第21話
「あれ?お兄ちゃん今日も出ていくの?」
「ああ。ちょっとな。じゃあ、行ってくる」
「うん。行ってらっしゃーい」
5月5日の朝、俺は市菜に別れを告げて家から出る。向かうのは、療心学園だ。
結局、今日の朝になっても斎藤から今日何をするのか、どこへ行くのかは全く聞かされなかった。お楽しみ、と言っていたのだから当たり前かもしれないが。
駅を超えて、療心学園に着く。俺は最初に来た時と同じように、インターホンを押した。
『はい。児童養護施設療心学園です』
「あ、すいません。小田なんですけど……」
『あ、はいはい!すぐに開けますね~!美保ちゃーん!まるちゃーん!パパが来てくれたよ~!』
『「ちょっ!?」』
そんな声が聞こえて、音声がブツッと切れる。恐らく、最後に俺と声が被ったのは斎藤だ。
そして、俺たちを照れさせたのは長井さんだろう。声に聞き覚えがあったし、あんな風にからかってくるのはパパママ呼びのことを知っている長井さんぐらいだ。
パパ、ママと家族(仮)以外の人から呼ばれるのは、自分で言うより恥ずかしい。まるちゃんから呼ばれるのは嬉しいんだが……。
すると、療心学園の扉が開いた。俺はそこに長井さんがいると思っていたのだが、いたのは斎藤とまるちゃんだった。
「パパ~!会いたかった~!」
「お、おうまるちゃん。俺も会いたかったぞ」
「あ、あはは……。一昨日ぶりだね。おはよう小田君」
「ああ。おはよう斎藤」
まるちゃん、斎藤と挨拶を交わした俺は、扉をくぐって療心学園の中へと入る。靴を脱いで上がると、そこには長井さんがいた。
「来てくれてありがとう。小田君。まるちゃんも美保ちゃんも、君のこと待ち望んでたよ~」
「な、長井さん!もう!そんなことないから!」
「うん!ずっとパパに会いたかったの!」
「ふふっ。そうだよね~まるちゃん」
顔を赤くして抗議する斎藤に対して、まるちゃんは嬉しそうに肯定する。そんなまるちゃんの頭を、長井さんはニコニコしながら撫でた。
まるちゃんが待ち望んでいたのは、分かるし嬉しい。だが、斎藤は一昨日会ったばかりだし、そんなことはないんじゃ……。
「ねえママ?ママは、パパに会いたくなかったの……?」
「……え?」
「だって、そんなことないって……」
まるちゃんが涙目になりながら、斎藤にそう問いかける。斎藤が俺を待ち望んでいたということを否定したのが、まるちゃんには悲しかったようだ。
俺は斎藤の方を見て、すぐにまるちゃんを安心させるように目配せする。まるちゃんが泣いている姿を、俺は見たくない。
そしてそれは、斎藤も同じのはずだ。斎藤は俺の視線に気づき、頷いてくれる。どうやら、伝わったようだ。
「ごめんねまるちゃん。ママはまるちゃんよりパパと会ってるから、待ち遠しいわけではなかったの。でも、会いたくないなんてありえないよ。私たち、家族だもんね」
「……うん!ママ!」
斎藤の言葉に、まるちゃんが頷いて斎藤に抱き着いた。そしてまるちゃんは俺に手招きしてくる。
「ほら!パパも!」
「えっ!あ、ああ。分かった」
俺も加わるように言われて少し驚いたが、まるちゃんに言われては断れない。まるちゃんを不安に出来ないし……。
諦めた俺は、斎藤とまるちゃん、妻(仮)と娘(仮)を抱いた。二人の温もりが、俺に伝わってくる。
長井さんは俺たちを、ニヤニヤとしながら見ていた。そんな長井さんなど見えていないまるちゃんは、パパとママである俺と斎藤に甘えてくる。
「えへへ~。パパ~、ママ~」
「パ、パパ……?」
聞き覚えのある声が、俺の耳に聞こえてくる。その方を見ると、初めて療心学園に来た時に詰め寄って来た男の子がいた。名前は確か――。
「あ……。じゅ、純也君……?」
そうだ。純也君だ。斎藤の言葉で思い出した。斎藤を狙ってるとかどうとか言われた気がする。
その純也君は、俺たちを呆然とした様子で見てきていた。そして、涙目になった純也君は、俺のことを涙目のまま睨みつけて来た。
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