巨躯の男と圧倒的な破壊力
王立学校。
防御壁の外で戦いの音が小さく聞こえていた。
衝撃音や爆発音。武器と武器が交わる鉄の音。人や獣の雄叫びと悲鳴。今、この王立学校は何者かから攻撃を受けている。
まだ学生である三人が戦いに向かう事は無い……現時点では。
上級生が怯える下級生の面倒を見ながら過ごしていた。その中でもロザリンドは学生の代表として指示を出し、その統率力はすでに上級生を凌いでいる。
そして魔法に秀でるリアーナとタックルベリーは王立学校内で負傷者の回復役として活動中。そしてその作業に携わっているから分かる。
「おい、リアーナ、ヤバイ。日に日に負傷者が増えているぞ」
「うん、地形が変わって援軍も頼めないみたいだから……」
回復魔法が間に合わない。負傷者がどんどん増えていく。前線の人数が少なくなれば、さらに負傷者は増えていく悪循環。
本来なら防御壁を活かして籠城戦を行うべきだった。しかし籠城戦は味方の援軍があってこその作戦である。援軍が見込めない以上、戦力がある早い段階で撃って出たわけであるが結果は……
「それと相手はゴーレムらしいぞ」
「ゴーレム?」
「ああ、確か昔、シノブと戦った事があるって言ってただろ?」
「う、うん……」
ゴーレム……つまり三つ首竜が関係しているかも知れない。リアーナはそう感じていた。
★★★
やがて学生達も戦いの場に出る時が来る。
相手方の指揮官を一転突破で狙う。主には学校の自警団、そして戦闘に秀でた教師陣。学生は教師に認められた希望者のみ。
「二人とも行くんだろ?」
「ええ」
「このままじゃどうにもならないからね」
タックルベリーの言葉にロザリンドとリアーナは当たり前のように答える。
「仕方無いか。僕も参加しよう」
「強制じゃないのよ?」
「僕が参加しないで二人がやられたら、シノブから貰えるもんも貰えないからな」
「シノブちゃんから? 何を?」
「ふひひひっ、それは秘密だ」
「ちょっとベリー、何よ、その顔?」
「なんかエッチな顔してるよ……」
「ふひひひっ……」
参加を決める三人。
やはり相手はゴーレムだった。リアーナが昔見た、人とも動物とも言えない造形をしたゴーレム。それが無造作に学校を取り囲んでいる。
その中に一人だけ金色の髪と瞳を持つ者がいる。その者がゴーレムを操っているようだった。
「……かなりの戦力差。だから配置が無造作……なんて考えるのは安直でしょうね」
「うん。そう見せ掛けるのが作戦かも」
ロザリンドとリアーナが相手の配置を見て意見を交わす。もちろん作戦を考えるのは自警団と教師陣ではあるが、二人はあらゆる事を想定していたのである。
★★★
作戦は至って簡単。
自警団が先陣を切って進む。そして教師陣は自警団が開いた道を退路として確保する。学生はそのサポート。相手がゴーレムである事から、それを操る者を倒せば事態は好転すると予想していた。
ただこちらは学生を合わせても三百人程度。数千を超えるゴーレム相手に長くは持たないだろう。これは速さの勝負でもある。
そして今、防御壁の扉の一部が開けられるのだった。
扉を開けると同時。
自警団の魔法攻撃が放たれる。爆音と爆煙、それを合図に自警団が突っ込んだ。剣と槍と戦斧がゴーレムを破壊し突き進む。
教師陣も戦いながら退路を確保するように壁を作る。
しかしその中、学生達の足は遅い。自ら志願したとはいえ初めての実戦である者も多い。いざとなれば恐怖で足が竦む。
その中でロザリンドが叫ぶ。
「みんな!! 戦いは自警団と先生達が担ってくれるのだから落ち着いて!! 周りの先生達の指示をきちっと聞いていれば大して危険は無いわ!!」
落ち着いた態度を見せて回る。
そしてリアーナ、絶えず周囲に視線を配り、押されている場所にすぐさま駆け付ける。ハルバードでゴーレムを突き返すと、魔法を叩き込んだ。
その威力はすでに教師を上回り、ゴーレムがまとめて破壊される。
タックルベリーは主に回復。負傷者を学校にまで送り届ける余裕は無い。戦力を維持する意味で重要な役割だった。
