第80話
なぜ、長井さんが驚いているのだろうか。まるちゃんはただ、自分の苗字を言っただけだというのに。
「……なるほど。予想外だったが、やはり、か。ありがとうまるちゃん。助かったよ」
父さんはそう言って、まるちゃんに礼を言った。これのなにが、捜査に役立つのだろうか。
「ま、まるちゃん……。それ、本当、なの?」
「うん!いまみずまる、って言ってたもん」
長井さんは未だに信じられないようで、まるちゃんに確認をとっていた。その確認に対して、まるちゃんは頷いて自らのフルネームを告げる。
「そ、そんな……。だって……」
長井さんはそう呟いて、まるちゃんから後退りながら離れた。すると、父さんが手帳にメモを取ってから手帳を閉じて、その手帳をしまった。
「貴重な証言を聞くことができました。ありがとうございます。では、失礼します」
「あ……。は、はい……」
父さんがそう言って頭を下げると、長井さんが辛うじてそう反応した。父さんはそのまま玄関から出ようとしたが、一度足を止めて俺の方を向く。
「……まるちゃんにパパと呼ばれているようだが、まるちゃんを守っていくつもりなのか?」
「……ああ。俺が守るよ。まるちゃんも、美保も」
俺が父さんにそう告げると、父さんはしばらく俺とまるちゃん、そして美保の三人を見ていた。すると父さんはフッ、と笑って、俺に語りかけてくる。
「そう決めたなら、守れよ信護。例え、どんなことがあっても」
「もちろん」
父さんの言葉に、俺は深く頷いた。守ると誓ったのだから、当然だ。
俺の返事を聞いた父さんは、満足そうに頷いた。そして、俺たちに別れを告げてくる。
「じゃあ、また家でな。信護」
「うん。頑張って、父さん」
「まるちゃんも美保ちゃんも、また今度」
「うん!バイバイ!」
「えっ、あっ、はいっ……!また……!」
父さんの別れの挨拶に、まるちゃんと美保がそう返した。まるちゃんは笑って手を振っていたが、美保は驚いたようだ。
そんな美保をチラリと見てみると、顔が少し赤くなっている気がする。なぜなのかが気になったが、まるちゃんが俺に質問してきたので俺の疑問は霧散した。
「ねえねえパパ。パパのパパって、何て呼べばいいの?」
「え?それは……。おじいちゃんとか、じいじとかじゃないか?」
「じいじ!じいじ、バイバイ!」
俺がパパのパパについての説明をすると、まるちゃんが俺の父さんをじいじと呼んだ。確かに、まるちゃんの言っていることは正しい。正しいのだが……。
「あ、ああ……。また、な……」
父さんは顔を少し顰めながら、そう返した。まさかこの年で、じいじと呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
父さんはまだ40代後半なのだ。流石にじいじと呼ばれるには、まだ早い年齢であると言えよう。
俺たちの別れの言葉を聞いた父さんは、玄関の扉を開ける。そして一礼してから、療心学園から去っていった。
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