34話目
34話目
お楽しみの宝箱。これまで出てきたものを見れば期待しない方がおかしいだろう。
銃の反動で痺れている手を我慢しながら、ゆらゆらと宝箱に近付いて行く。
「まあ、欲しいものなんて無いんだけどな」
5階層に行ってしまえば後は地上に出るだけだ。なら、ダンジョンを攻略するための道具なんていらない。地上に出たらいろんな奴らを殺しまわるが、それに関しては潜伏があれば何とかなる。
もし俺を探知するような秘宝があっても、疾走で逃げ回ればいいだろう。最悪は奥の手がある。
つまり欲しい物は無いわけだ。まあ、貰えるものは全部貰うが。
手のしびれがとれ、宝箱を開けられるようになった。少し緊張しながら開ける。
ギーと、さびれた音をたてながら開けた箱の中に入っていたのは……1本の注射器だった。
「・・・」
見覚えがないはずがない形状で、俺はこのダンジョンに入る前に使った注射器と同じ色をしていた。そのせいか、無意識に体が震えていた。
「こりゃぁ……俺をおちょくっているのか」
3層や4層では神の誓いによりクスリの影響が無くなっていた。そのはずなのに、目の前にクスリが出てくると体が思い出したかのように、反応している。
社会を安定させると誓ったはずなのに、その誓いを破りたいと言っているかのようだ。
そのせいか、体から力が抜けてゆき遂には立つことさえ出来なくなった。
目の前が揺れ動く様な感覚で、三半規管がグチャグチャになっている。常に吐き気がする。
禁断症状だ。
今すぐ、目の前にあるクスリを使えと体が訴えている。まるで俺の意思は関係ないと言われているようだ。
このままじゃだめだと、一度落ち着くために宝箱から距離を取ろうともがくように体を動かそうとする。
「うご……かな、い」
遠ざかろうとしているのになぜか体が動かない。まるで、目の前のクスリを逃したくないと言っているかのように。
駄目だ……駄目なんだ!
いま、クスリを使ってしまえば俺はこの誓いを成し遂げることが無い。それは分かるんだ。
心では分かっている。未来も予測できる。だから、駄目なんだと遠ざけたい。
でも、体がそれを許してくれない。
地べたに這いつくばり、体の底から湧きあがって来る禁断症状に抵抗していると、なぜか冷静になった自分がいた。今の俺はどれだけ醜いのか。
……いつもだ。これまで何回も麻薬をやめようとしてきた。でも、毎回禁断症状のせいにして、自分はやめる事が出来ないんだと欲望に従った。
そもそも、やめようと思ったら持っている麻薬を全て捨てるだろう。
なのに、逃げ道を作りたかったのか「後で売れるから」とそのままにしたり「もしかしたら失敗するかもしれないから」と見て見ぬふりをした。
全部言い訳だ。逃げ道を作っていただけ。
辛いながらも体を仰向けにし天井を見た。自分のことを俯瞰できているようで楽なんだ。
「使うか」
今まで逃げていて何とかなってたのだから、今回も何とかなるだろ。
禁断症状で気持ち悪い体を無理やり起こし、宝箱の中へ手を突っ込む。
クスリを取ると、秘宝を手に取った時と同じように脳へ衝撃が走るが読めるほどの余裕はない。
手が震えていてうまく刺さるか分からないと思いながらも躊躇せず思いっきり刺す。
慣れたように液体を体の中へ注入していき……全てを体の中に入れたころ、全身から力が抜け倒れた。
「あはは。やった! やっちゃった!」
全身へめぐっていく快楽はまるで天へ導いてくれるようだ。さっきまで感じていた禁断症状は直ぐに無くなり、快楽に身を任せる。
ビク! ビク! と体を震わせている様子を見ると、ただの薬物中毒者にしか見えない。
しかし快楽は途端に終わりを告げる。
先ほどまで感じていた感覚は激痛へと変貌し意識を刈り取った。
☆
「も~、こんなに早くボスに挑戦するとは思ってなかったよ」
そこに現れたのは、ひょろっとした男。
ボス部屋の真ん中で寝転がって寝ている犯罪者を捕まえるために派遣された冒険者だ。しかし見た目からは戦う覇気は見られず、ただの一般人かのようだ。
「つーか、寝ているじゃん。って、この前クスリ買ってくれたお兄さんじゃん!」
男は寝転がっている犯罪者の事を知っているようで驚愕した。しかしどこか納得している棟であった。
「あのクスリ使って生き残ったのか~。生命力すごいな」
どこからともなく取り出した長剣を片手に寝ている犯罪者に近づいて行く。依頼では生死問わず捕まえればいいと言われたから、殺してしまうのだろう。
なぜか履いている革靴の音を鳴らしながらゆっくりと歩く。
そんなときある事に気付いた。
「え、なんでこんな所に注射器が?」
見覚えがある注射器が落ちてあったのだ。本来ダンジョンにあるはずがない代物であり、こんな所に落ちているのは割と問題になるのだが……
「あ、宝箱から出てきたのか。一回使っているからしょうがないか」
しかし疑問は解決したようだ。
「あれ? でも、中身が無くなってるな。……もしかして、使ったのか」
男は額から夥しい程の汗を流し始めた。
寝ている犯罪者の胸に耳を当て、心臓が動いている事を確認する。
「生きてるよな……うん、生きている。」
生きていることが駄目かのような口調で考え始めた。
「いや、でも……組織に持って調べたほうがいいよな。いい実験材料になりようだし」
ひょろっとした男はまたもやどこからともなく取り出した風呂敷で、犯罪者を包み背負った。
そのまま、5層へ向かうのだった。
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