ループから抜け出したい悪役令嬢~願いを叶える魔鏡~
彼女の名はエヴァンジュ・ラーザニア、通称エヴァ。
エヴァはその性悪な性格から影で悪役令嬢と呼ばれていた。
しかし病弱だった妹が人が変わったかの様に積極的になり、
今迄のいびりを物ともせず果敢にエヴァに歯向かって来たのだ。
そしてエヴァは妹の婚約破棄を企てるが失敗。
ついには妹の策略にはまり処刑されそうになった。
だからエヴァは禁断の魔法「異世界転移」で逃げたのだ。
憎き妹と死の運命から。
しかしそこで待ち受けていた物はそれよりも酷い運命だった。
「あーあ、今日も運命のループから抜け出せなかったわ」
エヴァは嘆いていた。
異世界で貴族に見初められ再び令嬢になったはいいが、
この世界での彼女の命はそれから3日後だった。
原因は事故だったり殺人だったり自殺だったり処刑だったりで様々だ。
そしてそれを繰り返す。
何度も何度も。
ループに気付いたのは5回目のループからだった。
悪い夢かと思いしばらく楽観的に過ごしていたが、5回目でようやく現実だと気付いた。
「なにこれ…私死に戻りの呪いにでもかかったの?」
異世界転移は転移者に様々な能力を与えてくれるが、
それらが必ずしも良い物とは限らない。
エヴァに与えられたのは無限ループする能力だった。
しかも自動化されていて、エヴァの意思ではどうする事もできない仕様。
エヴァは頭を抱えていた。
ループが解除されれば、この世界でまた貴族生活を満喫できるというのに…
―とある貴族の家
「エヴァ、どこに行ってたんだい?心配したんだよ」
「ちょっとその辺を散歩していただけですわ」
この心配性の男こそエヴァのこの世界の婚約者である貴族のアンドレイだ。
転移後森をさまよっていたエヴァを見て一目惚れしたそうな。
しかしエヴァは結婚する気などさらさらなく、ループから抜け出したら、
別の相手を見つけて婚約破棄する予定だった。
「ちょっとそこのメイド、水を持ってきてくれる?」
「はい、どうぞ!」
「(何よこれ、手洗い用の器じゃないの…)」
エヴァはこの世界ではどこの馬の骨とも分からない自称貴族であり、
周囲の人間からは平民の様に舐められて扱われていた。
「(ループから抜け出したらこいつはクビにしよう)」
しかし今はループから抜け出す為のトリガーが何になってるかも分からない。
その為、メイドをクビにするという事さえも我慢しなければならなかった。
(まあ我慢に耐えかねて一度だけクビにしたけど、反撃されて殺されたわ)
同じく婚約者である彼も貴族の中では舐められていた。
平民である執事やメイド、領地の民に優しすぎるからだ。
なので領地の平民には人気があるのだが、エヴァはそれも気に入らなかった。
平民に媚びてる様で我慢ならなかったのだ。
「とにかく何も無いのだから一人にして下さる?」
「ああ、わかったよ」
「あなたもよ、駄メイド」
「しょ、承知しました、エヴァンジュ様…」
これでようやく一人きりになったとエヴァは安堵した。
「じゃあ、ループを勝ち抜く方法を考えましょ」
エヴァの頭の中で一人脳内会議が始まった。
【案その1】貴族にならない
「そもそも悪役令嬢になるから殺されるなり処刑されるなりされるんじゃないの?いっそ貴族を辞めてみたら?」
眼鏡を掛けた頭脳派エヴァがもっともな事を言う
「冗談じゃないわ。平民に落ちぶれるなら死に続けた方がマシよ」
その意見を否定したのは勿論プライドの高い悪役令嬢のエヴァだった。
【案その2】護衛を増やす
「じゃあ護衛の兵士を増やして貰うのはどうだろう」
騎士の鎧に身を包んだ肉体派のエヴァが進言する。
成程と脳内のエヴァ達は全員一致でその案を可決した。
結果、お茶会で毒を盛られ毒死していた。
それは散々いびっていたメイドの仕業だった。
「あなた、なんで悪役令嬢辞めて普通の令嬢になれないのよ」
それは普通しか取り柄が無い普通の令嬢のエヴァだった。
「仕方ないじゃない。癖になっちゃってるんだから」
悪びれもしない脳内の悪役令嬢のエヴァだった。
【案その3】部屋にこもりきりになる
