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(十八)姫君の正体

「な 永安(ながやす)様 永安様っ儀式は紫葉(しよう)殿下以外男子禁制でございます!お お待ちを……」


 女官の制止を振り切り宴の間まで進んだ永安は大きな声を張り上げた。


夕貴(ゆうき)殿下の正室として迎えるはずの行方不明であった姫君を見つけました!!」

「…………?」


 その場に集まる者は皆きょとんとしている。


「そうですか。それがどうかいたしましたか?」

 虫けらを見るように竜胆(りんどう)皇后が吐き捨てる。


 永安に続いて、到着した桔梗(ききょう)妃も永安の隣へと進み、美桜を見て口を開く。


「姫君は、幼名さくら。……美桜、そなたが姫です。豊洲(とよす)嘉実(よしみ)の娘、豊洲家の姫君です。」


「……さくら」

 美桜は自分の話だと言われその場に座ったまま固まる。父の名字は聞いたことがなかったのだ。おそらく周りの大人が隠していたのだろう。名字の無い者も多い時代特に気にしても来なかったのだ。


「美桜、そなたが……まことに豊洲の姫君なのか?」と尋ねる紫葉は眉尻を下げ情けない顔を向けた。


「……さくら……父は嘉実で間違いございませんが」

 そう言った美桜の言葉に落胆したように紫葉は座り込む。


「まことか?豊洲の姫君が何故武官府にいた?何故人攫いにおうた?こじつけるのも甚だしい。証拠があるか」と竜胆が声を荒げる。


 夕貴が美桜の動揺した様子を気にしながら竜胆の方へ向き静かに語る。


高台寺(こうだいじ)丸栄(まるえい)殿に文を出しました。証拠であれば、丸栄殿と加賀屋(かがや)の店主らがお出しするでしょう。美桜の母君は 夢月(むつき)様ですから」


「…………」

 夢月の名を聞いて、竜胆は言葉を失う。


「母上……?」

 紫葉は妙に黙り込む竜胆に助けを乞うように寄り添った。

「紫葉……この者は諦めなさい。」

「……母上?」

「美桜を側室へ迎えるのは取りやめる。」

「何故ですか?!母上、母上!」

「豊洲は武家の中で最も煩わしい。我が黄家に武家の血はもういらぬ。こちらから願い下げじゃ」


 竜胆は自分が嫉妬心から殺めた踊り子の夢月の娘に、我が息子が惚れた因果に耐えられなかった。ましてや、自分が刺客を送ったと夕貴は知っているように脅してくるのだ。


 竜胆はその場を逃げるように去った。

「余はどうすれば良い……」

 座り込んだ紫葉は菊之輔に支えられながらその場をあとにする。


「さ、美桜。こちらへ」と桔梗は美桜を連れ歩く。その後ろに夕貴と永安も続いた。


 長い単廊を歩きながら夕貴は美桜の結われた頭を眺める。そこに桜の平打簪が遠慮がちに挿されているのを目に留めて、俯き笑みを浮かべるのをこらえるかのように何度も鼻を手でこする。


 あの日、女だと既に知っていた夕貴は美桜に買ってやった平簪を照れくさく、すぐには渡せず、道場を去る時のどさくさで渡したのであった。


 桔梗妃の部屋


「はあ。なんとか危機一髪。美桜をあちらへ渡さずにすみました。」


「あ、ありがとうございます……。」

「どうしたの?美桜 浮かぬ顔をして……。」

「いえ……。あの……正室……、豊洲の娘を正室にと……?」

「ああ。そうよ。夕貴の正室にと豊洲 嘉実殿の娘を迎えるつもりです。美桜、拒みますか?」

 桔梗は優しい笑みを浮かべつつも美桜の赤らめた顔を窺うように覗く。


 その後ろで座る夕貴も美桜の返事を待ち、緊張で顔が強ばっていた。


「いえ……。」

「急な事で驚いたでしょう。夕貴、美桜と少し歩いては?」

「はい。母上」


 二人は後宮の庭園を歩く。手を後ろで組みゆっくりと歩く夕貴の後から美桜もゆっくりと歩いていた。


「その簪、気に入ったか?」

「……はい」

 簪に手を触れ恥ずかしそうにする美桜。着付けや髪を結いあげられた後自分でこっそりと御守のように挿していたのだった。


「美桜、そなたは、自分が姫だと知らなかったか?」

「はい。姫などと呼ばれるような育ち方はしておりません。」

「はは、そうだな。初めて会った時は酷かった。顔も泥で茶色く汚い童かと思うたわ」

「ふ」

「さ、どうする。大人しく私の元に居るか?それとも山へ帰りたいか?」

「山?!……山へは戻りません」

「そうか、もう山にこもり刀は振り回さぬか……。では……着物は桜模様が良いか?紅色ではなく……桃色が良いか?」

「……はい」

「女の美桜は無口だな~」

「ああ……あの、いつ私が女だと知りましたか?」

「そんな事が気になるか、そうだな。……吐いてぶっ倒れて試験休んだ時だ」

「え」


 夕貴は医務官からきっと女だと告げられていたのだった。



 夕貴はふと、美桜の様子が気になり声をかける。

「どうした?気分が悪いか?」

 息を深く吸っては吐くような吐息が気になったのだ。

「……苦しくて、これです。着物」

「ああ」と笑う夕貴。

「早く脱がせてもらおう。無口なのはそれのせいか」

「はい。慣れないもので……ははは」


(慣れないのは……着物だけじゃない。あなたの隣をこうして歩く事に慣れない……どう、何を話せばよいのか。でも少しはここに居るのが怖くなくなった……気がする。正室だなんて……こんな私でいいのだろうか。舞い、刀を振り回して来ただけの私で……。)

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