第38話
「初めて失った親族は、ひいおばあちゃん。私が生まれた年に余命宣告を受けて、私が1歳の時に死んじゃったの。だから、思い出がほとんどなくて」
美保がまず話してくれたのは、ひいおばあちゃんが亡くなった話だった。だが、それぐらい普通ではないだろうか。
俺も生まれた時はひいおばあちゃんは生きていたようだが、俺が4歳の時に亡くなった為、思い出もそんなにあるわけじゃない。辛い話というのはこれではなく、ここから先だと思う。
「俺も、曾祖父母の思い出何て、ほとんどないぞ。そんなもんなんじゃないか?」
「うん。これは、ね。でも、次に失ったのが、私の家族なの」
「家族、って……」
「お父さんにお母さん、それに妹。私以外全員、死んじゃったの」
「っ!?」
俺の想像を絶するほどの重い事実が、美保の口から語られた。この言い方的に、その全員を一斉に失ったのだろう。
あまりのことに、俺はすぐに言葉を返すことができない。だが、思考は回っていた。
一斉に家族が亡くなるなんて、事故としか考えられない。まさか、黒い猫のぬいぐるみの尻尾が焦げてるのは……。
「……火事、か?」
俺は猫のぬいぐるみを見てから、美保の方を向いてそう言った。すると美保は驚きながら、俺の言葉に反応する。
「すごいね。うん。その通りだよ。私が小学校に入学する前の5歳の時、家が火事になったの。それで、私以外死んじゃって……」
「……美保は、助かったんだな」
「うん。運よく、ね。その時、唯一持ってこれたのが、この黒い猫のぬいぐるみなの」
「だから、尻尾が焦げてるんだな……」
俺は黒い猫のぬいぐるみを指差して、そう指摘した。それ以外に、焦げた理由が見当たらない。
「そうだよ。その時に、尻尾が焦げちゃったの」
美保が頷いて、俺の指摘に肯定した。美保は黒い猫のぬいぐるみを持って、尻尾を俺に見せてくる。
それにしても5歳、か。俺にも5歳の時に、火事を見た記憶がある。俺の家に燃え移りはしなかったが、1棟だけではなく何棟かは燃えていたはずだ。
……まさか、その火事なのだろうか。死者も出たとは、聞いていたが……。
「……その火事って、ここの近く、か?」
「え?そ、そうだけど……。なんでそんなことを……?」
「じゃあ、俺も知っているし、見たことがある。俺の家には、燃え移らなかったけど……」
「……そっか。そういえば信護君の家、ここの近くだったね。じゃあ、小さい頃に会ったことあるかもね?」
「……でも、その後から療心学園にいたわけじゃないよな?だって、小学校にいなかったし……」
俺はそう、美保に尋ねる。同じ小学校に通っていたのなら、俺は美保のことをそのころから知っているはずだ。
だが、俺は美保のことを中学になるまで知らなかった。つまり中学までは、この療心学園にいなかったことになる。
「うん。その後は、おじいちゃんとおばあちゃんの所で暮らしてたの。ここからは大分離れてるから、小学校が違うのは当然だね」
「そう、か。それで、そこから……?」
俺は美保に、話の続きを促した。これで終わりではないはずだ。なぜなら、まだ療心学園までたどり着いていない。
「私が小学2年生の時におじいちゃんが、小学3年生の時におばあちゃんが亡くなったの」
「それは、病気で?」
「そうだよ。悪化しちゃって、ね。その後は、叔父さんの所で暮らすようになったんだけど……」
「だけど……?」
「その家族も、私が中学入試に合格してすぐに、車の事故で死んじゃったの……。私は車に乗ってなかったから、何もなくて……。これで、親族全員が、亡くなっちゃったの……」
また、美保だけ死なずに生き残ったってわけか……。それで、合格した中学に近い児童養護施設である、この療心学園に来たのだろうか。
「そこから、療心学園に……?」
「うん。そういうことだよ。これが、私が療心学園に来ることになった理由で、私の過去。に、なる、かな……」
美保はそう言い終えて、顔をまた下に向けた。下にも向けたくなるだろう。俺も視線を少し、下へと向けてしまう。
美保が話してくれた美保の過去は、それほど重いものだった。親族全員が死んでしまって、自分だけが生きている。
その辛さは、その悲しみは、俺なんかには想像もつかない。当時はもっと辛くて、もっと悲しかったのだろう。
そんな美保に、俺は何ができるのか。何を言ってやれるのか。何を与えてやれるのか。
そんなことを考えて思考を巡らせるが、その答えは、すぐに出てくるものではない。美保が言い終えてからしばらくの間、美保の部屋は静寂に包まれることになった。
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