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⑾『前後不覚の、メトロノーム』
⑾『前後不覚の、メトロノーム』
㈠
いつまでだろう、いつからだろう、そういった、時間の問題に、我々は悉く、捉われる訳であるが、それを空間に置き換えると、我々は空間を移動ながら、前後不覚の、メトロノームのことを、思考せねばならないのだろうか、分からないな。
㈡
ただ、言えることは、時間の無駄とぃうものは、存在しないということだ。時間は、時間を過ごしたという、記憶とともに、セットになって、過去に刻印されるのであって、それ以上でも以下でもない、貴重な人生雨の記録なのである。
㈢
弱弱しい我々は、生きることに必死であるが、生きること、というよりは、生きることそのものが、生きることなのである。しかし、余りにこのことを感が過ぎると、訳が分からなくなるので、何か楽しいな、くらいが、適切だろう、前後不覚の、メトロノームも、そう言っているように、思えて来るから不思議だ。




