第41話
美保がこの部屋から出て行ってからしばらくの間、俺とまるちゃんは二人ともその場に立ち尽くしたままだった。だが、まるちゃんが不意に、俺の袖をギュッと掴んでくる。
「お姉ちゃんが泣いちゃったの、まるのせい……?」
「……いや。まるちゃんのせいではないと思うぞ。妃奈子ちゃんが泣き始めたのは、テレビを見てからだし」
そう。まるちゃんのせいだという事は、絶対にないと言い切れる。妃奈子ちゃんはテレビで流れていた叩かれているシーンを見て、泣き始めたのだろうから。
叩かれているシーンというところから、薄々ではあるが見えてくる。恐らく、妃奈子ちゃんの何らかのトラウマを刺激してしまったのではないだろうか。
妃奈子ちゃんもまた、過去に何かあってこの療心学園に住んでいるのだ。その過去にあったことが、叩かれているシーンというところから見えてくるのである。
恐らく妃奈子ちゃんは、親から日常的に暴力を与えられた、もしくは見せられたことがあるのではないだろうか。一言で言えば、虐待であろう。
その可能性を考えたところで、俺は手を拳にして歯を食いしばる。とても悔しかったからだ。
許せない、という気持ちは、まだわいてこない。それが真実だと聞いたわけじゃないからだろう。
ただ今は、ひたすらに悔しかった。さっき自分が、妃奈子ちゃんのために何も出来なかったことが。
「パパ……。お姉ちゃん、大丈夫だよね?また遊んで、くれるよね?戻ってきて、くれるよね?」
まるちゃんは不安そうに、俺にそう尋ねてきた。実際、まるちゃんは不安なのだろう。
まるちゃんからすれば、戻ってこなかった両親を思い出してしまい、不安に感じてしまうのだと思う。俺はそんなまるちゃんを安心させるように、微笑みを浮かべながらまるちゃんの頭を撫でた。
「……ああ。大丈夫だ。妃奈子ちゃんは、戻ってきてくれるよ。テレビを見るまでは、楽しそうだっただろ?」
「……うん」
俺の言葉に頷きながら返事をしてくれたまるちゃんは、さっきよりは顔色が良くなっていた。そんなまるちゃんの様子を見て少し安心していると、この部屋の扉が開かれる。
「あ……。ママ……」
まるちゃんが呟いた通り、そこには美保が立っていた。だが、その腕の中にはもう妃奈子ちゃんはいない。
ベッドに寝かしつけてきたのだろうか。だが、妃奈子ちゃんがどうなったのかを聞く前に、まずは美保にこう言わなければ。
「……おかえり、美保」
「うん。ただいま。信護君」
俺が美保にそう告げると、美保も微笑みを浮かべながら返事をしてくれた。ここから、妃奈子ちゃんのことを聞いていけばいい。
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