武器と魔法が飛び交い、怒号が響く。負傷者もどんどんと増えるが、それでも確実に目標へと向かっていた。最前線はもうすぐ目標に辿り着くはず。あとは自警団が金髪金眼の男を倒せば……しかし……
金色の逆立つような髪はその性格を現しているようだった。そして金色の輝くような目。屈強は筋肉に覆われた大きな体、それに見合った巨大な鉈。年齢的には三十代くらいだろうか。
「よくここまで辿り着いたなぁ!! けどここで終わりだろ!! ははっ!!」
学校にまで届くような大きな声、そして不敵な笑い声が響く。
男の一振り、それだけで前線は崩壊する。
「ロザリンド!!」
「分からないわ!!」
後方のタックルベリーと前方のロザリンド。
ロザリンドは前線へと視線を向ける。その隣にリアーナが並ぶ。
「ロザリンドちゃん」
「そうね、多分、失敗したと思う」
ロザリンドが言うのと同時だった、『撤退』、そんな言葉が繰り返される。
しかし撤退の速度を上回る相手の突進力。たった一人の男の突破が止められない。大鉈をブン回す巨躯の男。自警団、教師陣を蹴散らし突き進む。
その圧倒的な力を前に慌てて撤退もままならない。
男の姿はタックルベリーにも見えた。そしてロザリンドとリアーナに言う。
「全力はあまり続かないからな」
「頼むわ」
「ベリー君、なるべく頑張ってね」
「はいはい」
ロザリンドとリアーナ、二人は同時に駆け出した。
走りながらロザリンドは言う。
「先生、あの男の相手は私達がしますから撤退に集中して下さい」
その姿を見つつ、タックルベリーは魔道書を開いた。詠唱、その目の前に無数の青白く光る球体が生まれた。球体を周囲の頭上にバラ撒く。そしてタックルベリーの意思と共に球体から落雷、ゴーレムを撃つ。
空気を割るような破裂音の連続。落雷の雨が降り注ぎ、ゴーレムだけを破壊する。周囲全てのゴーレムをタックルベリーが一人で受け持った。恐ろしいまでの規模、威力、精度、まさに天才。
だからこそロザリンドもリアーナも男だけに集中が出来た。
身体強化されたロザリンドの一振り。
その刀は男の大鉈に受け止められたが、男の突進もそこで止まる。それ程に鋭い一撃。
二人は力でお互いの武器を押し合う。巨躯の男に対して、細身のロザリンドは負ける事なく鍔迫り合いを続ける。
「おおっ、小娘!! お前、凄いな!! とんでもない力じゃないか!! 名前は!!? どこに隠れていたんだ!!? 最初から出て来いよ!!」
ロザリンドは相手の言葉など意に介さない。スッと体を後方に退く。力を込めていた男の体勢が前傾に崩れる。
そこを狙っていたのはリアーナ。ハルバードを構え、全速力で突撃する。
ガギンッと金属同士がぶつかる音。男は体勢を崩しつつもリアーナの一撃を受け止めていた。しかしリアーナは……その足が大地を強く蹴る。止まらない。
「ハァァァァァァァッ!!」
突っ込んだ勢いのまま男を押し返す。
「こっちの娘も凄いじゃないか!! なかなか楽しませてくれる!!」
男は楽しそうに笑みを浮かべる。今度は男が体を後ろに退いた。勢いを後ろに流されたリアーナは体勢が崩れる……ように見せ掛けて、ハルバードの持ち手の方、石突部分で男をブン殴った。
まともに頭部を振り抜くように殴り付けたのだが……
男の大鉈が無造作に振り抜かれた。その攻撃をハルバードで受けるリアーナだが、あまりの威力にその体が吹き飛ばされる。
しかし吹き飛ばされつつも、リアーナは冷静に魔導書を片手で開く。そして生み出されたのは雷球。放たれた雷球は男に当たるとその場で激しく放電を起こした。さらにそこへタックルベリーが魔法を合わせる。耳を劈くような破裂音と共に無数の雷が男を撃つ。
「うぜぇ!!」
しかし男は雷球を大鉈で叩き消してしまう。すかさずそこに再度ロザリンド。激しい剣戟が男に向けられる。
男の顔にもう笑みは無かった。
ロザリンドの、リアーナの、タックルベリーの力を理解したのだ。三人を相手に遊んでいられる余裕は無いと。
