好きな子の名前をそのままペンネームにした俺、無事作家になって告白したら、ペンネームを変えさせられた
ペンネーム。それは作家の抗い難い本能を呼び覚ます。主人公やヒロインの名前以上に作家の思い入れが現れる戦場。あるものは恥ずかしさにのたうちまわり、あるものは残酷なあいうえお順を知る。
作家名、思春期あるある。
好きな子の名前の一部を、切り取って一文字使ってしまう。
オーケー、まだ致命傷で済む。あの頃は若かったと。
しかし。
フルネーム使っちゃいました。えへへ、どうせネットの端っこの売れない弱小web小説だし。フハハ、彼女のSNSに行こうとしたものよ、俺のweb小説に阻まれろ。
ざまぁみろ。
ーーと思っていたのですが、困ったことに困ったちゃん。
「書籍化ですか?」
のこのことメールのやり取りをしながら、どうせペンネームなんて変えてもいいよね、と出版社の人と話していると、『ダメ』と言われました。
まぁ、確かに、ごくごく一般的な女性の名前だし、変える理由がない。これが、放送禁止用語のような名前や有名な犯罪者の名前だったら、変えられただろうが、やはり検索力を落とすと売り上げにも影響するだろう。
ペンネームが、好きな子の名前と同じになりました。
という事故はあったわけだけど、男子高校生作家という肩書きを得て、バイト以外で初めて稼いだ金銭を得た俺は調子にのっていた。たかが、50万円いかずの印税に、テンションだけがマックスだった。
だから、そう、爽快に、告白イベントをしてしまったのだ。
「神崎由絓俐ちゃん、俺と付き合ってください」
学校から少し離れた公園。夕暮れに染まる中で、俺は告ハラをしていた。デートゼロ、メールのやり取りゼローーイコール関わりゼロ。
唐突なモブのボクの意味不明な告白イベント発生。
乙女ゲーだったら好感度上げた憶えないのにー、だ。イケメンじゃないから許されない。
結果、案の定、お断りされた。
お友達からという優しさもなく。
「ごめんね、そういうのは、ちょっと……」とやんわりとチャンスがないことを告げられた。
それでも、こういう恋愛を引きずるタイプではない。一時の過ち。ペンネームにまでして作家にまでなってしまったケジメ的な部分も多かった。男子、告白もせずに青春を終えるなってね。
自己憐憫をしながらも、僕は告白の季節を過ぎたはずだった。
でもーー。
きっかけは些細なことだった。
「神崎由絓俐」
先生が教室でそう言った時。
「「はい」」
あっ、なんで僕、返事しちゃってるの。打ち合わせを何回も重ねたせいで、反応してしまった。
これが3回もあった。神崎さんの僕を見る目が胡乱げだった。
そしてかぜの噂が流れる。
僕はペンネームの下にあるプロフィール欄に、自分の高校名や生年月日を記載していた。
迂闊。あまりにも、ウカツッ!!
「ゆかり、小説書いてんのー」
「え、書いてないよ。別人だって」
「でも、高校も年齢も名前もピッタシッ」
「こんなのフィクションと一緒でしょ。適当に書いたのよ、どうせ。それがたまたま偶然、わたしと同じになっただけ。ほら血液型は違うし」
「そうなの?」
「わたし、ABだし」
クラスの女子の会話に耳を傾けるモブ男子。
そろそろ、やべーわっと僕でも分かってきた。
出版社の人に、実在するクラスメイトの実名です、と正直に言って変えるべきだった。陰キャ的なコミュ症で言い出せなかったけど。
そして事件は起きた。
作家にはサイン会という空しい作業がある。ああ、申し訳程度の一回だけの弱小作家のサイン会だよ。
行列のできないサイン会。もう誰でもいいから、俺のサインを欲しがってくれ。出版社様、サクラとかいませんか。
拷問ですか、これ。
まだ、4人にしかサインしてませんが。これ、あと2時間いないとダメですか。もう帰ってよくないですか。転売ヤー、今なら歓迎してやる。くれてやるぞ、超希少な新人作家サイン本を。希少性が価値を生むかは、未来の俺の執筆力次第。
俺はガックシと肩を下ろして、椅子に座って、机の真っ白な姿に己を重ねていた。燃え尽きたぜ、書いていた頃より。
「サイン、もらえますか」
女の子の声がした。俺はパッと背筋を戻して、ファンに好印象を与えようとーー。
「あっ……神崎さん」
あはは、ファンじゃなかった。犯人を探しにきた探偵でした。ごめんなさい、勝手にペンネームに使って。代わりに、今からでも新しいサインのデザインの権利を与えてもいいよ。まだ四枚しか書いてないから。
「神崎先生、サインもらえますか?」
はいはい。
書きます。書きますから。
そんな感情の薄い普通の目で見つめてこないで。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
破かないでね。イラついていても。
あとで、いくらでも罰を受けます。
「もう一枚もらえますか。担任の教師も欲しがっていたので」
それ、神崎さんのサインであって、神崎由絓俐という名の女ペンネーム男じゃないよね、きっと。
思えば、ユカリちゃんなんて名前で小説書いたのか、俺。はっず。てか、女子だと思ってきたけど男子で、サインもらうのやめた勢がいそうだな。
チャッチャとサインをもう一枚追加して手渡した。
後日。公園。告白して惨敗した公園。
「ごめんなさい。出来心だったんです。ほんと、まさか書籍化するなんて思ってなくて、しかもペンネームも変えることができなくてーー」
「勝手に人の本名をペンネームに使うのはよくないって思わなかったの」
「ゲームの主人公に好きな子の名前をつけるぐらいの感覚でした」
「まぁ、いいや。それでペンネーム変えてくれる」
「はいはい。それはもう、お好きなように。あなた様の思いのままに」
「じゃあ、これで」
神崎さんが、ペンネームの代案を示す。ルーズリーフに書かれていたペンネームとサインのデザインは……。
「これ名字を俺の名字にしただけだよね」
「あんまり変えすぎるのも問題でしょ。自分の名字を使いなさい」
「……でも」
これだと、結婚して名前が変わったみたいな……。
「わたし、自分の名前気に入ってるんだ。もっと大作家になって、残してね」
うん、勘違いしないでおこう。
婉曲な告白だなんて思わないようにしよう。
某文学賞受賞式。パートナーの話になった。
「お二人の出会いは?」
「お恥ずかしいことですが、僕が彼女の実名をペンネームにしてしまって、それがバレまして、それがキッカケですね。何度も振られましたね。それこそ小説の応募以上に」