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(十九)婚礼の儀

 数日後、桔梗(ききょう)妃が指示を出し着々と急ぎで美桜(みおう)の嫁入り支度が進む中、美桜は高台寺(こうだいじ) 丸栄(まるえい)に文を綴っていた。突然飛び出したことへの詫びと夕貴(ゆうき)の正室になるという報告をする文である。


 それから数日が経つも丸栄から音沙汰がない。


「美桜……心変わりはして居らぬか?」

 後宮を訪ねてきた夕貴と美桜はまたどこへ行くわけでもなくただ歩いていた。


「はい。これが定めならば……それでも、やはり怖いものです。なんにも分からぬので」

「ああ、それは私も同じこと……逃げたくなれば共に逃げよう」


 と冗談めいたことを言い笑う夕貴に美桜も穏やかに笑い返す。

 それを屋根の隅から見ていた高台寺の武瑠(たける)はそっと降り立ち高台寺へと戻る。


「夕貴殿下 私でいいのですか?……そのこんなのが正室で……マノスケが」

「その名は言うな。こんがらがるではないか。仕方がないだろ……そなたが姫君の小娘ならこれが定めだ」


 背を向けてそう答えた夕貴は美桜の手をそっと引いて歩く。


『そなたが相手で良かった……。守るから、安心してそばにただいれば良い……。一度美桜の舞を見たいな……』


 そんな心の声が響きあっと恥ずかしそうに美桜は手を離す。


「どうした?夫婦になるのに手もつなげぬか」

「いえ……仕方なく夫婦になるなら手などつなぎたくないのかと、心配しただけです」

「なに?!随分と調子を取り戻したな マノスケ」

「マノスケはもうおりません。」

「はははっ、そなただろ。先程言ったのは。」

 と笑い飛ばし前を歩く夕貴、そのすぐ後ろに歩く美桜であった。


(ああ あんな心の声聞こえないほうが気が楽……)

 恋だの愛だの知らぬうちに今日に至る美桜は、夕貴の心の声に鼓動が高鳴る自分に戸惑うのであった。



 ◇

 高台寺


「どうじゃった?美桜は、無理強いされてはおらんかったか」

「……はい。夕貴殿下と微笑み合っていました」

「そうか、なら放っておけ。」

「……はい」

「なんだ?美桜が生きておるだけでわしらは満足。武瑠、そう悲しむでない。連れ戻したかったか?」

「いえ。か 悲しんでもおりません」

「ほう、そうか。なら良かった。」



 ◇◇◇


 結納を終え、婚礼の儀式の日


 桃色に桜模様の打掛を纏う美桜は何重にも重ねた着物と長い裾を引き摺り歩き顔も強ばるのであった。

 それを見た夕貴は笑わぬよう耐えている。しかし夕貴も長袴で緊張の中歩いたのだ。


 神主が儀式を仕切り盃を交わす。


 紫葉(しよう)皇子は抜け殻のようにぼーっと眺め。

 竜胆りんどう皇后も紫葉の正室も側室もみな無表情でそれを見守る。蓮華妃だけは嬉しそうに眺めていた。


 式のあと、美桜は桔梗と後宮取締 砂羽さわが部屋へと来るやいなや、人形のように固まっていた。


「どうした?美桜、あ、いや そなたは桜花(おうか)妃となりましたね。初夜は婚礼の日だと知らなかったの……?」

「…………」

 無言の美桜に桔梗と砂羽が顔を見合わせる。


「桜花妃様、しっかりせねば、側室をとると言われますよ」と砂羽の一言に美桜は「えっ!」と驚いた。


 桔梗は「あははは 頑張ってちょうだいよ〜」と笑うのであった。


「お付きの女官に、下女中の(りん)という者をつけたいとはまことか?」

「はい」

「その鈴という娘は口がきけぬのですが。……良いのですか?」と砂羽が問う。

「はい。鈴が良いのです」と返す美桜にまた二人は顔を見合わせ首を傾げた。


 その晩美桜は重い着物を脱がされ、花びらを浮かべた風呂に入れられ髪を梳かし手入れされる。


 部屋で待つように言われた美桜はあっと何かを思い出し、おどおどと部屋の中を見渡した。そこには布団二枚と枕が二つぴたりと並ぶ。その横に屏風が立つのをみて固まった。


(あ……これは……まさか見張りも来る?武官……扇?龍人(りゅうじん)様?無理……絶対に無理……)


 その様子を不思議そうに眺める鈴。


 そこへ外から別の女官の声がした。

「夕貴殿下がお見えです。失礼いたします。」


「おお 鈴!久しぶりだなあ。元気だったか?あ美桜の女官に?ああそれは良かった。ますます道場みたいだな。なあ扇!」


「はいっ鈴ちゃん!良かった マノスケと一緒なら良かったな。あ……マノスケじゃない。失礼しました お 桜花妃様」


「美桜、今宵は得体のしれぬものを食べ吐いてはおらぬか?」と夕貴は冗談をいうが。

「…………」

 美桜は目の前に立つ、夕貴と扇と鈴を見て完全に笑顔を失う。三人は満面の笑みで佇んでいるのであった。

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