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三層目にもモンスターはいるだろうと身構えた俺達だったが、想定外なことにモンスターはいなかった。
代わりにいたのは人間。
【ダンジョン】の最深部。祀られるように設置された【欠片】の前に、彼は立っていた。
俺達の気配に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。
「なんだ。同業者か?」
振り返った人物は、俺達よりも一回り年が離れているようだ。
明らかに――幼い。
銀色の髪が無造作にハネた少年。子供とは思えないほど視線は鋭く、足元にはモンスターの死骸が転がっていた。
「……」
同業者ということは、この男もどこかのギルドの一員なのだろうか?
しかし、まだこの【ダンジョン】は国に見つかっていない。俺達と同じく申請せずに侵入していることになる。
少年になんて話しかけるべきかと悩んでいる俺に代わって、生形さんが話しかけてくれた。学園でも後輩に好かれていた彼女は、コミュニケーション能力に長けているのだ。
「私たちはこの【ダンジョン】を攻略にきたの。君は……一人で来たのかな?」
相手が中学生くらいの子供だからだろう。自然とお姉さん口調で話す生形さん。将来、歌のおねぇさんになれるんじゃないかと俺は思った。
生形さんの優しい語り口にも関わらずに――。
「うるせぇ! 俺を子供扱いするんじゃねぇ!!」
少年は激昂した。近頃の子供は怒るポイントが分からないと、誰かが言っていたけど、本当にそうだった。
子ども扱いするなとは言うが、見た目はまだまだ子供。もしかしたら、織納さんと同じで成長に容姿が付いていかなかったのかもしれない。
「弱ぇ奴らが俺に話しかけるのは不快なんだよ!!」
少年は叫ぶと同時に生形さんへ襲い掛かった。
……動きが速い!!
そこで俺は思い至った。二層目のモンスターは無傷だった。つまり、少年はあれだけのモンスターと戦わずにここまでやってきたのだ。
そんなこと――俺や生形さんでは出来ない。
「……っ!!」
少年が何者かは分からない。
だが、考えるのは後だ。
相手が人で子供だと完全に油断していた生形さんは、まだ【適能】を使っていない。だから、俺が彼女を守るんだ!
俺は腕を巨大な盾に変形させて、少年を扇で仰ぐように吹き飛ばそうとするが――、
「なっ!?」
俺の盾を足場に利用し、空中で一回転しながら後退する。自分の動きに付いてこれると思わなかったのか、「「やるじゃん」」と、【欠片】の前に着地した少年は声を重ねた。
……。
重なるのは声だけじゃない。
俺の目が正式に稼働しているのであれば、間違いなく少年は二人いた。
「双子……ってことはないよな?」
「うん。さっきまで一人しかいなかったから、多分、【適能】だと思うけど……」
良かった。生形さんにも少年は二人に見えているようだ。
「お兄さん、弱そうなくせに中々やるね」「まさか、防御されるとは思ってなかったぜ」
少年は交互に言葉を織り交ぜて行く。
壊れかけのイヤホンのように、左右から聞こえてくる音量が違う。
「折角、俺が褒めてるんだから」「もっと喜べよ、有象無象共が」
それにしても……俺の攻撃を躱した体術といい、モンスターの件といい、彼が子供離れした実力を持っていることは間違いない。
ここは刺激せずに、さっさと【ダンジョン】を攻略するのが吉だ。
「子供扱いしたことは悪かった。けど、互いに【ダンジョン】にいる以上、目的は攻略だろ? だから、早く【欠片】を回収したほうがいいと思うんだ」
我ながら論理的に説明できた。
これなら、少年も従ってくれるだろうと思ったが――。
「俺に指図するんじゃねぇ!!」
従うこと自体が嫌いだったようだ。短期間で二度目の激昂をした少年は、今度は分身と一緒に俺達へ迫る。
一人は生形さんに。
一人は俺に。
どうやら、相手は一対一が望みらしい。相手の策が見え透いていたら、俺はなるべく乗りたくない性格なんだけど――。
「……っ! やっぱり速いんだよ!」
俺も生形さんも少年の動きに付いていくのがやっとだった。
「生形さん!」
「うん!」
俺は変形させた腕で防御をし、生形さんは人形を巨大化させて少年の攻撃を防いだ。
俺達と少年は何度か攻防を繰り広げる。
相手の【適能】は分身。
つまり、一対一ならば相手は能力を持っていないことと同じである。だが、それでも俺達は防戦一方だった。
「おらおら! どうしたんだよ!! もっと本気を見せろよなぁ!」
ナイフを武器に戦う少年。
圧倒的な運動量と瞬発力で、【適能】との差を埋めていた。
「くそっ!!」
動きが早く、攻撃に付いていくのがやっとだ。
少しでもタイミングがズレれば直ぐにナイフの餌食になるだろう。
キン、キン。と硬化した腕とナイフがぶつかり合う。
「へへへ、どうした、そんなもんかよ!!」
「……っ!」
この少年、さっきまで怒ってたはずなのに、今は俺達を嬲って楽しんでいる!
わざと俺達が防御できる速度で攻撃を仕掛けているのだ。
少年の嵐のような斬撃を受けていると――ソレは唐突に止んだ。
二人の少年が、双子のように横へ並ぶと――、
「……飽きたな」「殺すか」
少年が呟くと、ヒュンと一陣の風が俺の横を通り抜けた。
違う――風じゃない。
俺の顔がナイフの軌道に沿って「くにゃり」と曲がった。工夫のない打撃斬撃を無効化する【蒟蒻石】の力。それがなければ俺は今頃、顔と首が繋がっていなかっただろう。
少年は刃をクロスさせるように二人で俺の首を狙ったんだ。
「生形さん!!」
俺はその衝撃を受けてすぐに生形さんの前に立った。
目で追えぬ攻撃。
最初に狙ったのが俺で助かった。もし、生形さんが狙われていたらと思うと……。それは生形さんも感じていたのか――少年の殺意に身体が震えていた。
そんな俺達に同じ顔が同じように笑う。
「なんだ、お前の【適能】」「面白いじゃんか」
俺の【蒟蒻石】の力を確かめるようにもう一度、斬撃を繰り出す。先ほどは同時攻撃だったのだが、今度は時差を用いてきた。
一人が初撃を繰り出し――俺の身体が歪んだところで、もう一人が二撃目を放つ。
少年の動きは辛うじて目では追えるが、身体が付いていかない。攻撃を防ぐことが出来ず、俺の首が軟体生物のように歪む。
「へぇ。これもダメなんだ」「次は何を試そうか」
少年の興味が俺の【適能】を、どう攻略するかに移った。
反撃するなら今がチャンスだ。
少年は完全に油断している。
(普通に攻撃をしたところで、回避されるのは目に見えている)
だから、俺が仕掛けるのは全体攻撃だ。
俺は両手に意識を集中する。身体を構築するピースを組み替えて、自身のイメージした形に創り上げる。
「なっ!?」「気持ちわりぃ!!」
俺がイメージしたのは鞭。両手の指から伸びる10本の鞭。今の俺の姿はB級映画にでも出てくるエイリアンに見える。
見た目は悪いが、これだけの数があれば捕らえられるはずだ――!。