ロザリンドの連撃を、男は大鉈で弾き飛ばす。
一度、間合いを取るロザリンド。男の雰囲気が変わったのが分かったのだ。
「……本当に驚いたぞ。お前達の服装、まだここの学生だろう? ただの学生がここまで出来るとはな。やはり王立学校は早めに潰して置くべきだ……それともお前達が特別なのか?」
ロザリンドとリアーナが並ぶ。二人とも一瞬でも気を抜けばやられる事を理解していた。相手はそれ程の強敵。
「他の大人達より圧倒的に強いようだし、やっぱり特別なんだろう」
「……」「……」
「俺はヴァルゴ。お前達は?」
「……」「……」
「おいおい、名前ぐらい教えてくれてもいいだろう?」
そしてロザリンドとリアーナは……後退した。全速力で王立学校へと戻る。そして途中でタックルベリーを拾う。
「助かったわ。もう僕は動けん」
広域に渡って魔法を維持し続けたそのタックルベリーの力も驚嘆に値する。
そんな後ろ姿を見てヴァルゴは呟く。
「情報は何も与えず、状況を見て躊躇なく撤退。冷静な奴らだな」
そして笑った。
★★★
作戦は失敗した。
敗因は想定よりも上だったヴァルゴの圧倒的な破壊力。ヴァルゴ一人だけの相手なら勝てるかも知れないが、ゴーレムがそれを邪魔するだろう。
しかし奇跡的に死者はいない。ロザリンドとリアーナが少しの間だけでもヴァルゴを抑えた事、そしてタックルベリーが退路を確保する為に魔法で周囲のゴーレムを倒し続けた事がそれに繋がった。
作戦が失敗し、包囲網の突破が出来ない以上、王立学校は籠城戦へと作戦を変えた。
今はまた寮で作戦会議。
「ロザリンドちゃんはどう思う?」
リアーナの言葉にロザリンドは少し考えてから答えた。
「私とリアーナ、ベリー、この三人でなら勝てない相手ではないと思う。けど、絶対に勝てるとも言えない」
それは直接に対したロザリンドの感覚。
「そうだよね、でも……」
「ええ、それはあくまで相手にゴーレムがいなければの話」
「うん。少しでもゴーレムに邪魔されたら絶対に勝てないよ」
「自警団と先生達がゴーレムを完全に抑えてくれれば可能なんだけどな。まぁ、無理だろ」
と、タックルベリー。
戦闘力で言えば、三人は自警団や教師陣を上回っていた。その三人を遥かに超えるのが前校長であるチオ・ラグラックであるが、すでに学校を去っている。チオが居れば一人でヴァルゴとゴーレムの相手を出来たかも知れない。
「じゃあ、やっぱり王立学校を放棄する事になるのかな……」
「そうでしょうね。援軍が見込めない以上、このまま籠城していても先が無いわ」
王立学校の防御壁はチオが造った物だ。破られる事は無い。今は防御壁を上から越えようとする敵の対処が行われていた。
敵の侵入は防いでいるが、このままでは食料が足りなくなる。
そこで次の選択肢は王立学校の放棄。
学生の代表として三人も教師から聞かされたのだが王立学校の地下には避難通路が隠されているらしい。この避難通路を使い脱出するというもの。
この通路は教師でも一部の者しか知らず、王立学校創立以来使われた事は無い。敵も知らないはずだし、絶対に逃げ切る事が出来るとも言われた。
しかし三人の意見は違う。
「確かに避難通路の話なんて聞いた事は無いわ。でも王立学校程の施設ならあって当然なものだと思うの。それを敵が都合良く見逃していると思う?」
「僕も同感だな。王立学校を攻めようなんてする奴がただの筋肉馬鹿なわけがない」
「そうなると避難通路を相手に確保された時の想定も必要だよね」
「想定って言ってもな。圧倒的に戦力差があるから、どうにもならなそうな感じがするけど」
「それをどうにかする為にこうやって集まっているんだから考えるのよ」
話を聞かされた時、三人は避難通路の事が敵に知られている可能性も指摘したが、学生である自分達の言葉をその教師は聞き入れなかった。
それに他に作戦が無いのも事実。
準備が整い次第、避難通路からの脱出が行われるだろうが果たして……




