第8話
「な、なんで、斎藤がここに……!?」
「うっ……。そ、それは、その……」
俺がそう問うと、歯切れが悪そうに返してきた。どうやら、答えたくないようだ。
「姉ちゃん、このお兄ちゃんのこと知ってるの?」
「え、う、うん。まあ、ね」
「そうなの!?なんでなんで!?」
「え、えっと、同じ学校で同じクラスというか……」
子供たちに俺のことについて聞かれた斎藤は、狼狽えながらもクラスメートであることを説明していく。そんな斎藤を見て、またもや若い女性が助け船を出してくれた。
「はいはい。美保ちゃんへの質問は後にして、まずは手を洗わなきゃねー。ほらほら」
そうやって子供たちを、洗面所へと誘導した。そんな様子を見て、ふうと息を吐いた斎藤だったが、正直俺も息を吐きかけた。子供の元気さには、圧倒されてしまう。
だが、一人だけ洗面所の方に向かわず、俺の方に近づいてくる子供がいた。その子供は、俺のことを睨みつけるように見てきている。
「お前、姉ちゃんの何なんだよ?」
「……は?いや、何なんだと言われても……。友達だが」
本当に、そうとしか答えられない。それ以上のことは全くないのだから。だが、その男の子は納得できなかったようで、更に詰め寄ってくる。
「ふんっ!どうせ、友達とか言っときながら、狙って――!」
「はいはいはーい!純也君も早く行ってねー!」
「ちょっ、まっ!くっ!」
「美保ちゃん。悪いけど、小田さんをまるちゃんの所に連れて行ってあげて。クラスメートなんでしょ?」
そう言い残して、純也君といわれた少年と、職員の若い女性は消えていった。残された俺と斎藤は、気まずい雰囲気になる。何を話したらいいのか分からない。
「……そ、その、取り合えず、大人用の洗面所に案内するね?その後、まるちゃんの所に向かうから」
「お、おう。分かった」
少しの間お互い黙ったままだったが、斎藤がその沈黙を破った。俺は斎藤の言われた通りに、斎藤と横並びで洗面所に向かって歩き出す。
歩きながら、俺は迷っていた。今、斎藤に疑問をぶつけていいのかを。気になって仕方がないのだが、斎藤に嫌な気持ちになってほしくない。
「……聞かないの?私が、なんでここにいるのか?」
「えっ!い、いや……。気になってはいるが……。無理には聞かないし、聞けねえ」
「そっか。やっぱり、小田君は優しいよね。まるちゃんも助けたんでしょ?……私ね、この療心学園で生活してるの」
斎藤から、薄々察していた事実が告げられた。しかし、察していても驚いてしまう。まさか、斎藤が児童養護施設で生活していたとは。
「そうか。詳しくは、聞かないことにしとく」
「……ありがとう。学校の誰にも、言ってないの。だから――」
「秘密にしてほしいんだろ?大丈夫。誰にも言わない」
斎藤が言い切る前に、俺はそう返した。どんな理由があるのか知らないが、斎藤を困らせることはしたくない。
「……うん。本当に、ありがとう」
斎藤はそう、感謝の言葉を微笑んで言ってくれた。その微笑みはあまりにも魅力的で、思わず見惚れてしまうほどだった。
俺は赤くなりそうな顔を斎藤に見せないように、斎藤から顔を逸らす。そんな俺を、斎藤は疑問に思ったのか俺の顔を覗き込んできた。
「どうしたの?何かあった?」
「い、いや……。な、何も……」
斎藤に見惚れていた、なんて言えるはずもなく、俺は誤魔化すことしかできなかった。斎藤は未だ訝しげに俺を見ていたが、一応納得してくれたらしく俺から視線を外す。
「大丈夫ならいいけど……。取り合えず、洗面所に着いたよ」
「お、おお。ありがとう」
俺から視線から外したのは、洗面所に着いたからだったらしい。俺は斎藤の言葉に頷いて、右側の蛇口を使う。
すると、斎藤は左側の蛇口で手を洗い始めた。斎藤も外から来たのだから、当然の行動だ。
「……よし。じゃあ、まるちゃんの所に行こっか。付いて来て、小田君」
「ああ。分かった」
斎藤が、お互いに手を洗い終えてからそう声をかけてきた。俺は斎藤の言うことに頷き、再び横並びになる。そして、当初の目的であるまるちゃんの元へと向かって歩き始めた。
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