8話目 神との出会い~社会の不満と幻惑による信仰~
8話目
体は勝手に動いた。その宝箱を開けるために。
その中に商人が渡してきたクスリがあるのだと、確信ともいえる感情が渦巻いていたからだ。
今までにない程早く動く。最短距離で宝箱を開けようとしたために筋を痛めかけるほどであった。
しかし、残念な事に中に入っていたのは謎のカードであった。
「……」
想像と違う物が入っていたがために、高ぶった心臓が急に落ち着く。反対に脳は荒ぶり始めた。なぜクスリが入っていないのかと、静かに燃える様な感情が全身に駆け巡る。
思わず大声を出したくなるが意味が無いということは分かっている。
だが、意味が無い感情こそ制御が出来ないのは、誰しも一度は感じた事が有るだろう。
親が死んだ時。恋人と別れた時。愛犬が死んだ時。
それに似た感情を感じていた。
「クソが!!!」
抑えることが出来ない感情は必然的に行動へ置き換わった。
金属で補強されている頑丈そうな宝箱が凹むほど、際限ない怒りが湧いてきたのだ。
「なんでなんだよ!! 俺が悪いことしたかよ!!」
血だらけの拳すら気にせず、何度も何度も宝箱に八つ当たりする。骨の1本や2本はすでに折れているだろう。だがそれ以上に何もかもが憎たらしくてたまらなかった。
命を懸けてダンジョンに潜ったのに、目の前にあるのは真っ白な板一枚。
何のために自殺するのをやめたのかと、覚悟を振り払ったのは無駄だったのじゃないかと、頭に血がのぼる。もう一度自殺する勇気を持つことは出来ないと分かっているからだ。
しかしそれと同時に焦りも感じていた。
人を殺した俺に居場所がない事に孤独感を感じていたのだ。真っ暗闇の中でたった一人と、思った瞬間体に寒気が走り始める。
「クソが! クソが……くそが」
体から力が抜けてしまった。
絶望だ。
さっきまで怒りで全身に力が入っていたのに、今は立ち上がる事すらできない。
「どうしてだよ。どうしてなんだよ」
隣人が居ない恐怖とはこれほど怖かったのか。1人というのはこれほど怖かったのか。
ガクガク震える体を両手で抑え、神に訴えるように今までの行いを懺悔する。
しかし許してくれると思えなかった。
麻薬を使う程度であれば、自分を傷つけているだけで他人に迷惑をかけていた訳では無かった。でも人殺しは駄目だった。
あのクスリのせいで人の道を外してしまったのだ。
自分でも分かる。
もう戻れない事をしてしまったということを。
だからこそ思うのだ。
本当に俺のせいなのかと。
「俺のせいじゃない」
そうだ。俺のせいじゃない。
すべては……そう、社会のせいだ。
誘拐まがいな方法でダンジョン都市に来させられたのに、日々の食事すらままならない生活しかくれなかったのは社会が悪いんだ。
だから麻薬しか手軽な快楽が無かった。
それなのに規制しやがった。中毒でやめることができないのが分かっているはずなのに。
だから人を殺してしまうのはしょうがないんだ。こんな状態になるまで追い詰めたやつらが。
この瞬間、世界にとって災厄ともいえる狂人が誕生した。
人殺しを正当化する悪魔が。
「あぁ。でも俺も悪い思う気持ちはあるぞ? だから神に懺悔するよ。社会に革命を起こすので許してくださいって」
焦点は合っておらず、しかし話しかけるように。
俺は虚空を見て高笑いをしていた。
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