馬車と護衛
大陸の危機的状況だし、みんなの協力が欲しい。
その為には地理の把握が必要だ。
すでにベルベッティアはあの町で情報収集を済ませていた。
突然の変動で大陸中は混乱し、真偽の分からない噂ばかりが錯綜する。大陸の主要都市や重要施設が何者かに攻撃されているとも聞いた。
その中でも信憑性の高そうな話。
「近くにね、お城と小さな町が現れたらしいの。そのお城の城主が不思議な力で町を守っているって。協力を申し出る為にあの町から使者を送ったみたい」
そんな城主なら、どんな形であれ力を貸してくれるかも知れない。
現状は集められる情報も少ないし、ここは行動してみるか。
「その場所は分かる?」
「もちろん。ちゃんと把握済み。ベルちゃんは優秀なのでっす」
そうして俺はそのお城とやらに向かうのだが……そこには見た事のある寂れた町と、見た事のある廃墟のような城。
「アルタイルんトコじゃん!!」
二年前、少女の救出をビスマルクに頼まれ訪れた町。結局、少女を助ける事は叶わなかったが……
「知っているの?」
「まぁ、ちょっとね」
相変わらず山道も城門も荒れてやがる。
俺とベルベッティアは城の中へと足を踏み入れた。
朽ちてはいるが、城内は埃っぽくない。清掃はされているらしい。
「失礼しまぁ~す!! シノブだけどアルタイルいる~!!?」
目の前の巨大な階段からだ。彼、それとも彼女か、アルタイルが姿を現す。全身はもちろん、顔まで包帯で覆われた姿。そして右半身は男性の輪郭、左半身は女性の輪郭。
「……騒がしい」
男性と女性の混じった声。姿だけではなく声でも性別を判断するのは不可能。
「不思議な人。私はベルベッティア。よろしくね、アルタイルちゃん」
「……何用だ?」
「助けて欲しいの」
「分かった」
「えっ? そんな簡単に?」
「私が求める穏やかな生活の為」
大地震のすぐ後。急激な地形の変化に刺激されたのだろう、普段は人と距離を取る魔物や野生動物が城下町を襲った。それを退けたのはアルタイルだった。
やっぱり見た目は怖いが、良い奴だ。
そんなワケでアルタイルが仲間に加わる。
自分でも自身の見た目が異様な事を分かっているのか、アルタイルは頭から体までスッポリと隠れるようなローブを羽織る。
「お前もこれが必要だろう」
俺にも同じようなローブ。
「何で分かったの? 記憶でも読んだ?」
「……お前達の少し前、助力を頼み込みに来た者がいた。話を聞いて、その者達の住む地域が分かった」
「ありがとう。やっぱりアルタイルって優しいよね」
「……」
助力を求めたのは、俺を牢屋にブチ込んだ、あの町の住人だ。つまりアルタイルも知っていたのだろう。あの町の地域性を。
だから俺の姿が少しでも隠れるようにと配慮しているのだ。
「アルタイルちゃんは人の記憶が見えるのね?」
「この場所だけで使える能力だ」
「……それって古代魔法じゃん!!?」
文献で読んだ事がある。
ララが魔法を作り出す前に存在していた古い技術。それはその場に存在するであろう精霊などの力を借りる事で不思議な効力を発現させる。
しかしその場に存在する精霊が強力である事、効力が場所に括られる事など、ララの魔法より使い勝手が悪く、やがて廃れていった。
それが古代魔法。
「アルタイルって古代魔法まで使えたんだね~でも大丈夫? アルタイルがここを離れたら誰が町を守るの?」
まぁ、何か対策はしているんだろうけどな。
「周囲に大量のスケルトンを配置した。外敵が現れれば土から甦る」
「どっちが敵か分からない状況になりそう。けど見事な対応」
「……」
「求められた助けの方は?」
「私が姿を現した瞬間に逃げ出した。しかしこことは近い。外敵があればスケルトンが駆け付ける」
「外敵が二倍に増えたみたいに見えてビックリするだろうね。けど見事な対応」
「……」
「ちょっとシノブちゃん。文句言っているの? 褒めているの?」
「もちろん褒めているんだよ~ヤダなぁ、ベルちゃんは~」
そしていざ出発である!!
とは言ってもね、地理が分からないのに何処に行けば良いものやら。
「私がやる」
不思議な力を持つアルタイル。きっと何かがある、頼もしい!!
