第3話
改札を通ってホームに着いた俺たちは、特急ひだが到着するのを待っている。岐阜駅は特急ひだの始発駅ではないので、こうやってホームで待たなければならない。
だがまあ、荷物が多いわけでもないし、そこまで苦ではない。他の部活は知らないが、俺たち文芸部はパソコン、スマホ一台あれば書くことが出来るからだ。
それでも合宿を行うのは、モチベーションの向上という意味もあるが、大部分が思い出作りだろう。まさに青春という感じがして、とてもいいと思う。
「楽しみだね~。私、初めてなんだ~」
「ああ。俺も何気に初めてだな。飛騨高山に行くのは」
隣に立つ橋本が声をかけてきたので、俺は頷いてそう返した。同じ岐阜県内ではあるのだが、なんだかんだ飛騨高山には行く機会がなかったのだ。
「そうなんだ~!じゃあ、初めて同士、だね~」
「ま、まあ、そうなんだが……」
橋本がそう言いながら、俺との距離を少し詰めてきた。俺はそんな橋本に返事をしながらも、体を少し橋本から引いてしまう。
というか、言い方……!初めて同士、という言い方は、誤解を生みかねないのでよろしくない。
現に後ろから感じる二人分の視線が、また鋭くなったような気がする。するとそんな時に、特急ひだがやってきた。
俺たちが待つホームに特急ひだが停車して、ドアが自動で開かれる。俺たちはそのドアから特急ひだに乗り込んでいき、貰った切符に書かれている座席番号に各々が座った。
当然、俺の隣には橋本が座る。こうして全員が席に着くと、特急ひだがゆっくりと発進し始めた。
窓から外を見ていると、どんどん岐阜駅から離れていく。特急ひだが一定の速度まで上がって安定し始めた時、隣に座る橋本が俺の肩をポンポンとたたいてきた。
「ん?どうした?」
「早速だけど、飴舐めたいなぁ~」
「ああ。飴な。分かった」
橋本にそう言われたので、俺はコンビニで買ったミルク飴の袋を開封する。そして空いた袋の口を、橋本に向けた。
「ありがとう~」
橋本はそこから、ミルク飴が入った小さな袋を2つ取り出した。そしてピリッと音を鳴らせて、その内の1つからミルク飴を取り出して口に入れる。
「う~ん!美味しい~!小田君も食べる~?」
「そうだな。貰うよ」
「おっけ~」
俺が橋本の問いに頷くと、橋本はすでに取り出していたもう一つを開けた。ミルク飴を手に取った橋本は、それを俺に向けてきた。
「はい、あ~ん」
「……え?」
そんな橋本の行動に、俺はフリーズしてしまった。今までこんなことを、橋本からされたことなどなかったからだ。
「食べないの~?」
「い、いや、貰うけど……。別に手渡しでも――」
「じゃあ食べてよ~。あ~ん」
「うっ……」
橋本の雰囲気的に、断れるものではなさそうだと思った俺であったが、そう簡単にできるような行為でもない。そんな風に躊躇ってから、俺は橋本の手にあるミルク飴を口に入れてもらった。
「あ、あーん……」
「どう~?美味しいでしょ~?」
「あ、ああ。美味い、な……」
俺は頬を少し赤くしながら、橋本にそう返した。実際は、あまりミルク飴の味を感じることができていない。
おかしいな……。橋本は、誰にでもこんなことをするタイプじゃなかったはずなんだが……。
チラリと通路を挟んで反対側にある席に視線を向けると、頬を膨らませた今野と視線を鋭くさせた河合がいた。俺はすぐに、その二人から視線を逸らす為に顔を窓側に向ける。
そうすると必然的に、橋本からも視線を外すことになった。それを恥ずかしがっていると捉えたのか、橋本は俺の頬を指でツンツンとしてからかってくる。
「どうしたの~?あっ、もしかして、恥ずかしかった~?」
「う、うるさいな……」
恥ずかしかったのも事実なので、俺は強く言い返すことができない。そうしている間にも、どんどん視線がきつくなってくるのを感じる。
俺は橋本に困惑を、そしてこの合宿に一抹の不安を抱く。そんな俺の思いとは裏腹に、特急ひだは順調に高山へ向かって走り続けていた。
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カクヨムの方で新作を公開しました。
『異世界の俺と入れ替わる~勉強ができるだけの高校生の俺と、実力隠しの学園最強魔術師のオレ~』です。
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