第34話
「私が純也を生んだのは、25歳の時でした。当時の私は、無事に生まれた純也を見て、当時の夫と一緒に喜びました」
「当時、ですか……?」
俺が引っかかったのは、当時という言葉だった。それではまるで、今はそうではない、というような言い方ではないだろうか。
「ええ……。純也が生まれてからしばらくは、仲のいい家族で暮らしていくことができました。……ですがある時、夫の不倫が発覚したんです」
「っ……!」
純也君のお母さんが放った言葉に、俺は何も言えなくなる。ということは、もうすでに旦那さんとは……。
「夫とはその後、離婚しました。そして私の手元には、純也だけが残りました。この時から少しづつ、私はおかしくなっていってしまったのだと思います……」
「おかしく、なった?」
俺は純也君のお母さんが言った言葉を、オウム返ししてしまう。そして恐らく、ここらかが純也君のお母さんに何かしらの問題があったのだろう。
「はい……。夫がいなくなり、私は純也を一人で育てていかなければいけなくなりました。仕事をして、お金を稼いで、家に帰ってくるのが遅くなっていきました」
「それが、何か原因に?」
「……次第に、純也の事を気にする余裕が、なくなっていったんです。それは、年を重ねるごとにひどくなってしまいました。今思えば間違いなくネグレクトをしていたのだと思います……」
「ネグレクト、ですか……?」
ネグレクトについて、言葉を聞いたことがあるぐらいで詳しく知らなかった俺は、思わず問いかけてしまう。児童虐待であることは分かるが、どのようなことがネグレクトに当たるのだろうか。
「はい……。部屋の掃除もおろそかでしたし、食事も満足に与えれていなかったかもしれません……」
「あ……」
ネグレクトとは、そういうことをいうらしい。確かにそれは、間違いなく虐待ということになるだろう。
「仕事のストレスの上に、子育て。私は、耐え切れませんでした。その時に子育ての相談をして、自分の愚かさに気付いたんです」
「……それで、純也君を、児童養護施設に?」
「……そうです。今でも、思います。純也を気にかけていたら、ちゃんと育てていたら、と……。これが、私の罪と後悔です」
純也のお母さんの話を聞き終えた俺は、しばらく言葉を出すことができない。純也君のお母さんに何と告げればいいか、分からなかったからだ。
確かに、純也君のお母さんが犯した罪は変わらない。それはすでに起こってしまった、過去の事だからだ。
だが、俺自身は思えないのだ。こうやって話してくれている女性が、悪い人であるとは。
それはきっと、過去の事を反省して、後悔して、悩みながら生きているからなのだろう。なら、俺のするべきことは、決まっている。
……純也君のお母さんを助けなければ。目の前にいるこの人が、困っているのだから。
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