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黄昏の庭  作者: 高槻うい
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 一通りの意味を込めて口頭での説明だが、簡易ながらも補足するアルトの頭の回転は悪くない。聞けば図書室の本もほとんど読んでしまったようだ。

「僕はここでは一番お兄さんだから、みんなから頼られても困らないようにしないといけないんです」 

「下の子から見れば、ずいぶんと頼もしいでしょうね」

「読み書きや計算は院長先生や副院長先生が担当されてます。だから僕にできることなんて、ちょっとくらいなんですけどね」

 困ったようにはにかむ姿は照れているようで、思慮深い少年だとリーゼロッテは思った。そして一番年上だからと持つ責任感は、騎士団でも大いに役立つだろう。秩序を尊び安寧を誓い、清廉を重んじるあの場所は規律正しく在ることを尊重され、あらゆる規則で雁字搦めにされている。はみ出さない責任感の強さは喜ばれる要素だ。

 謙遜もいきすぎれば卑屈に映るものの、語を継ぐアルトの口調は柔らかく、嫌味がないせいか自身の立場を真っ直ぐに受け止めているように感じられた。照れた様子のアルトに「それでも助けになると思いますよ」と答えれば再び目尻が下がる。

「アルトおにーちゃん、そのおねーちゃんだあれ?」

 ここから畑に出られるんですよ、と廊下の古いドアから外に出る途中で、ウサギのぬいぐるみを抱いた少女に声をかけられた。アルトより濃い金色の髪はふわふわと内側に向かって巻かれ、赤いピンが前髪を留めていた。

「今日から一緒に住むことになった、えっと、……」

 片膝を床につき、目線を合わせて微笑んだアルトの言葉が止まる。まさか護衛だなどと馬鹿正直に説明するわけにもいかず、建物案内を優先するばかりにリーゼロッテを紹介する文章を考えていなかったのだろう。

「リズ、とお呼びください。孤児院での暮らしを学びにきました。今日からよろしくお願いしますね」

 同様に床に膝をつき、営業スマイルを浮かべれば少女の翠色の瞳がぱっと輝いた。

「わたし、ミーナっていうの。リズおねーちゃん、ミーナとも遊んでくれる?」

「ええ、もちろん」

 最優先はアルトの身の安全、それから彼の素性や人となりを探る血縁の調査だが、円滑に進ませるためにも孤児院の子供たちとも仲よくする必要があるだろう。一回り以上年下の少女だろうがわんぱく小僧だろうが性別不明だろうがなんのその、完璧にこなしてみせようじゃないか。

「あれ、ミーナ、怪我してる。どこかにぶつけちゃったかな?」

 見ればぬいぐるみを抱くミーナの手首に薄い痣があり、ちょっと待ってね、とアルトの手がミーナの痣を両手で包み込む。

「……ん、よし。もう大丈夫だよ」

「……、えっ?」

「わあ、ありがとアルトおにーちゃん」

 包み込まれていた手が離れると、ミーナの痣が完全に消えていたことにリーゼロッテは一瞬の困惑を隠せなかった。魔術を行使する際に必要とされる詠唱がなかった《・・・・・・・》。無詠唱魔術など、高位レベルの魔術師ですら見られないものなのに。

 魔術はまず精霊に呼びかける解除キーの言葉――普段使わない、けれど術者本人にとって馴染みにある言葉を口にすることで初めて召喚が叶う。そこから頭に浮かんだ単語を区切り、最後に目的を伝える手順が必要とされているのだが、アルトは予備動作もなしに光属性の持つ治癒を平然と行って見せた。

 これが、王族の血筋である証拠になるのか? 魔術の基礎どころか解除キーすら持っていない少年が行える理由は?

 目まぐるしく思考が切り替わる中でもアルトやミーナにとっては日常の一部のようで、それが不自然だという事実に気づかないでいる。否、気づく要素がない《・・》のだ。

 ばいばいと手を振るミーナに手を振り返し、ドアを開ければぶわりと風が吹き込んだ。雲が流れる晴天の下、手作りの柵で区切られた畑にはいろんな種類の野菜が育てられているらしく、木の看板に拙い文字で野菜の名前が書かれている。敷地面積で計算する限り孤児院全員分を賄っているようには見えず、おそらくは『野菜を育てる』という農業の行為そのものを体験している形だ。

 年間を通して収穫できるよう時計回りに野菜が植えられ、プチトマトはまだかまだかと収穫を待つように色鮮やかに実っている。二人並んで歩ける幅の通りを過ぎれば庭に出て、洗濯物は回収が終わったあとのようだった。窓越しに認めたブランコで遊ぶ姿はない。

