第60話
「じゅ、純也君のお母さんは、俺が呼んだんです」
純也君のお母さんの疑いを晴らすために、俺は長井さんにそう言った。そんな俺の言葉を聞いた長井さんは、眉をひそめる。
「なんで小田君が、純也君のお母さんの連絡先を知ってるの?」
「そ、それはその……。色々、ありまして……。端的に言えば、道で会ったとしか……」
正直、これ以上どう説明すればいいのか分からないので、俺はそのまま長井さんに伝えた。長井さんはふう、と息を吐いてから、俺にもう一度質問をする。
「……じゃあ、純也君に危害を加える存在じゃないのね?」
「も、もちろんです!純也君を心配して、来てくれたんですから」
「そう……」
俺の説明によって純也君のお母さんへの疑いが晴れたのか、長井さんが頷いてくれた。そんな長井さんは純也君の方に向き直り、純也君に手を差し出す。
「さあ、帰りましょ?皆、待ってるから」
「うっ……」
長井さんから差し出された左手を、純也君はすぐには握らなかった。やはりまだ、葛藤しているのだろう。
お母さんのところに戻るのか、療心学園に戻るのか。どちらも、選べない状態なのだ。
「純也君?」
「純也……」
長井さんとお母さんからそう名前を呼ばれた純也君は、2人を交互に見て顔を歪める。こればかりは純也君本人が決めることだが、その手伝いを出来ないだろうか。
そう思った俺は、純也君の方に近づいて目線を合わせる。それから、純也君に語りかけた。
「純也君」
「な、なんだよ……」
「純也君は、どっちの居場所に帰りたい?」
俺がド直球にそう聞くと、純也君は更に顔を歪ませる。そして泣きながら、俺に本音をぶつけてくれた。
「分かんねえよ!療心学園は、居場所になってくれた……!けど、母さんが俺と一緒にいたいって、言ってくれた……!どっちも……どっちも、俺の居場所でいてほしい!」
「うん。それでいいと思う」
「……え?」
俺が純也君の本音を肯定すると、純也君は顔を上げてそんな声を出した。俺はそんな純也君に向かって、微笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「別に、居場所が2つあってもいいと、俺は思う。療心学園だって、お母さんとの家だって、どっちも純也君にとってかけがえのない、大切な居場所だ」
「あ……」
「だから今決めるのは、今日はどっちに帰るのかだけだ。別に帰らなかった方が、居場所じゃなくなるなんてことじゃない」
「っ……!」
俺の言葉を聞いた純也君は、顔を俯かせてから自らの腕で涙を拭く。そして、自分のお母さんの方へと体を向けた。
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