな、盗賊っているもんな、町でも出る可能性あるよな。しかも白昼堂々どころか朝っぱらから……!
店の隅に置きっぱなしだった剣を手に取り、扉に向けて構える。金目のものはないけど、アンネさんが手に入れてくれた店を荒らされるわけにはいかない。
扉の向こう側には大きな影が見えた。角みたいなものが生えているから、人型のモンスターか? しかしノックをするということは相当知能も高いはず……。
ゴクリと緊張で喉を鳴らせば、ガタッと扉が揺れ――。
「いるなら開けんか」
「うわッ!」
デニスのおっさんが現れた。角だと思っていたものは、おっさんが背負っている荷物の影だったらしい。脅かしやがって!
おっさんはじろじろ俺を眺める。慌てて剣を後ろに隠すと、フンと鼻を鳴らして机の上に木箱を置いた。なに?
「……あのすみません、なにか……?」
「メンテナンスは他所にやらせるな」
何の話? おそるおそる机の上を見ていると、デニスのおっさんが箱の蓋を開けた。中に入っていたのは――銀色に輝く肉包丁だった。
ストーリー部分も進むのでいつまでもカオマンガイを食べていませんが、次々々回くらいで食べる予定です。元気になったので明日も更新します(しばらく毎日更新に戻れる見込みです)。