「ここがよくみんなが遊んでいる庭ですね。あそこの、左側二つが食堂の窓なんですよ」

「……右から一番目が応接室、ですか?」

「すごい、よくわかりましたね」

 応接室の隣に並んだ二つが勉強部屋の窓だとアルトは言う。位置と角度さえ把握すればなんてことのないものだが、ぱちくりとまたたきをするアルトはとても驚いた様子だったので、当たってよかったですとさも偶然のように振る舞った。建物の案内をされたことで全体図は見えてきている。見取り図よりも覚えるのが一番だ。

「さっきの。魔術の一つのように見えましたが、いつもあのような感じなんですか?」

 おかしいとも、変だとも口にしない。ただ『びっくりした』という態度で問いかけてみると、対するアルトは困った様子で振り返った。ただ、昔からそうなのだと、答える言葉に嘘らしい色はない。

「なんていうか……、頭の中で、こう……治れーとか、よくなれーとか。そう思うと、どうしてかよくなるんですよね」

「……そうですか……」

 通常、魔術師になれる要素は五歳から十歳のあいだに判明するとされている。その時期を過ぎて開花した例はなく、アルトの記憶にあるということは物心がついたあとと推定できた。

 少なくとも、リーゼロッテの経験上無詠唱の魔術師とは会ったことがない。天性の才能か、いわゆるチートと呼ばれる能力か。どちらにせよ今夜の報告書には懸念事項として記入必須だ。

「リーゼロッテさんは、ギルドの方なんですよね」

「リズでいいよですよ。雇われなので、そんなに畏まらないでください」

「あ、すみません。えっと……、騎士団《レギオン》関係の所属とか?」

「いえいえ、そんな強いところじゃないですよ。クロックムッシュはあくまで国からの認可を受けたギルドで、いわば今回は騎士団のお手伝いです」

 光属性のアルトとレートの釣り合う闇属性ということは、いまはまだ伝える必要のないことだ。

 あけすけな物言いをすると、リーゼロッテが闇属性だから――SSSとして対等である属性ゆえに選ばれただけであって、戦力や実績で買われているわけではない。完全攻撃力特化の闇属性、防御と治癒力に長けた光属性では、いくら影による転移魔法があるとしても持久戦に持ち込まれるほど不利になるのはリーゼロッテだ。現時点で初心者のアルトになら勝てても、経験を積んだアルトには負ける。ただそれだけのこと。

「クロックムッシュ……なんていうか、おいしそうな名前ですね……」

「頭領《マスター》の好物だそうですよ」

 カイナはギルドメンバーの中でもトップクラスで謎の人物だが、好きな食べものはクロックムッシュであるということだけはこうして証明されている事実である。名乗るときに地味に恥ずかしいのはもちろん秘密だ。

「ギルドって、たくさんあるんですよね」

「認可されているギルドは、治安の維持や人々を守ることを条件として出されています。認められていないのは犯罪集団なのでお気をつけください」

 怪しい人にはついて行くな、美味しい話は裏がある、というのはどこの国でも共通事項だ。

 ギルドに属する場合はなにかしらのエンブレムや共通のアクセサリーを持っているパターンが多く、クロックムッシュは全員が左耳に細工の施されたピアスをしている。中にはブレスレット、女性だけのギルドなら統一された髪飾り、服で隠れない位置に彫られた刺青など種類が多いため、一見して区別をつけるのはやはりそれなりの経験がいると言っていいだろう。

「騎士団は制服と腕章ですね。腕章の裏に名前が書いてあって、有事の際に役立つと聞きます」

「有事の際、ですか?」

「ええ。……死体の身元確認とか」

 世界は綺麗ごとや憧れだけでは生きていけない。半年後、本人の意思とは関係なく養成学校に入れられるアルトならば早めに知っておいた方がいい現実だ。

 揺れる木漏れ日の下、木の幹に背を預けて本を読んでいるのが似合うような儚い少年が、剣を取り市井の人々を守るべく最前線に立つ。最強の防御、そして治癒力を持つ光属性がいるだけで騎士団内の士気は上がり、いっそう強く団結して奮い立つだろうことは想像に難くなかった。だからこそ王族は、血筋として残す本家以外の分家を騎士団に入れるのだ。

「アルト兄さーん、リズさん! おやつの時間だって!」

「あ……うん! すぐ行くよ!」

 食堂だと告げた窓から身を乗り出したのは背の高い少年トーマスで、アルトは弾かれたように顔を上げて手を振った。

 まるで話を打ち切るように――強制的に終わらせたい様子を隠しきれない仕草で歩を進め、アルトとリーゼロッテの影が離れたと同時にぽつりと呪文を紡いだ。アルトの影に自身の髪一本を落とし、転移魔法ではなく対象把握の術をかける。これで、距離があってもアルトの動向を探ることはできる。プライバシーなど任務の前には塵芥でしかない。

「リズさん?」

「なんでもありません。行きましょうか、みなさんお待ちのようですから」

 にこりと笑みを浮かべて歩調を合わせると、どこかほっとした様子でアルトの表情が和らいだ。わかりやすいな、とリーゼロッテは笑みの裏で思った。


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