「あの心配性の婚約者の貴族が大反対しそうね」
最もな事を言う普通のエヴァ
「そんなの知った事じゃないわ」
この案は悪役令嬢のエヴァの一存で可決した。
その結果、地震で部屋のタンスが倒れて圧死した。
【案その4】魔法で何とかする
「こうなったら魔法でなんとかするしかないわね」
頭脳派のエヴァが言う
「でもそんな魔法って禁呪クラスなんでしょ?私には無理じゃない?」
普通のエヴァが当然の様に疑問を投げかける。
「この世界の魔法のアイテムの力を借りるのよ」
頭脳派のエヴァが資料をチラつかせる。
「それで死のループから抜け出せるの!?」
ついに光明が差したと驚愕する悪役令嬢のエヴァ。
「願いを叶える鏡、魔鏡ミランダならどうにかなるかもね」
エヴァは脳内会議を終えると一言そう呟いた。
するとドアを開けて心配性の婚約者の貴族が入って来た。
「話は聞かせて貰った!その魔鏡、僕が取って来よう!」
「え、あなたに?無理じゃない?(やばい、脳内会議を口に出してた?)」
しかしエヴァはいぶかしんだ。
魔鏡は呪われた難関ダンジョンにあるのだ。
しかも仲間を連れていけない呪いがかけられており、
一人で立ち向かわなきゃならない。
「それでも僕はいくよ!彼女の為にね!」
「行ってらっしゃいあなた。待ってるわよ(鏡をね)」
婚約者に激励?を送るエヴァ。
どうせ死んでもループするだけだと思っているのだろう。
その目は冷ややかだった。
―それからループ30回目
「ごめん…エヴァ、ダメだったよ」
「そう、”また”駄目だったのね」
エヴァは扇で自分を仰ぐと、今度の自分はどんな死に方をするだろうと考えていた。
毎回傷だらけの婚約者には見向きもしない。
一部始終を見ていたメイドはついにぶち切れてエヴァに平手打ちをかました。
バシン!
「痛いじゃない!なにするのよ!」
「婚約者のアンドレイ様を見て下さい!あんなに傷だらけになってるんですのよ?それをあなた…人の心は無い訳?」
「ううう…」
メイドの平手打ちを喰らい首が曲がり、初めて婚約者の傷だらけの姿をまともに見たエヴァ。
「私の為にこんな傷を…?」
今迄物心ついてから嫌われ者だったエヴァは誰かに心から何かをして貰う事は一度も無かった。
両親や妹、メイドに執事、ご機嫌伺いの貴族達に、お茶友達の令嬢達、誰からもである。
「どうして私の為にそこまでしてくれるの?」
エヴァの瞳からは初めての涙が流れていた。
「何故って…君を愛してるからさ!」
愛、なんと心地よい響きだろう。
エヴァは今までの自分を恥じ、愛と言う言葉で目が覚めた気がした。
そしてついに―
「エヴァ!…ついに魔鏡を手に入れたぞ!」
「そんな事よりあなた、傷だらけじゃない!」
「君の為に死ねるなら本望さ…」
「そんな事言わないで!」
目的の魔鏡よりも婚約者の傷の心配をするエヴァ。
彼女にはもうかつての悪役令嬢の面影はなかった。
抱き合う二人に魔境が呼応する…というか喋った。
「お二人さん、それで願いの代償はどっちの命だい」
「え?命?」
「この世の中は等価交換だよ、お嬢さん」
魔鏡の要求にきょとんとしたエヴァだったが、意を決してこう答えた。
「彼の傷を治して上げて!私の命なんてどうでもいいから!」
「…いや僕の命なんてどうでもいい。彼女のループを止めてやってくれ…」
互いに犠牲になる事を譲らない二人。
エヴァは目を瞑り少し思案した後、ある提案をする。
「私達2人の命で分割払いって言うのはどう?」
「いいだろう」
ピカっと鏡が光ると婚約者の傷は癒え、時計がループの制限時間を過ぎてもエヴァは生きていた。
「久しぶりにいい物見せて貰ったよ。お礼に今回はタダで叶えてやる」
願いを叶える魔鏡はこれまで散々人々の醜い欲望を叶えてきたのだろう。
鏡は大きくひび割れていたが、どこか嬉しそうな感じがした。
「今まで冷たくしてごめんなさい♡」
「いいや、気にしてないよ、エヴァ♡」
「…こほん、そろそろお食事の時間ですよ」
抱き合い愛し合うエヴァと婚約者のアンドレイの二人。
そして恥ずかしそうに食事へ案内するメイドだった。