第36話
「す、すいません……。お見苦しいところを、見せてしまって……」
「い、いえ。大丈夫ですから」
玄関について靴を履いた俺に、純也君のお母さんが謝ってきた。俺はそんな純也君のお母さんに向かって、そう返事をする。
あれからしばらくの間、純也君のお母さんは泣き続けた。俺はその間、待っていることしか出来なかったが、それでよかったのだろう。
純也君のお母さんの顔色は、間違いなくよくなっていた。少しだけでも、スッキリしてくれただろうか。
「あの、今日は本当にありがとうございました……。連絡先まで交換していただいて……」
「気にしないでください。純也君に何かあれば、必ず連絡しますので」
ここに来る前に、純也君のお母さんと連絡先を交換しておいた。純也君の事について、すぐに連絡できるようにである。
「……お願いします。あの、この恩は必ず……」
「いや、だから、気にしないでください。俺がやりたくてやっただけなので。それに、これからですから」
未だに謝ってくる純也君のお母さんを制した俺は、玄関のドアノブに手をかける。そしてゆっくりと、そのドアを開いた。
「……本当に、ありがとうございます。純也の事、よろしくお願いします」
「はい。じゃあ、また会いましょう」
俺は純也君のお母さんに別れを告げて、自分の家に向かって歩いて行く。そんな俺が見えなくなるまで、純也君のお母さんは見送ってくれた。
やはり、本当は優しい人なのだろう。だからこそ、その罪を償ってほしいと強く思う。
先程までいたアパートが見えなくなり、知っている道に出る。この道を真っすぐ行けば、療心学園があるはずだ。
そして、その先には駅が、更に先に俺の家が待っている。いくら連絡を入れたとはいえ、家に早く返った方がいいだろう。
俺は少し歩くスピードを速め、その道を真っすぐ進んで行く。すると、療心学園が見えてきた。
療心学園の前を通過する時、ニット帽にマスク、サングラスをつけた男とすれ違った。その風貌に、俺はチラリとその人を見てしまう。
あんな恰好をしていては、不審者と間違えられても仕方ないのではないだろうか。顔を隠したいようにしか思えない。
しかし、人のファッションに口出しをするのは違う。怪しい動きをしているわけでもないし、ここはスルーしておくべきだろう。
俺は特に何の問題もなくその男とすれ違い、療心学園を通り過ぎる。あの男もまた、俺のことなど気にも留めずに歩いて行った。
俺には何の問題もなかったが、不審者に見えることに変わりはない。一応明日、長井さんにこのことを言っておくか。
俺はそんなことを考えながら、駅に向かって歩いて行く。そして俺はその駅を通り過ぎて、家に向かって歩き続けた。
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