その辺りに落ちていた枝を拾い上げるアルタイル。それを地面に立てて……手を離す。
パタリッ
枝が倒れる。
そして枝が倒れた方向に歩き出すアルタイル。
「ちょっと!!?」
「……」
「そんなんで行き先を決めるの!!?」
「これで私はあの廃城を見付けた」
「だからってそんな」
「待ってよ、シノブちゃん。アルタイルちゃんは枝に魔力を込めていたから。根拠はあると思う」
「そうなの? だったらちゃんと説明してよ」
「……」
アルタイルは歩き出す。
「待てぇ~い!!」
俺とベルベッティアはその後に付いていくのだった。
★★★
森林と草原、その境目を進んでいく。
何かあれば森林の中に逃げ込めるからな。
現時点、この大陸の国々は国境が無くなった状態。今は直後の混乱で対応が手一杯だろう。しかしそのうち領土争いへ絶対に繋がる。
少しでも早く解決せんと。瞬間移動装置が使えれば助かるが、多分サンドンも消えているだろうし、竜脈が安定していない状態で使えるのか疑わしい。
ここ数日で何キロくらい進んだのか、せめて移動手段が……クソッ、時間が惜しい!!
「シノブちゃん……馬車の走る音が聞こえる」
「馬車?……聞こえないけど」
「猫は人より耳が良いの……馬車だけじゃない……その他にも何か動物の足音がいくつも聞こえるよ」
ベルベッティアの耳がグリグリと動く。
「……アルタイルは戦える? 私もベルちゃんも戦いは苦手なんだけど」
「彼等の力を借りる」
「彼等ってスケルトン? もしかしてアルタイルってネクロマンサー?」
「その技術もある」
「了解。ベルちゃん、案内して。私達の足で間に合う?」
「大丈夫、まだかなり遠くだから。馬車の前に出られると思う」
「よし、じゃあ、行くよ!!」
★★★
大陸の変動で、目的地に向かうにも道無き道を進む事が必要なのか。なだらかに上がったり下がったり、広く開けた草原地帯。
ここを馬車が走ってくるらしい。
「……ちょっと変。走る速度が速過ぎるよ」
「急いでいる。もしくは何かを追っている、または何かから逃げている」
俺の言葉にベルベッティアは頷く。
「アルタイル」
「いつでも呼べる」
アルタイルの手には無数の白い骨の欠片。それを周囲にバラ撒く。
そして俺達はその場から少し離れて様子を窺う。
それから少しして……
馬車だった。
幌を被せた荷馬車などではない。屋根付きの車体を二頭の馬が引く。黒塗りの車体に施された細かな装飾を見れば、それが身分の高い者が乗る馬車である事が分かる。
その馬車を追うように走るのは馬に乗った数人の男達。
ベルベッティアの耳がピクリと動く。
「『殺して構わない。絶対に逃がすな』なんて声が聞こえたよ」
「決まりね。どっちが悪者か分からないけど、このまま無視する事は出来ないでしょ。アルタイル、お願い」
馬車と馬が、骨を撒いた辺りに近付く。アルタイルがタイミングを計り、何かを呟く。すると撒いた骨の欠片一つ一つがスケルトンへと姿を変えた。
無数のスケルトンが馬車の進路を阻み取り囲む。そして男達には飛び付き、馬の上から引き摺り下ろし拘束する。
よっしゃ、行くで!!
「オラオラオラ!! どっちが良いもんでどっちが悪もんじゃ!!? このシノブ様がシバき倒したるわい!!」
ローブのフードを勢いよく捲り、元気に飛び出す。
「……シノブちゃん自身は何もしていないのに凄い強気……」
「……」
なんてイキっていると馬車から姿を現したのは……
「シノブさん……?」
「あ、あれ……ニーナさん?」
栗色の髪と緑色の瞳の女性。以前、お店に来てくれたお客さん。俺の身の上の話をしたり、カップ一式をプレゼントしたりした。
そのニーナが何でここに?
でもまずはこっちだ。
ニーナを追っていた男達。スケルトンに拘束されている。相手は四人。
「まずあなた達の目的を知りたい。あの馬車を追い掛けていた理由は何?」
アルタイルの古代魔法が使えれば、コイツ等の記憶から分かるんだけどな。ただその能力はあの廃城付近でしか使えない。
「……」
全員、何も答えない。当然か。
「何も話さないのであれば一人ずつ殺していきます」
「好きにしろ。どうせ俺達に先は無い」
あ、ダメだ、これ。絶対に答えないヤツだ。
ただそれだけでも分かる情報はある。この男達は失敗したら依頼主から逃げられない。それ程に依頼主は力を持っているという事。
溜息。ふぅ、コイツ等は時間が少し経ってから解放しよう。
とりあえず俺達もニーナの馬車に乗せてもらえる事になった。目的地の途中にいくつか大きな都市があるので、そこまで連れて行ってもらおう。
★★★
馬車には御者が一人。中には執事っぽい男性とメイドっぽい女性が一人ずつ。護衛の騎兵もいたが、襲われた時に脱落してしまったらしい。
そしてさらに俺とベルベッティアとアルタイル。
執事もメイドもアルタイルの異様な見た目に引いておるわ。
「あの長い綺麗な髪、切ってしまったのね。一瞬だけシノブさんだって気付かなかった」
「まぁ、切ったというか切れらというか……私の見た目が原因なんですけどね」
俺は自分の置かれた状況を説明する。
「そんな事が……でもやっぱりそういう事なんですね」
俺とニーナ、共通の認識なのは、やはり大陸が分割されて別の形に変わっている事。
その中で……
「ニーナさんはどうしてこんな所を馬車で走っていたんですか?」
一瞬だけニーナと執事は目を合わせる。
それは俺達に話して良いのかどうかの確認だったのだろう。
「……今、大陸は様々な国の領土が入り混じった状態です。この状態が放置されたままなら、やがて領土争いが始まるでしょう。ただ王国としてはそれを良しとしません。そこで王国は周りの状況が分かり次第、他国の都市には親書を送っています。こちらには他国の領土を侵略する気は無い事を伝える為に」
「つまり王国の意思である親書をニーナさんが持っているって事なんですか?」
「そうです」
王国の親書を持つニーナ。それは彼女が王国に信頼された存在である事を意味する。王族である可能性も。そして重要なのは……
「さっきの襲ってきた人達は王国側の人間ですね?」
これはニーナにとっては予定の無い急な用件だったはず。そのニーナの行動に対応する者がいるのならば、それは近しい者である可能性が高い。つまりこの場合は王国の関係者。
ニーナは少し驚いた表情を浮かべた。そして頷く。
領土争いを回避したいニーナを襲うという事は、その逆、争いにより領土を広げたい者の仕業である……なんて可能性。単にニーナが邪魔な存在なので、このタイミングでの排除という可能性。その身分により色々と権力闘争があるんだろうな、多分だけど。
ただ親書という観点で考えれば、ニーナに近しい者が黒幕だろ。
「……ねぇ、ベルちゃん、アルタイル、私……」
「ダメ。ベルちゃん反対」
俺の言葉を、膝の上のベルベッティアが遮る。
「まだ何も言ってないんだけど?」
「ニーナちゃんを目的地まで護衛する。そう言うつもりでしょう?」
「うっ……そ、そうだけど……」
「ヌ、ヌコが言葉を……」
ニーナは驚き呟く。
そのニーナにベルベッティアは言うのだった。
「ニーナちゃん、あなた、そういう勢力がいる事も知っていたでしょう? そしてこの事態を利用する可能性だって考慮したはず。違う?」
表情をすぐに戻すニーナ。
「……ええ、その通りです」
「つまり邪魔が入っても親書を届けられる。そっちの執事さんもメイドさんも相当の実力がある。ベルちゃん達は必要無い、そういう事なの」
「そりゃ分かるけど、私達がいれば、主にアルタイルだけどさ、一緒ならより安全じゃん」
「時間があればそれも良いよ。けど今は時間が無いの」
「まぁ、待ってよ、話はこれからなんだよ。ニーナさん、凄ぉ~~~く勝手なお願いなんですけど、目的地まで護衛しますので、雇って下さい!! 必要無いとは思うんですけどお願いします!!」
「えっ、そういう目的で助けに入ったの?」
「違ぁぁぁう、人聞きの悪い事を言わないで。でも私達だってお金が必要でしょ? お金が無ければ行動が出来ない、だからもし護衛とかで雇ってもらえるチャンスがあったらなって、今思った」
「今……」
「そんなわけでニーナさん、お願いします!! 私の身分も知っていると思うのでぜひ!! ぜひ!!」
……と、頼み込んで護衛の仕事をゲットだぜ!!




